序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2019年1月31日木曜日

カワテブクロ

ピンクのゴム手袋に水を入れたようなヒトデだ。

名前は皮手袋だが、どう見てもゴム手袋である。
ちなみに成長すると人の手より大きいため、
かなり大きなサイズのゴム手袋である。

ヒトデなので当然星型をしているのだが、
かなり むくんでおり、
やはり水を入れたゴム手袋を思い起こさせる。

英語ではマシュマロやドーナツ、
クッションと呼ばれているが、
どう見てもゴム手袋である。

インド洋から太平洋の熱帯地域の
浅い海に生息しており、
地域によっては目立つ赤い模様がある。

海藻やデトリタスを主食としているが、
サンゴや各種無脊椎動物の幼生も食べる。

逆に彼らを捕食するのは法螺貝である。
貝がヒトデを食うというのは
少し想像が難しい。

カワテブクロを裏返すと、中心から
五本の腕に向かって筋が通っている。

筋は腕の先まで続いており、
横から見ると先端にスリットが
入っているように見える。

しながわ水族館のキャプションでは
そうした展示では異例の解説が
なされていたので引用したい。

“あえてのノーコメント
 カワテブクロ

 ヒトデの一種である。あれに似ている。これに似ている、
 と世間ではいろいろと話題のようだがここで詳しく触れ
 るわけにはいかない。こんなヒトデのぬいぐるみがあっ
 たら楽しそうだね!と当たりさわりのないコメントで逃
 げておく。”

なお、ぬいぐるみは実際に商品化されており、
非常に人気を博している。

2019年1月30日水曜日

ナイロビ

アフリカ東部に位置する国ケニアの首都である。

マサイ語で冷たい水を意味する言葉が
街の名の由来であり、赤道近くに位置するが
高地に存在するため気候は穏やかである。

元々は沿岸のモンバサから内陸部へと向かう
ウガンダ鉄道の給水拠点であった。

その後イギリス領東アフリカの首都として発展し、
現在でも東アフリカ地域の
中心的な都市として発展目覚ましい。

アフリカに移り住んだヨーロッパ人たちは
暑い気候に悩まされていたが、ナイロビは
冷涼なためここに人口が集中することになる。

ナイロビの街はホワイトハイランド、
白人の高原と呼ばれていたのだ。

独立後はヨーロッパ人の整備したインフラを基礎に
積極的な開発が行われ、豊かな暮らしを求めて
地方から人々が移住、人口が爆発的に増加したことで
慢性的な失業問題が続いている。

こうした問題は治安の悪化にもつながり、
都市特有の治安の悪さも相まって
あまり観光向きとは言えない様相を呈している。

とはいえ、国際連合の主要な拠点であり、
アフリカの経済の中心地のひとつでもあるため、
ビジネスで訪れる外国人は多い。

イギリス領であったことから
大聖堂は聖公会のもので
全ての聖人の大聖堂である。

赤い屋根の石積みの見事な建物で、
かつてのホワイトハイランドの面影が感じられる。

インド洋に面していることから印僑の流入も多く、
スワミナラヤンのマンディールを始めとした
大小の寺院が存在する。

マスジッドはジャーミアモスクと呼ばれるものが
ケニアで最も知名度が高い。

現代的な都市の中にありながら
イスラム建築の基本に忠実な作りをしている。

イギリス人とアラブ人とインド人の混在する
アフリカの街ではどのような料理が
食べられているのかというと、
当然のことながらそれらの折衷である。

トウモロコシ粉を蒸したウガリという主食が
伝統的だが、インド料理の比重が大きい。

なお、ケニアではタスカーという銘柄の
ビールが作られており、
これは本邦でも販売されている。

私が昔住んでいた街のバーでビールといえばこれで、
よく飲んでいたので懐かしい味だ。

ケニアといえばコーヒー紅茶の産地でもある。
本邦ではややマニア向けな印象を受けるが、
どちらもお勧めできる品質である。

ちなみにケニアを観光するのであれば
首都ナイロビではなく大自然を
満喫しに行くのが正解だと思われる。

いわゆるサファリというやつだ。
スワヒリ語で旅を意味するこの言葉は
ケニア観光から生まれたと言われている。

ケニアにはアフリカらしい大型哺乳類が多い。
アフリカゾウやインパラキリン
ダチョウを見ることができるかもしれない。

2019年1月29日火曜日

カカポ

夜のオウムを意味する名を持つ
ニュージーランドの鳥である。
フクロウオウムとも言う。

夜行性であり、ずんぐりとした体つきを
していることからフクロウと呼ばれるが、
れっきとしたオウムである。

オウムにせよフクロウにせよ、
鳥は飛ぶものだが
カカポは飛ぶことができない。

ニュージーランドにはキーウィもいるが、
元々肉食獣がいなかったため、
飛ばないという選択肢があったのである。

だが、人間と共にやってきた
猫や犬が彼らを脅かしている。

カカポは匂いに敏感だ。
発達した嗅覚で食べ物を探す。
果実や花、樹液などが好みらしい。

そして自身も蜂蜜のような香りを放っている。
これは仲間同士でお互いを識別するための
ものだと考えられている。

この特徴的な匂いは捕食者にも
簡単に居場所を伝えてしまう。

昔は空から舞い降りる猛禽類だけを
警戒していれば良かったが、
人間の連れてきた生き物は皆鼻が利く。

もちろん、人間によって狩られることも多かった。
マオリ族はかつて食用に狩猟していたが、
どんな味だったのかは寡聞にして知らない。

なお、本来の寿命は長く、
干支が一回りするほどだ。

ちなみに、非常に好奇心旺盛で
人間への警戒心が薄い。

人に限らず元々の天敵である
猛禽類以外を恐れないのだろう。

カカポは絶滅危惧種である。
それもかなりまずい状況で、
肉食獣のいない島に集められての
保全活動が行われている。

つまり、純粋に野生のカカポはもう
いないと言ってもいいかもしれない。

現存しているカカポにはすべて名前が
付けられているそうで、逆に言うなら
その程度の数しかいないということでもある。

仮に数が回復したとしても、
もはやカカポが自然に生息できる島は
他に無くなっている。

彼らは最後の楽園で暮らしているのだ。

2019年1月28日月曜日

ジャコウアゲハ

アゲハチョウの一種である。

幼虫は黒と白の縞模様で
かなりトゲトゲとしている。

蛹は黄色く、独特な形をしており、
後述するがオキクムシと呼ばれる。

成虫の雌は羽の縁のみ黒く
内側は白いが、雄は全体的に黒い。

そして驚くべきことに雄のジャコウアゲハは、
腹部から麝香のような匂いを発する。

理由はよくわかっていないが、
おそらく異性を引き寄せる
フェロモンの類なのだろう。

幼虫時代に食べる草には毒があり、
その毒は体内に蓄積され
成虫になっても残される。

この毒は動物が死ぬほどのものではなく、
食べると吐き気を催すタイプのようだ。

ジャコウアゲハを捕食した動物は
不快感と共に吐き出し、
以降黒い蝶を食べようとしなくなる。

こうして種族全体の被捕食率を
下げるための毒もあるのだ。

ジャコウアゲハに似た黒い蝶も
食べられなくなるため、
黒い個体が生き残り、
擬態するように進化した蝶も何種類かいる。

さて、オキクムシの話をしよう。

独特な形状をした蛹は
後ろ手に縛られた女性のように
見えないこともないかもしれない。

そう言われてしばらく眺めていたら
なんとなくそういう形状に
見えてくるような気がする程度である。

縄で括られているように見えるところと
胸のふくらみのように見えるところが
ポイントだろうか。

昔、姫路城の周辺でジャコウアゲハの
蛹が大発生したことがあるという。

その際に、城下の人々はお菊という女性が
殺された無念を抱いて虫になって
生まれてきたのだと噂し合ったという。

播州皿屋敷というよく知られた怪談があるが、
舞台は播州ということで姫路である。

つまり、このオキクムシというのは
皿を一枚二枚と数えるあのお菊の
生まれ変わりだというわけだ。

時代は戦国期ということになっているが、
伝説の出どころはいまひとつわからない。

室町期に盃が不足する話があるが、
もしかすると相当古い話が
下敷きなのかもしれない。

いずれにせよ、蛹の大発生は江戸後期の
出来事であり、お菊の祟りとするには
年月が経過しすぎている。

おそらく、播州皿屋敷の怪談が
広く知られるようになったことで、
想像力豊かな者が蛹の形を
後ろ手に縛られた女性に見立てたのだろう。

なお、最初の姫路藩主の家紋は
平氏由来のアゲハチョウである。

この辺りも、伝説に何か
影響を与えているかもしれない。

ちなみに、ジャコウアゲハの蛹を箱に入れ、
土産物として売っていた例があり、
志賀直哉が暗夜行路で言及している。

柳田國男や折口信夫と並び称される民俗学者、
中山太郎もわざわざこのオキクムシを
確認しに行っている。

不思議な芳香を放つだけでなく
伝説によって人々を惑わす
毒を持つ黒い蝶。

なかなかに興味深い虫だ。

2019年1月27日日曜日

ミドリカラスモドキ

南アジアから東南アジアにかけて
生息する鳥である。

その名の通りカラスに似ているが
カラスではない。

体の色は緑色の光沢のある黒で、
確かに黒い鳥といえばカラスを思い出す。

しかし、その目は赤く、
黒の中にひと際映えて見える。

ムクドリに近い鳥で、
若い鳥の羽色は茶色である。

食べ物は花の蜜や昆虫、植物の実で
あるため雑食だが、カラスのように
本当に何でも食べるというわけではない。

生態としては他のムクドリと
そう変わらないのだ。

ただし、都市部を好むという点が
ムクドリよりカラスに似ている点で、
カラスモドキと呼ばれるだけのことはある。

くちばしの形もカラスに似ているため、
遠目にはカラスと誤認しても仕方がない。

カラスの濡れ羽色という紫がかった光沢を
指す言葉があるが、黄金の純度によって
そうした見え方をすることで使われる。

この鳥の場合、紫ではなく緑であるが、
黄金は緑がかった光沢になることもある。

なのでカラスモドキの濡れ羽色という
言葉があってもいいかもしれない。

本邦でも与那国で目撃例があるが、
確実に見たいのなら、
近場では台湾に生息しているので
旅行の際には探してみるといいだろう。

2019年1月26日土曜日

アルストロメリア

植物について今後も書いていくにあたって、
いつかはカール・フォン・リンネという
植物学者について触れなければ
ならないだろうと思っていた。

リンネは分類学の父とも呼ばれ、
多くの動植物を体系化させた
偉大な学者である。

博物誌を標榜している以上は
彼の功績を無視することは不可能だ。

さて、アルストロメリアという花も
リンネが名前を付けた植物である。

親友でありパトロンでもあった
アルストレーマー男爵が
多くの植物標本をリンネへ寄贈した。

その際、リンネは感謝の意を込めて、
アルストレーマー男爵に由来する
アルストロメリアという名を
アンデス山脈原産の花に付けた。

さて、アルストロメリアだが、
花の色は多種多様で、
本当に色々なものがある。

共通点は六枚の花弁のうち、
内側の二枚に縞模様があることだろう。

本邦では百合水仙とも呼ばれ、
園芸植物として親しまれている。

花は本邦では春から夏にかけて咲くのだが、
高山の寒冷地の植物であるため
暑いのは苦手なようだ。

とはいえ非常に育てやすく、
球根でどんどん増えていく。

庭に植え、手入れを忘れていると
庭中がこのインカのユリに
占拠されてしまうだろう。

変な場所に植え、生態系を
乱してしまわぬよう注意されたし。

2019年1月25日金曜日

ゴミムシダマシ

ゴミムシとはごみ溜めによくいることから
そう呼ばれる甲虫類の総称である。

オサムシの仲間のうち美しくないものが
主にこの名で呼ばれているようだ。

ゴミムシダマシとはよく見るゴミムシと
似ているが、まったく別の昆虫である。
ごみ溜めにはいない。

ゴミムシが肉食なのに対し、
ゴミムシダマシは菌類や
腐食した植物を食べている。

ゴミムシダマシの幼虫はミールワームと呼ばれ、
ペットの鳥や爬虫類の餌として飼育される。

動物園などでも必要とされるため、
需要はかなり多い。

穀物の食べられない部分などを餌にして
簡単に増やすことができるが、
共食いや湿度には注意が必要だ。

さて、どうでもいい話なのだが、
私の知人に口の悪い奴がいる。
彼は別の知人を時折ゴミムシ呼ばわりしていた。

本気で罵っているわけではなく、
冗談の類だが、人をゴミムシ呼ばわれり
するような人物である。
しばしばゴミムシ氏に嘘をついてからかっていた。

つまり彼はゴミムシダマシなのだ。

さらにどうでもいい話だが、
ゴミムシ氏の下の名前はオサムである。
オサム氏なのでオサムシ類である
ゴミムシだったのかもしれない。

2019年1月24日木曜日

パンノキ

パンの木である。
ブレッドツリーである。

パンのなる木である。

オセアニアやハワイに自生しており、
緑色のボコボコした手の平大の果実が生る。

果実は熟すとオレンジ色になるのだが、
少し黄色くなった頃が食べ頃で、
繊維質の中心部分は取り除く。

焼いたり蒸したりして食べるのだが、
実際のところパンらしさは無い。

残念だが、パンを食べている感じはしない。
どちらかというと非常に薄味の
サツマイモのような雰囲気だ。

匂いやクセがないので主食としては
確かに優秀かもしれないが、
過度な期待は失望を生む。

とはいえ、シチューやカレー、
コロッケに入れると美味そうだ。

カロリーも高いそうで、
放っておいても育つ木に生る果実と考えると
食糧として非常に優秀である。

実際に、カリブに連れていかれた
黒人奴隷用にイギリス人が導入し、
彼らの食事とされていた。

オセアニアからぐるっと回って
カリブ海まで持っていかれたのである。

本邦でも沖縄や奄美では
街路樹として植えられており、
熟した果実が道端に転がっていたりする。

2019年1月23日水曜日

エーデルワイス

西洋薄雪草の和名を持つ高山植物である。

本邦には薄雪草という似た花があるが、
別物であるものの、これがエーデルワイスだと
思われている場合もある。

エーデルワイスとは高貴な白という意味で、
アルプス山脈に生育する。

この花を本邦で最も有名にしたのは
ミュージカル、サウンドオブミュージックだろう。

劇中で歌われるエーデルワイスはドレミの歌と
並んで知らぬ者の方が少ない楽曲である。

ドイツに併合されることになったオーストリアを
憂うトラップ大佐が歌い上げる。

オーストリア民謡と勘違いされることがあるが、
ドレミの歌と共にサウンドオブミュージックの
劇中挿入歌であることは強調しておきたい。

さて、花としてのエーデルワイスだが、
その特徴的な白は花弁ではなく
苞葉と呼ばれる葉の変化したものである。

一見目立つ花のよう思えるが、
高山で探し出すことは容易ではない。

数を減らしていることもあるが、
案外地味で目立たないものなのだ。

古くは腹痛草や赤痢草、肺血草と呼ばれていたが、
これは家畜に食べさせることで病を予防できると
考えられていたためだ。

民間治療薬として人間にとっても呼吸器の病に
効くとされてきたが、人にせよ家畜にせよ
そうした薬効は確認されていない。

家畜の薬として摘まれ、
その美しさの人気が出てからは更に摘まれ、
家畜の放牧による食害で数を減らしてきた。

ただし、それは野生のエーデルワイスについてであり、
栽培されたものであればアルプスの観光地の
いたるところに植えられている。

なお、花はあまり香りのあるものではない。
エーデルワイスの香りを謳った商品は
そこそこあるが、おそらくイメージだろう。

2019年1月22日火曜日

ヘリオトロープ

太陽に向かうという意味の名を持つ灌木である。

南アメリカ西岸に原産地を持ち、
花は白から紫へのグラデーションが美しい。

本邦では木立瑠璃草、キダチルリソウの
名を持つが、明治期にやってきた。

また、草と名付けられているが、
木立の名の通り木本である。

ルリソウに似ているが草本ではなく
木本であるため木立瑠璃草なのだ。

香水草や匂い紫といった呼び名もあり、
その名の通り甘い香りが特徴的だ。

香りはバニラに似ているのだが、
花の咲き始めに強く香り、
次第に薄くなっていく。

フランスの香水の老舗ロジェ・ガレが
販売しているヘリオトロープブラン
という香水があるのだが、
これは本邦に輸入された初めての香水である。

このため、ヘリオトロープは香水の代名詞となり、
前述の香水草と呼ばれるようになった。

夏目漱石の三四郎にも
ヘリオトロープの香水が登場している。

ただし、天然のヘリオトロープ香油は
わずかにしか採取することができない。

また、その香油は揮発性が高く、
香りを長持ちさせるのは難しかった。

しかし、他の採油性の高い植物油からの
合成香料ヘリオトロピンが同じ香りを
持つことが判明したことで問題は解決した。

以来、ヘリオトロープの香水は
この花の精油ではなく、
合成香料が用いられるようになる。

ヘリオトロピンが使われるようになったのは
本邦で輸入香水が売られ始める前である。

つまり、本邦初の輸入香水
ヘリオトロープブランが
本当にこの花を使っていたかは怪しい。

怪しい話といえば、ヘリオトロープには
ギリシア神話の伝説が存在する。

太陽神に恋をした妖精が変化したという
ものだが、これはキンセンカという花の
物語であり、ヘリオトロープのものではない。

花の図鑑などでも紹介されているが、
誤りだと断言できる。

自明であろう、南アメリカ原産の花が
ギリシア神話に登場するわけがない。

太陽に向かって咲くと信じられていた
この花に、キンセンカの物語が
当てはめられてしまったわけだ。

なお、太陽に向かって咲くというのも
事実ではなく、なぜ生物学者が
そのような名付けをしたのかは不明である。
原産地にそうした伝説があったのかもしれない。

そんなどうでもいい話は抜きにして、
可憐な花とかぐわしい香りを
楽しむのがいいだろう。

2019年1月21日月曜日

ジャコウヘビ

インド北西部に生息する毒を持つ蛇である。

ジャコウジカ、ジャコウネコ、ジャコウネズミ、
麝香と名の付く生き物は意外と多いが、
香料が採れるのはいずれも哺乳類である。

ジャコウジカの腹部から分泌する
糞のような臭いの物質を薄めると、
麝香、ムスクと呼ばれる貴重な香料となる。

ジャコウヘビの場合は
その毒を発酵させることで、
麝香によく似た香料が作られる。

スネークムスクと呼ばれ、蛇麝香と訳されるが、
蛇と麝の音が同じため、
蛇香と略されることが多い。

本来の麝香が鹿を殺して香嚢を取り出すか、
穴から掻き出す方法で得られるのに対して、
蛇香の場合は綿を巻いた棒に噛みつかせ、
染み出る毒液を採取するだけでよい。

しかし、ジャコウヘビの飼育は困難である。
臆病な生き物であるジャコウヘビは
飼育環境下では大きな動物、つまり人間に
怯え続けストレスで衰弱してしまう。

従って、結局のところ量産は難しく、
蛇香は希少性の高い香料となっている。

蛇香は麝香同様に男性ホルモンを強めるとされ、
興奮剤や媚薬として用いられてきた。

強心作用も確認されており、
動悸、息切れ、眩暈などに効果がある。

ただし、値段が高いため、薬として使うなら
他の同様の効果を持つ安価なものを
用意した方が良いだろう。

香料としても麝香の方が香りが良いとされ、
生産量も蛇香と比べれば多い。

希少性に重きを置き、
価値を感じるのでなければ、
わざわざ蛇香を手に入れる必要はないだろう。

なお、蛇香の元となる毒は比較的弱く、
血清が無くとも余程のことが無ければ
命までは失うことはない。

ただし、犬や猫が噛まれた場合には
体の大きさに対する毒の量の関係で
死に至るため注意が必要だ。

もっとも、インド北西部の山中にでも
住んでいなければジャコウヘビに
噛まれることなどないだろうが。

ちなみに、蛇香が開発されたのは
近代に入ってからである。

イギリス人医師がインド地域の毒蛇の
毒を調査し、血清の研究を行っていた際に、
偶然作りだされたものだ。

このため、蛇香に当たる現地の古い言葉はない。
英語のスネークムスクがオリジナルの名前である。

当初は貴重な麝香を安価に
生産できるのではないかと期待されたが、
それが難しかったのは前述の通りだ。

一時期本邦でも元気の出る香りとして
流行の兆しを見せたが、高価であり、
蛇が気持ち悪いという向きもあって、
実際に流行ることはなかった。

現在では輸入自体行われていないため、
入手は困難である。

2019年1月20日日曜日

テヅルモヅル

その昔、沖合の漁師たちから忌み嫌われる
海の生き物がいた。

蔓草のように漁網に絡まり、
外そうとしてもぶちぶちと千切れ
絡まった部分は取れない。

食べようにも硬くて食べられない
海藻のようなその生き物を、
漁師たちは手蔓藻蔓と呼んだ。

テヅルモヅルはヒトデの仲間である。
ヒトデと一口に言っても実に
多種多様な種類が存在し、
テヅルモヅルはクモヒトデの一種だ。

テヅルモヅルにも非常に多くの
種類が存在するため、
千差万別色々なテヅルモヅルが存在する。

共通点は腕が唐草模様のように
次々と分岐して成長し、
くるくると渦巻いているところだ。

これは海底の珊瑚に絡まり、
潮流に流されないようにするため
進化した結果である。

前述の漁網への絡まりも、
珊瑚と誤認してのことだろう。

その長くもじゃもじゃした腕を
日中は縮こまらせて岩陰に隠れている。

夜になると素早く這い出し、
珊瑚へと絡みついて
潮流によって流されてくる獲物を食らう。

食べるものはテヅルモヅルの種類によって
異なるのだが、おおむねプランクトンや
オキアミのような小さな生物だ。

ほとんどの種類が深海に生息しているため
あまり研究は進んでおらず、
まだまだ分からないことの多い生き物である。

大きいものでは幼児の背丈ほどにまで広がり、
うぞうぞと蠢いている様は
まるで地球外生命体のようである。

英語では籠の星と呼ばれており、
ヒトデの仲間だということが
認知されていた様子がうかがえる。

学名はゴルゴーンの髪の毛を意味する。

ゴルゴーンとはギリシア神話に登場する
恐ろしい者を意味する三姉妹で、
末の妹は有名なメドゥーサだ。

髪の毛の代わりに生きた蛇が頭から無数に生え、
牙と金属のような翼と腕を持つという。
見た者を石にする力もよく知られている。

そんな怪物の髪の毛、
つまり無数の蛇を思い起こさせる姿をした
生き物というわけだ。

話は逸れるがゴルゴーンの首は魔除けとして
様々なものに描かれていた。

これは英雄が切り落とした首を盾に括りつけ、
その石化の魔力を利用したことに因む。

有名なアイギスの盾である。
イージスの盾と英語読みした方が
広く知られているだろう。

ゴルゴーンの顔が描かれた魔除けは
ゴルゴネイオンと呼ばれ、
アレクサンドロス大王の鎧にも描かれていた
ことが、有名ななモザイク壁画から分かる。

話をテヅルモヅルに戻そう。
前述の通り研究の進んでいない生き物のため、
近年においても新種がよく発見される。

昭和帝が残した標本をよく調べた結果、
既知のテヅルモヅルではなく
新種であることが分かった事例もある。

良く知られたことではあるが、
皇族の方々は海洋生物の研究者が多いことを
念のため記載しておく。

ちなみにテヅルモヅルを水族館で見ることは難しい。
研究が進んでいないため飼育が困難なためだ。
潮流の強い深海という環境の再現も簡単ではない。

まだまだ深海には得体のしれない生き物が
数多く存在しているのだろうと思うと
好奇心が刺激されるというものだ。

2019年1月19日土曜日

ウグイス

茶褐色の羽毛を持つ小鳥である。

東アジアに生息しており、
本邦から連れていかれた
ハワイのウグイスというのも存在する。

普段は樹上ではなく地面の上で生活し、
林や藪、笹の中でさえずっている。

このため、声はすれども姿は見えず、
英語では藪でさえずる者と呼ばれる。

梅の蜜を吸うため樹上に上ることで
よく目にするメジロと
混同されていることが多く、
ウグイスの姿を知らない者は多い。

もしかしたらウグイスと聞いて
思い浮かべる姿はメジロなのかもしれないと
一度疑ってみた方がいいかもしれない。

ちなみにメジロの羽は緑がかった褐色だ。

混同の理由は様々あるが、花札の二月の
十点札が梅に鶯であり、
梅とセットで覚えられていることが大きい。

前述のように梅の木に止まっているのは
かなりの確率でメジロの方だ。
花札の絵も緑色の鳥として描かれている。

ところで、ウグイスの糞に含まれている
酵素には角質を柔らかくする効能がある。

このため、顔の小じわや肌のキメ、
くすみを改善する。

このことは古くから知られており、
にきびの治療薬ともなる。

また、脱色作用があるため
着物の染み抜きに使われ、
何かと重宝される存在であった。

ただし、小鳥の糞であるからして、
集めるのは容易ではない。

ウグイスの糞と称して別の鳥の
糞を販売しているケースが非常に多いが、
同じ酵素を持つため効果は一応ある。

ちなみに、ウグイスの糞は毛生え薬としても
知られているが、こちらは科学的根拠がない。

さて、ウグイスといえば鳴き声である。

現在では野鳥のため飼育が禁止されているが、
昔は鳴き合わせや品評会により鳴き声を
競い合う文化が存在した。

こういった文化はウグイスに限らない。
鈴虫のようなものにまで品評会があるのだから、
本邦の人間の自然の事物に対する拘りは
やはり尋常ではないと思わされる。

2019年1月18日金曜日

デレグセマル

丸々と太った小鳥である。
見た目からは想像しにくいが
意外と素早く飛ぶことができる。

羽の色は茶色で、頭頂部は黒い。
顔と腹は緑がかった白色をしている。

特徴的なのはその図体で、
地上に降りた様子は毛玉のように見える。

これは彼らの住む地域に多く生えている
枯れると球状の塊になる草に擬態してのことだ。

食べているのは主に昆虫であり、
時折花を食べることもあるという。
肉食性の強い雑食といったところだろう。

丸い体の大部分は羽毛であり、
刈り取れば普通の小鳥と
同じような見た目となる。

卵の大きさはウズラの卵と同じぐらいであり、
現地では集めて食用とされる。

デレグセマル自体を食べることもある。
羽毛を刈り取り、丸焼きにする。

刈り取られた良質な羽毛は地域外には
流通しないが、衣類や寝具に活用されている。

古い時代には交易品として取引されていたため、
近隣諸国では良質な羽毛を意味する言葉として
デレグセマルの訛った言葉が残されている。

しかし、乱獲により数を減らしたことで、
住民が必要な分だけに
狩猟が制限されるようになった。

絶滅する前に必要な対策が講じられたため、
個体数の減少が食い止められた成功例である。

なお、狩猟には伝統的な罠が用いられる。
大きめの石を棒で浮かし、
その傍に餌となる昆虫の死骸を置く。

すると、デレグセマルは昆虫をついばもうとして
棒を倒し、石の下敷きになるという単純な仕掛けだ。

地上にいる時に投網で一気に捕える方法もあるが、
乱獲に繋がるとして現在は禁止されている。

いずれにせよ、運動能力も知能も
少しにぶい鳥のようだ。

2019年1月17日木曜日

ナイチンゲール

夕暮れや夜明け前に鳴く小鳥である。

体の背側は灰色がかった茶色、
腹側は黄色がかった白で、
尾は赤みを帯びている。

生息地は地中海周辺から中央アジアまでで、
本邦ではその鳴き声を聞くことができない。

このため、ナイチンゲールの名から訳し、
小夜啼鳥、サヨナキドリという和名が付けられた。

西洋のウグイスとも称えられるため、
夜鳴鶯の呼び名もある。

夕暮れ時に美しい声で鳴くその様を、
死者を悼む歌になぞらえて、
墓場鳥と呼ばれることもあるが、
この名だけを聞くと違った印象を受けるだろう。

古くはギリシア神話や中世の詩人、
シェイクスピアもその鳴き声を称揚しているが、
中でも白眉なのはアンデルセンの童話だろう。

ヨーロッパでは、みにくいアヒルの子と
並んで有名な童話だが、本邦では馴染みが無い。
タイトルはそのまま小夜啼鳥である。

童話の舞台はチャイナである。
皇帝がナイチンゲールの鳴き声に感涙し、
歌手にとってその涙は何物にも代えがたい
宝石であると小鳥は喜ぶ。

その恩返しとして、小鳥は皇帝に憑りついた
死神を歌によって退散させるという話だ。

前述のように東アジアにナイチンゲールは
いないのだが、この童話の影響で
チャイナには素晴らしいナイチンゲールが
いると思っているヨーロッパ人は多いだろう。

話は逸れるがこの童話、
物語の構成上の転機が三度あるのだが、
そのうち二回は本邦が関わってくる。

日本の皇帝からの贈り物が
中国の皇帝の宮殿において
ナイチンゲール騒動を引き起こすのだ。

おまけに本物より素晴らしい
宝石細工の小夜啼鳥というものが登場する。

本邦で作られたそうだが、
この童話が書かれた時期にはまだ
ジャポニズムは興っていなかったはずだ。

シノワズリ真っ只中に、
極東の島国に着目して語るあたり、
アンデルセンはやはりただ者ではない。

さて、童話小夜啼鳥、
これは本当に面白い話である。

青空文庫で読むこともできるので
ぜひ一読することをお勧めする。

ぺ。

2019年1月16日水曜日

オウギワシ

白と黒の羽を持つ巨大な猛禽である。

体の大きさは幼児ほどもあり、
羽を広げた横の長さは
成人男性の身長よりもある。

体重は西瓜ふたつ分ほどだ。
更に西瓜ひとつ分ほどの重さの獲物を
掴んだまま飛ぶことが可能である。
よく飛べるものだと感心する。

爪の長さは成人男性の指の長さを超え、
握力は人の頭蓋骨を爪で貫けるほどである。

樹上の猿やナマケモノを襲い巣まで運ぶ。
彼らにとっては死神も同然だ。

小回りも利き、鬱蒼と生い茂る密林の中を
自動車並みの速度で木々を避けながら飛ぶ。

最高速度で襲い掛かる際の爪の威力は
ライフルの銃弾よりもはるかに強力だという。
拳銃ではない、ライフルである。

ちなみに、頭にある冠羽と呼ばれる黒い羽が
扇状のためオウギワシと呼ばれる。

正面から見ると顔が丸く、愛らしいのだが、
これは密林の猿の鳴き声を集音するための構造だ。

英語ではハーピーイーグルと呼ばれている。
ハーピーとはギリシア神話のハルピュイアのことだ。
おそらく英語読みのハーピーの方が有名だと思うが。

ハルピュイアは顔から胸までが人間の女性、
残りが鳥という怪物だが、
このオウギワシも体が大きなものは雌である。

疾風のアエロー、速く飛ぶ者オーキュペテー、
黒雲のケライノー、足の速い者ポダルゲー、
ハルピュイアの姉妹の名だ。
せっかくなので紹介しておく。

ハルピュイアは食欲の権化である。
食糧を見つければ必ず喰らいに飛んでくる。

その食べ方は汚く、多くの残飯を残す上に、
食べきれない分には糞を振り掛け
台無しにして飛び去って行く。

迷惑この上ない存在だが、
実は主神である雷神の配下であり、
彼が罰を下すと決めた者の元へと送り込まれる。
余計にたちが悪い。

そんな伝説の怪物と比べればオウギワシは上品だ。
獲物となる猿やイグアナにとっては
架空の魔物より恐ろしいと思うが。

オウギワシに天敵はいない。
このため、数が増えすぎれば
仲間内で争うことになるため、
進化の結果繁殖力は控えめである。

だが、人間がその文明の範囲を広げた結果、
控えめな繁殖力が仇となった。
オウギワシは絶滅危惧種である。

主な原因は森林破壊だが、
密猟による被害も後を絶たない。
残念なことだ。

2019年1月15日火曜日

ナマケモノ

動かないことで有名な猿に似た動物である。

猿の仲間だと思われることが多いが、
アリクイやアルマジロに近い生き物だ。

怠け者という身も蓋もない名前を
付けられているが、英語ではもっと直截で、
怠惰を意味する単語そのものが名前である。

あまりの動かなさから古くは何も食べず
風から栄養を得て生きている動物だと
思われていたが、毎日きちんと食べている。

食べるのは植物で、木の葉や芽が主食だ。
あまりにも動かないため体に苔が生えるのだが、
その苔を食べることもあるという。

動かずにいられる秘訣は代謝機能の低さにある。
哺乳類でありながら変温動物であり、
体温維持にエネルギーを使わない。

それでも一週間に一度程度の頻度で
木の上から下りてくることがある。
糞尿を排泄するためだ。

怠け者でもトイレには行くということだ。
木の上から垂れ流しても良いようなものだが。

さて、ナマケモノには前足の指が
二本のものと三本のものがいる。

三本のものはアマゾン川流域に生息しており、
この地域は雨期になると多くの場所が浸水する。

このため、三本指は泳ぐことができる。
これがなかなか達者で、悠然と泳ぐ様は
普段の姿からは想像できない。

ちなみに二本指はカナヅチだ。
もし水に入れれば成す術もなく溺死するだろう。
怠け者らしく、もがきすらしないかもしれない。

ナマケモノの天敵はジャガーやピューマだが、
動かない彼らは木の一部と見分けるのが難しい。
擬態によってその身を守っているのだ。
だが、オウギワシには見破られてしまう。

人間の幼児ほどの大きさのナマケモノを襲い
捕食する鷲の存在に驚かされるが、
実はナマケモノは非常に痩せていて
西瓜ぐらいの重さしかないのだ。

なお、食べることを怠けて
餓死するという俗説があるが、
これは誤りである。

きちんと食べているが餓死するのだ。

ナマケモノは消化も遅い。
食べたものがエネルギーとなるまでに
時間がかかってしまう。

そのせいで消化吸収が間に合わず、
事切れてしまうことがあるのだ。
もちろん珍しいケースである。

ほぼ一日寝ているナマケモノ。
生きるとは何かを考えさせられてしまう。

2019年1月14日月曜日

雪虫

アブラムシの仲間は植物から
吸った成分の一部を体外に排出する。

糖分を排出するものはアリマキと呼ばれ
蟻に食料提供をすることで守ってもらう。

蝋を排出するものは人に飼われ、
ワックスや染料の生産元となる。

中には排出した蝋を綿毛のように体に
纏うものがおり、これが雪虫と呼ばれる。

飛行能力が低いため容易に風に煽られるのだが、
この姿が余計に雪らしく見え、
雪虫とはよく名付けたものだと思わされる。

北海道では初雪の到来を告げる虫として
親しまれており、雪虫が飛ぶと
冬がやってくることを実感するという。

人形浄瑠璃、恋娘昔八丈という話があり、
登場人物に白子屋お駒という女性がいる。

昼ドラのような話が進行し、
お駒が夫殺しの罪で処刑されそうになったところで
どんでん返しの大団円となるのだが、
物語の元となった白子屋お熊は刑死している。

お熊は浄瑠璃と異なり不義密通のうえ、
思い人と結婚するために夫を殺害しようと
したのだが、絶世の美女として評判であった。

刑場へ引き立てられるお熊の美貌を一目見ようと
人々が集まったのだが、その時のお熊の格好が、
黄八丈の小袖に白無垢を被り、
水晶の数珠を掛けていたという。

このパフォーマンスは各地で話題になり、
多くの記録が残されている。

さて、なぜ雪虫の話で白子屋お駒が
出てくるのかというと、この虫のことを
京都では白子屋お駒はんと呼ぶらしいのだ。

もっとも、京都出身者何人かにたずねてみたが、
みな知らないと言っていた。

そもそも白子屋事件は江戸の事件である。
どうして京都でだけその名で呼ばれるのか
という疑問もある。

群れになって飛んでいる様は
本当に雪が降るようで幻想的なのだが、
彼らの蝋は利用価値が無いので害虫の類である。

2019年1月13日日曜日

ユキノシタ

特徴的な花と葉を持つ草である。

その名の通り積もった雪の下から
生えてくる植物、というわけではない。

名前の由来にはいくつかの説があり、
雪に覆われても緑の葉が失われないから、
白い花が雪に見えるから、などである。

葉は鴨の足に例えられ、裏は赤い。
鴨足草は俳句の夏の季語である。

山菜として食されるものであり、
天ぷらやおひたしのゴマあえなどにすると
クセもなく美味しくいただける。

天ぷらにする際は葉の裏側にだけ
衣を着けるのがスタンダードで、
さくっと軽い歯触りが楽しめる。

山菜と言ったが、湿度が高く直射日光の差さない
場所であれば生育することが可能で、
庭の日陰で育てられていることが多い。

横に伸びる枝から新たな株が
生えてくることもあり、
乾燥と日光にさえ気を付ければ育てやすい。

五枚の花弁を持つ花は独特な形をしており、
上部に短い三枚、下部に長い二枚がある。

近縁の大文字草は、この花の形を
漢字の大に見立てたもので、
確かにそういう形をしている。

上部の三枚には赤い斑があり、
花弁の中央はには黄色い雌しべがあり、
星を思わせる放射状に雄しべが伸びる。

小さいがなかなかに豪奢な花なのだ。
日陰のジメジメとした場所に咲くわりに、
意外な美しさを放っている。

暗がりで見たなら派手な虫と
勘違いするかもしれない。

ちなみに、薬草としての効能は無いが、
虎耳草と呼び薬草扱いする地域もある。

焙った葉が炎症に効く貼り薬になるとされ、
搾り汁は痒み止めになるという。

乾燥させた葉と茎を煎じたものは
解毒剤になるとまで言われており、
かなり有用な薬草とされてきたが、
残念ながら若干の抗菌作用しかない。

中耳炎など耳の病気に効くとされているが、
薬草ではなく野菜だと思っておこう。

こうした野草は万能薬のように言われている
ものがかなり多いが、もし本当に薬効があるなら
生薬として昔から利用されているはずだ。

東洋医学の歴史を侮るなかれ。
また、似非医学に惑わされぬように。

2019年1月12日土曜日

カエデとモミジの違いを知っているだろうか。

実はどちらもカエデである。
カエデの中でも葉の切れ込みが深いものや
葉が小さいものをモミジと呼ぶ傾向にある。

カエデは楓と書くのだが、
実は私の筆名ははじめ、
泉井夏楓としようと思っていた。

祖父の名が松春なので季節の漢字と
樹木名を使いたいと思っていたためだ。

だが、楓の字だけが画数が詰まっており、
字面の上でバランスが良くない。

カエデといえば紅葉だが、
私は夏の緑の葉が好きだ。

そういう意味でも夏楓としたかったが、
少し小洒落すぎている気もする。

夏風邪をよく引くのでいっそのこと
夏風としようと思った次第である。

なお、泉井は祖母の旧姓だ。

そういうわけで、楓は思い入れの深い樹木である。
ある理由から今日の記事は椛としたが、
楓は楓で改めて記事を書きたいと思う。

これだけでは自分語りの余談なので、
カエデではなくモミジ特有のことを
もう少しだけ書くとしよう。

馬肉を用いた鍋を桜鍋と呼ぶように、
肉を用いた鍋を牡丹鍋と呼ぶように、
鹿肉を用いた鍋を紅葉鍋と呼ぶ。

これは花札の十月の紅葉の十点札に鹿が
描かれているためである。

ただし猪が描かれている七月は萩であり、
牡丹は六月で十点札は蝶である。

なので猪が牡丹である理由は別にある。
もちろん、三月の十点札に馬は
描かれていない。というか十点札は無い。

猪や馬のことを取り上げる時に
牡丹肉、桜肉の話はすることにしよう。

ちなみにもみじ といえば鶏の足を
使った料理のことを指す地域もある。

鶏足はスープの出汁に使われることがあるが、
大分の日田ではじっくりと煮込み、
甘辛く味付けて食べるのだ。

人によってはゲテモノに感じるかもしれないが
なかなか美味いものである。

また、もみじ饅頭といえば広島は厳島の名産品だ。
土産菓子として大人気であり、
食べたことのある人の方が多いのではないだろうか。

椛の天ぷらなんていうものもある。
大阪の箕面の名物だ。

昔ある修験者が椛の美しさに感銘を受け、
灯明油で揚げたというよくわからない
伝説が残されている。

箕面の天ぷら用の椛は一年以上塩漬けにしてから
衣をつけて揚げる手間の掛かるお菓子である。

その辺の落ち葉を揚げているわけではなく、
専用に収穫したものなので安心してほしい。

さて、もみじ だけで色々な話題が出てくるほど
本邦では紅葉が愛されている。

秋と言えば紅葉。

だが、私は夏の緑の葉に陽光が透けている、
そんな清涼感のある光景がとても好きだ。

2019年1月11日金曜日

ハナミズキ

花水木と書く樹木である。

単純な漢字の連なりのため、
却って分かりにくい名前だと
私は感じるがどうだろうか。

水と木が並ぶと曜日のように感じてしまう。

それはそうと、ミズキという木があるのだが、
その仲間の中で特に花が目立つことから、
この木は花ミズキと呼ばれている。

ただのミズキは東アジアの植物だが、
ハナミズキは実は北アメリカの樹木なのだ。

更に言うと、花だと思っている
白やピンクの部分は総苞という蕾を包む部位であり、
実際の花は中心の地味な緑の部分である。

果実は小さな赤い粒で、毒がある。
食べてはいけない。

さて、アメリカの木であるハナミズキが
何故本邦のあちこちに植えられているのか。
実は理由がある。

本邦から合衆国へ桜の木が贈られたことは
有名なのでよく知られているが、
ハナミズキはその返礼として贈られたものだ。

多くは大戦時に伐採されてしまったが、
現在では各地で愛されている。

桜の花が散った頃に花を咲かせるこの木は、
アメリカ東部に自生しており、
桜前線のように開花時期が少しずつずれている。

葉より先に花の咲く落葉樹であることも
桜と共通しており、ハナミズキを愛でる
文化を楽しむ人々もアメリカにいるようだ。

なお、英語での呼び名はドッグウッドである。
犬の木である。語源は不明らしい。

ちなみに、アメリカ人の中にはキリスト教の救世主が
掛けられた十字架にはハナミズキ材が使われたと
信じる者たちがいる。

ハナミズキは北アメリカ東部の樹木である。
古代のイスラエル周辺でハナミズキ材は
入手できないだろう。

そういう伝説が近代に生まれるほど、
現地では住民に愛されている木だということだ。

2019年1月10日木曜日

芙蓉

葵の仲間の植物のことで、美しい花を咲かせる。
ハイビスカスの一種でもある。

芙蓉とは元々蓮の花を指す言葉である。
芙も蓉も蓮を意味する漢字なのだ。

だが、次第にハスは蓮と呼ばれるようになり、
芙蓉の名は蓮の美しさを形容する言葉となった。

美しい樹という意味でネムノキが芙蓉樹と呼ばれ、
美しい鳥だということで金糸雀が芙蓉鳥となった。

この使い方が大陸から本邦へと伝わり、
美しいこの花の名前となった。

富士山のことを芙蓉峰と呼ぶことがあるが、
現代ではほぼ使われない。

芙蓉の花が元々大和言葉で何と
呼ばれていたのかは寡聞にして知らない。
葵と区別していなかったのかもしれない。

芙蓉がこの花の名前として使われる中、
大陸の文献では明らかに蓮と分かる花を
芙蓉と呼んでいるという齟齬が生じる。

ここで逆転現象が発生し、蓮の美称として
芙蓉と呼ぶこともあるということになった。
おおらかである。

なお、蓮を意味する芙蓉と混同しそうな場合には
木芙蓉と呼ばれることがある。
逆に蓮を水芙蓉と呼ぶこともある。

ローズマロウという北アメリカ原産の花があるのだが、
これは芙蓉に近い植物で、アメリカフヨウという。
草芙蓉という呼び方がある。

酔芙蓉という園芸品種があるのだが、
これがまた面白い。

白い花を朝に咲かせるのだが、
酒に酔って顔が赤くなるように徐々に色がつく。
江戸の人々は本当に洒脱である。

芙蓉の花は一日しか咲かない。
それを交配させ、様々な品種を作り出すことに
血道を上げた人々がいるのだ。

本邦の人々は何かにこだわると
とことんまでこだわる傾向にあるが、
ここにもその片鱗が見える。

一朝一夕で成ることではないのだ。

2019年1月9日水曜日

ナズナ

ぺんぺん草の名で知られる春の七草のひとつである。

名前の由来には諸説あるが、
夏に枯れる夏無が転訛したものだという。

果実、といっても葉っぱのように見えるのだが、
特徴的な形をしたそれは三味線のバチに例えられる。

このため、三味線草の名を持ち、
三味線の音になぞらえて
ぺんぺん草と呼ばれるのである。

ぺんぺん草といえば、子供の遊び道具でもある。
私も幼少の時分にぺんぺんさせて遊んだが、
この表現で何をどうしたのか
今の若者は理解できるのだろうか。

ちなみに、英語では飼いの財布と呼ばれる。
果実が羊の皮を束ねて紐で縛った形に見えるためだ。

ナズナは初春すなわち正月に成長を始めるのだが、
これが春の七草として食卓に上る。

大和本草という書物によると、宋代の詩人が
天は世捨て人のためにこれを生じさせたと
歌っていると紹介し、味が良いためとしている。

冬季に食べることのできる植物は貴重であり、
味の良し悪しに関わらずありがたいものだった。

現在では雑草扱いだが、実際に元々雑草扱いである。
というのも、の栽培技術が本邦に伝わった際に、
麦に混じってやってきた植物であるためだ。
麦畑に勝手に生えてくる雑草だったのだ。

雑草中の雑草たる由縁として、
荒れ果てた土地でも逞しく生えてくる
という点が挙げられる。

このことから、ぺんぺん草が生えるという、
荒れ果てているという意味の慣用句が存在する。

おそらくは麦畑の手入れがされていない
ことからきた言葉だろう。

この慣用句は現在ではほぼ使われないが、
ぺんぺん草ですら生えないという
更に酷い状態を指す慣用句は辛うじて生き残っている。

食べられる草だが、あくまで雑草であり、薬効は無い。
しかし、民間療法によっては非常に優れた
薬草とされることもある。

様々な内臓の病に効くとされ、
黒焼きなどが作られたが、
単なる雑草なのでプラシーボ効果しかない。

虫除けになると信じられていた時代もあるが、
ただの雑草なのでやはりそんな効果も無い。

雑草雑草と雑草を連呼したが、
昭和帝は雑草を刈りましたという報告に対し、
草にはすべて名前がある、雑草ということはない、
という旨の言葉を残したとされる。

ここから、雑草などという草はない、
という名言が後世に伝えられている。
覚悟が完了しているのだ。

2019年1月8日火曜日

椿

冬に花を付ける樹木である。

艶葉樹、つやばきの名が訛り、
ツバキとなったと言われている。

成長は遅く、寿命の長い木で、概ね人の背丈の
三倍程度だが、長く育てば大木にもなる。

花は中心が黄色く、通常は赤い花弁を持つ。
雪の中に咲いているとひと際目を引くだろう。

木偏に春と書いて椿のため、
春の花ではあるが、正月を新春と呼ぶように、
春の定義には揺らぎがある。

なお、椿という漢字は本来大陸の別の植物を
指す文字であるが、本邦ではこのツバキを指す。

国字として創作した文字が偶然実在する字に
なったとも、訳者が勘違いしたとも、
本意を無視したのではないかとも言われている。

花は萎れていくのではなく、ぼとりと
落ちることも印象的で、映像作品では
抽象表現として用いられることもある。

江戸時代からの園芸植物であり、
本邦では実に様々な品種が生み出された。

白い斑のあるもの、縁が白いもの、
八重咲のものなど様々ある上に、
白斑にも星斑などの種類があり、
八重咲にも蓮華咲きや宝珠咲きなどがある。

つまり、数え切れぬほどの園芸品種が存在し、
地方によって更に傾向が異なる。

万葉集にも歌われるほど古くから
親しまれてきた花だが、ヨーロッパへは
エンゲルベルト・ケンペルが紹介した。

実際にヨーロッパに伝えたのはカメルという名の
助修道士で、彼の名にちなんでカメリアと
呼ばれるようになる。

ヨーロッパでも園芸品種として
愛されるようになり、小説と歌劇で知られる
椿姫の流行も椿の人気を物語る。

さて、椿は鑑賞だけに用いられる植物ではない。
木材、椿油、生薬と様々な用途がある。

成長が遅いことは前述したが、
昔は大木が沢山存在したため、
安価な木材として利用されていた。

しかし、伐採され尽くされ、現在では
椿の大木は屋久島ぐらいでしか見ることができない。
ちなみに椿材は印鑑や将棋の駒によく使われる。

椿油はオリーブオイルに例えられるほど
様々な用途に利用できる。
整髪、燃料、食用と、何に使っても良い。

なお、油を搾った残りかす、油粕は
魚介類には毒性があるため、
川での毒もみ漁に使われていた。

工芸品や絵の題材としてもよく取り上げられ、
漆や螺鈿の匠の品は数知れない。

特に茶の湯での椿の地位は
茶花の女王とまで言われるほどだ。

まだまだ紹介しきれないが、椿は本邦古来より
身近に存在してきた美しい植物である。
他にも様々な文化が存在する。

ヨーロッパ人も、そうした背景を含めて
カメリア・ジャポニカに魅了されたのかもしれない。

2019年1月7日月曜日

紫苑

中心が黄色く外側が紫色の花を咲かせる野の草である。

今昔物語に載っている
母を亡くした兄弟の物語に紫苑は登場する。

兄弟共に嘆き悲しみ、毎日墓参りを欠かさなかったのだが、
兄は宮仕えの身であったため、悲しみを忘れさせるとされる
忘れ草を墓前に植えて母への想いと決別した。

しかし、弟は思い草とも呼ばれる紫苑を植え、
毎日欠かさず墓参りを行った。

そんなある日、彼に墓守鬼が語り掛ける。
自分は醜い鬼だが、お前の母を想う心に感じ入ったと。

以来、鬼は彼に毎晩予知夢を見せ、
事実上の予知能力を与えたのだった。

この物語が、君を忘れないという花言葉の由来だという。
鬼の醜草という別名もこの物語に因む。

花の咲くのは秋である。
ちょうど中秋の名月の頃に咲くため、
旧暦で満月となる十五夜にちなみ十五夜草とも呼ばれる。

根には利尿作用があり、紫苑の名で生薬とされる。
食用にはならないが、発熱や膀胱炎に効果が期待できる。

なお、英語ではタターリアンアスターとなる。
アスターとは星を意味し、花の形から名付けられたものだ。
この紫の紫苑はその中でも東方からもたらされたものとして、
タタール人のアスターと呼ばれている。

ちなみに本邦の野生の紫苑は絶滅危惧種である。
園芸品種は人気があり各地で栽培されているため
絶滅という言葉はぴんとこないが、
自生しているものは九州のごく一部にしか存在しない。

死者を忘れず想い続ける花、紫苑。

ゲーム、ポケットモンスターの初代をプレイしたことが
あるならばシオンタウンという町の名前の元だと
聞けばなるほどと思うだろう。

2019年1月6日日曜日

アザミ

トゲの多い野の花である。

そのトゲは鋭く、触れればかなり痛い。
総苞と呼ばれる蕾を包む部分は
まるでウニのようで、葉にもトゲが存在する。

花は明るい紫色をしており、
総苞の上に乗るように咲く。

花弁は細かい針状で、それが密集している。
これは流石に刺さらないが、
見た目としてはとげとげしさを感じる。

スコットランドの国花であり、
イングランド人から土地を守るために
戦った人々の想いが重ねられてきた。

すなわち、侵略者には手痛い報復を与える
独立不羈の精神である。

毒が無い辺りが正々堂々と正面から
戦うという意識がうかがえる。

さて、毒が無いということは
食べることも可能だということだ。

もっとも、毒の無い植物すべてを食べる
わけではないことは言うまでもないが、
アザミの場合、本邦で食用とされてきた。

東北地方や長野の一地方において、若芽を食す。
味噌汁の具や天ぷらは山菜として人気だ。

また、根を味噌漬けにして食べることもあり、
山ごぼう や菊ごぼう と呼んでいる。

ただし、ヤマゴボウは別の植物である。
しかも毒があり、厄介なことにアザミに似ている。

ギリシア神話においては、
アザミは死者を悼む花である。

伝令神の息子であるダフニスは大変な美少年で、
あらゆる存在から愛されていた。

しかし、無条件に他者から愛され続けた彼は
とても傲慢に育ってしまった。

愛の女神の計らいで結婚をするのだが、
一度は愛した妻を冷たく捨ててしまう。

仲人を務めた愛の女神はこの仕打ちに怒り、
ダフニスの目が見えぬようにして罰したという。

盲目となったダフニスはそれでも反省せず、
己の不幸を嘆きながら
川に身を投げて死んでしまった。

身勝手な男だが、それでも愛されていた。
神々や獣のみならず、大地までもが彼の死を悲しみ、
大地はアザミの花を咲かせてその死を悼んだ。

アザミの花にトゲがあるのは、
悲しみを忘れないためなのだという。

2019年1月5日土曜日

カンパラ

ヴィクトリア湖畔に位置するウガンダの首都である。

大湖地方とも呼ばれるこの地域には
かつていくつかの王国が存在した。

カンパラは元々ヨーロッパ人の
砦だった場所が発展してできた街である。

独立後の初代大統領はブガンダ王国の王であり、
各王国の王権が残された連邦制となった。

しかし、旧王国の勢力が強かったため、
連邦政府との間に不和が生じて
社会主義者による一党独裁体制へと変化する。

ただし、それは長くは続かなかった。
人食い大統領の異名を持つ
イディ・アミンがクーデターを起こし、
独裁者となって恐怖政治を敷いたのだ。

アミンは経済の中枢を握っていた印僑を追放し、
自分に同調しない国民の大虐殺を行った。

こうした行いは国際社会の非難を受け、
経済制裁を受けたのだが、アミンは
それを打開するため隣国タンザニアへ侵攻。

タンザニア軍はウガンダ軍を撃退し、
逆に首都カンパラまで攻め込んだ。

反政府組織もタンザニア軍と連携し、
カンパラは陥落、アミンは亡命し、
後に国外で病死した。

独裁者のいなくなった国内は統制が
とれなくなったことで却って乱れ、
政変が続き、内戦へと発展してしまう。

カンパラの街は内戦の際に破壊された。
復興を計画的に行えず、人口流入も
激しいため、かなり混沌としているようだ。

現在でもテロが頻発し、治安はかなり悪い。
旅行先に選ぶのは控えた方がいい。

経済状況は良くないが、
肥沃な土地ではコーヒーとバナナがよく育ち、
にも困らず地下資源も豊富である。
政情さえ安定すれば豊かになる素地はありそうだ。

ウガンダではキリスト教の影響力が強く、
全ての聖人の大聖堂、聖マリー大聖堂のように
聖公会とカトリックの大聖堂が存在する。

聖マリー大聖堂は特に立派な
ゴシック様式のカテドラルである。

食文化は古くからサラセン人の影響を
受けてきたため、比較的発展していると言える。

イギリス人と印僑の持ち込んだ
カレーもよく食べられている。

しかし、前述のような歴史を辿ったため
多くの国民は貧しい。

トウモロコシやバナナが主食なのだが、
富裕層はジャガイモや米を好むという。

ヨーロッパ人やインド人の文化が
上質なものとされているのだろう。

このようなわけで、現在のウガンダに
観光地としての魅力はほとんどない。

将来的に政情が安定し、治安が回復したならば、
経済状況も良好になるであろうから、
その時は旅行先の候補に挙がるかもしれない。

2019年1月4日金曜日

ホップ

松毬状の花に似た部位をつける
西洋唐花草とも呼ばれる植物である。

毬花と呼ばれる花に似た部位は、
爽やかな香りと独特の苦みを持ち、
ビールの醸造に欠かせない。

殺菌作用があるため、醸造過程で
入り込む雑菌を排除する効果があるのだ。

古くはバビロニアで野生のホップが
ビール醸造に使われ、
エジプトでも薬草とされていた。

その後ヨーロッパではビールといえば
様々な香草薬草を利用したものが
醸造されていたが、やがてホップが主流となる。

殺菌作用によるビールの日持ちの良さが
特に注目されたためだ。

イングランドでは毒があるという誤った認識が
広まり、一時は使用が禁止された。

一方、バイエルンにおいては
ビール純粋令という法律が制定された。

これはビールには大麦とホップと以外を
原料に用いてはならないというものである。

当時はホップが主流とはいえ様々な香草が
ビールに使われており、中には悪質な
業者によって毒性のある植物が使われる例もあった。

また、小麦ライ麦といった主食となる
穀物をビール造りに費やされると
食糧価格が上がってしまうため、
これを規制したものとされている。

なお、宮廷醸造所や許可を受けた修道院では
小麦を使うことが許されていたため、
小麦ビール、いわゆるヴァイツェンは
貴族のビールとして存続した。

バイエルンのビールへの情熱はすさまじく、
ドイツ帝国統一の際には、バイエルンが
帝国に加わる条件として、ビール純粋令の
全土への適用を求めたという。

この時期にピルスナーがドイツで
作られるようになったため、
大麦とホップと水だけのピルスナーが
いわゆるビールの代表となったのだ。

ビール純粋令には小麦やライ麦を使う場合は
上面発酵しなければならない、
つまりラガーを醸造してはならないなど
他にも細かな決まりが存在する。

ホップといえば、イングランドがインド植民地に
ビールを送る際に、赤道を二回通過することで、
多くのビールが腐って駄目になってしまった。

そこで、アルコールの度数を上げ、
ホップを多く使用することで、
腐りにくいインディアペールエールを生み出した。
アイピーエーというやつである。

ダブルアイピーエーというものもある。
これはインペリアルインディアペールエールだ。

何故インペリアルかというと少々長くなる。
その昔イングランドはスタウト、
つまり簡単に言えば黒ビールを、
ロシア帝国に輸出していた。

ロシアではアルコール度数と味の濃いものが好まれ、
強いスタウトが生み出され、帝国輸出用として
インペリアルスタウトと呼ばれた。

その結果、強いビールを更に強くしたものに
インペリアルを冠するようになり、
インペリアルアイピーエーが生まれた。
アイがふたつ重なるのでダブルアイピーエーなのだ。

なお、冷蔵技術が生み出され
本来のアイピーエーは必要なくなったのだが、
アメリカ人がこの味を非常に好み、
自国でアイピーエーを作るようになった。

ニューイングランドアイピーエーなどと
呼ばれるものや、本末転倒なのだが
度数を低く抑えたセッションアイピーエー
などが生まれることになる。

おっと、いけない。
ホップの記事であった。
ビールについてはこの辺にしておこう。

世界的に見るとホップの生産はドイツと
アメリカとエチオピアが半分以上を占め、
チャイナやノースコリアでも生産されている。

本邦では北海道と一部の東北地方でのみ
ホップ生産が行われている。

品種と産地で香りや苦味に差があることから、
前述のアイピーエーでは
どんなホップを使ったかが重要となる。

国産ピルスナーしか知らないよ、
というのであれば、悪いことは言わない、
様々なエールを飲んでビールの
奥深さを知ってほしい。

2019年1月3日木曜日

キガリ

ルワンダの首都である。

アンゴラの首都ルアンダ
紛らわしいので注意が必要だ。

なお、ルワンダがベルギーの植民地であった時代は、
ルアンダ自治区だったので更に紛らわしい。

ベルギーは少数民族であるツチ族を支配層に定め、
ツチ族の王による間接統治を行っていた。

だが、多数派のフツ族がこれに反発し、
王政を排し共和制に移行、
フツ族の大統領を立てることになる。

ベルギーからの独立後、少数派ツチ族は武装し、
多数派のフツ族への抵抗を続けるが、
国自体は安定して発展していった。

だが、クーデターにより大統領が交代すると、
新たな大統領は開発独裁を行うことになる。

開発独裁とは、経済の発展を第一に
推し進めるために独裁体制を敷くことで、
民主的に選択された独裁である。

これによりルワンダは大きく発展するが、
少数派ツチ族がフツ族の独裁に抵抗するため、
ルワンダ愛国戦線を組織し、内戦が始まる。

その結果、多数派フツ族のツチ族への
民族感情は悪化し、大統領も反ツチ族の
イデオロギーを政治的に利用した。

そんな最中に大統領が暗殺される。
ツチ族のルワンダ愛国戦線によるものか、
それともフツ族の過激派によるものか、
犯人は未だ判明していない。

こうして、ルワンダ虐殺は起こるべくして起こった。
ツチ族との融和を望むフツ族穏健派、
そして国内のツチ族が
軍隊と暴徒によって虐殺されたのだ。

なんと総人口の一割以上が殺された。

この混乱を利用し、ルワンダ愛国戦線は
全土に浸透、国内を掌握し、
親ツチ派のフツ族大統領を就任させた。

結果的にツチ族有利な状態で
共存することになったのだ。
ちなみに、その後コンゴと戦争をしている。

さて、そんな不安定なルワンダだが、
国外に逃亡していたツチ族が多くの投資を
行った結果、アフリカの奇跡と呼ばれるほどの
経済成長を見せることになる。

タングステン、金、天然ガス、
つまり地下資源が豊富に産出したためだ。

似たような運命を辿った隣国ブルンジとは
内戦の流れも経済の状況も真逆である。

前置きが長くなりすぎたので首都キガリに
ついては軽く触れるだけにしておこう。
というのも、あまり歴史のある街ではないのだ。

アフリカの奇跡と呼ばれる経済発展により
近代的な都市であるが、
歴史的な見所は無い。

カトリックの聖ミシェル大聖堂は
大きな公民館といった風情で、
教会建築とはいえない。

主食のバリエーションは豊富だが、
香辛料はあまり使われず、
素朴な料理が中心となる。

ただ、経済発展が著しいため、
キガリのような都市では
ヨーロッパ式の料理がよく食べられている。

つまるところ、キガリを観光しても
大して面白いところはないということだ。

この国を旅行するのなら、
国土の中心にあるキガリを拠点とし、
田舎を回るのがいいだろう。

治安も比較的良いので、
アフリカ旅行の候補としては十分である。

2019年1月2日水曜日

ブジュンブラ

タンガニーカ湖の北東岸に存在する
ブルンジの首都である。

ブルンジは元々ドイツの植民地の中の
自治区ウルンディであった。

世界大戦によってドイツが敗れると
ベルギー領となり、隣のルアンダ自治区と
統合されルアンダ=ウルンディとなる。

後に独立した際、ルアンダはルワンダに、
ウルンディはブルンジとなった。

その首都ブジュンブラはジョギングが
法的に規制されているという珍しい街である。
持久走のあのジョギングがである。

内戦の間、毎週土曜日の朝にみんなでジョギングを
することで、汗と共に不安を発散させようという
非常に健康的な習慣があった。

しかし、民衆が定期的に集団で行動するということが
政府への反抗の組織化に繋がるとして禁止された。

現在では特定の指定された公園や
サッカー場でならジョギングが行える。

このことから想像がつくと思うが、
この地では過酷な内戦が発生した。

ブルンジは少数民族のツチ族が支配していたのだが、
それに不満を持つフツ族が反乱を起こし、
夥しい数のツチ族が殺害された。

すると、報復として軍隊がフツ族の虐殺を行う。
殺されたツチ族のおよそ十倍のフツ族が殺された。

その後クーデターによって誕生した政権は、
大統領はツチ族、首相はフツ族とし、
民族融和を掲げるがうまくいかない。

複数政党制が導入され、より民主的になったことで、
フツ族の大統領が立つことになる。

だが、このフツ族の大統領は暗殺され、
ブルンジ内戦が幕を開ける。

内戦は続き、今世紀に入ってようやく
和平協定が成立し、フツ族の大統領が選出された。

しかし、この事態をフツ族強硬派は歓迎せず、
ツチ族とフツ族の戦いは続くことになる。

戦いは数年前に一応終息している。
だが、再選を続ける大統領に対する不満など、
火種は燻り続けているのが現状だ。

つまり、旅行に行くべき場所ではない。
見て楽しいものもあまり無いだろう。

世界女王大聖堂はカトリックの大聖堂である。
薄オレンジの外壁はドイツのコロニアル様式を
彷彿とさせるが、シンプルな博物館のような建物だ。

食事はバナナ、キャッサバトウモロコシを主食に、
あまり彩りの無いものが食べられている。
肉が食べられるのは月に数回らしい。

祝いの席ではバナナ酒ウルワルワや
トウモロコシ酒インペケが飲まれるそうだが、
おそらく貴重なものなのだろう。

ブルンジは世界最貧国のひとつである。
経済は壊滅状態だと言われている。

かろうじてコーヒー豆の輸出が行われているが、
まだまだ未来は明るくない。

そもそもの争いの元である民族対立が
無くならない限り、今後も動乱は続くことだろう。

2019年1月1日火曜日

平成三十一年賀正

まずはあけましておめでとう。

季節感の無い当ブログだが、
新年の挨拶ぐらいはしておこうと考えた結果、
元日の記事はこうした趣向で今後も行こうと思う。

さて、平成三十一年である。
今年は年号が変わる。

平成三十年はプライベートでは
実に様々なことがあった。

私的なことなので書かないが、
人生の転機であったことに違いない。

世の中を見てみると、ノースコリアが核弾頭を手にし、
シリアをロシアが空爆し、アメリカがミサイルを撃ち、
南北コリアが板門店で会談を行い、
ノースコリアとアメリカの首長がシンガポールで会談し、
そして、チャイナの軍事的伸張が目立つ一年だった。

一昨年特に緊張感の高かったシリアやその周辺に
一区切りつき、東アジアの問題が目立つように
なってきたとも言える。

本邦でもヘリコプター空母を改修し、
フリゲートを多数導入する予定だという。

この海軍拡張は恐らく同盟国の要請に応じて
南シナ海へと派兵することを可能とするのが
目的なのではないかと私は睨んでいる。

つまり、本邦の戦略としては、艦の建造を
進めることで抑止力を高めることを第一として、
それらが完成する頃までに戦争となるとは
予測していないということではないだろうか。

色々な立場や信条の人がいると思うが、
私個人としては東アジアの安定のために、
戦力均衡は必要だと思っている。

戦争をするための軍備なのではない、
戦争を避けるための軍備なのだ。

ローマの諺にもこうある。
「平和を求めるなら戦争の準備をせよ」と。

隣国が軍拡をするならば、
降りかかる火の粉は払わねばならぬのが
世の常である。

本邦の軍事支出は額面で見ると多いが、
国家予算の比率で見ると少ない。

戦争と聞くと真正面から総力戦をすると
思い込んでいる人々も多いが、
そんなのは第二次世界大戦特有の現象である。

それに、いつの時代も戦争を呼び出すのは
宥和政策と経済の閉塞、
あるいは不適切な待遇である。

偏った反戦平和主義者がレッテルを貼るような
戦争を目的とした人物などそういるものではない。

戦争を起こすとすれば保守にして懐古趣味の
いわゆる右翼ではなく、現状を急激に変えたいと
考える左翼であるであろうことは想像に難くない。

話が逸れてしまった。

平成三十一年、新たな年号の元年は
いったいどういったことが起こる年になるだろうか。

私個人の予想ではまだ不安定なまま
世の中は大きく変わらないように思う。

本邦に主眼を置いてみるならば、
現在の労働環境がどう転ぶのかが
焦点になるのではないだろうか。

労働の対価、求められる労働の質、
物価と給与の変動、色々な部分で
がたがきているように思う。

一足飛びに現実は変わりはしないが、
今年は世の中の問題が良い方向へ
好転する節目の年になってほしいと
希望を述べて挨拶を締め括りたい。

新年早々戦争の話などして申し訳ない。
だが、気運が高まっているという意識は
頭の片隅に持っておいた方がいいだろう。