序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2019年1月30日水曜日

ナイロビ

アフリカ東部に位置する国ケニアの首都である。

マサイ語で冷たい水を意味する言葉が
街の名の由来であり、赤道近くに位置するが
高地に存在するため気候は穏やかである。

元々は沿岸のモンバサから内陸部へと向かう
ウガンダ鉄道の給水拠点であった。

その後イギリス領東アフリカの首都として発展し、
現在でも東アフリカ地域の
中心的な都市として発展目覚ましい。

アフリカに移り住んだヨーロッパ人たちは
暑い気候に悩まされていたが、ナイロビは
冷涼なためここに人口が集中することになる。

ナイロビの街はホワイトハイランド、
白人の高原と呼ばれていたのだ。

独立後はヨーロッパ人の整備したインフラを基礎に
積極的な開発が行われ、豊かな暮らしを求めて
地方から人々が移住、人口が爆発的に増加したことで
慢性的な失業問題が続いている。

こうした問題は治安の悪化にもつながり、
都市特有の治安の悪さも相まって
あまり観光向きとは言えない様相を呈している。

とはいえ、国際連合の主要な拠点であり、
アフリカの経済の中心地のひとつでもあるため、
ビジネスで訪れる外国人は多い。

イギリス領であったことから
大聖堂は聖公会のもので
全ての聖人の大聖堂である。

赤い屋根の石積みの見事な建物で、
かつてのホワイトハイランドの面影が感じられる。

インド洋に面していることから印僑の流入も多く、
スワミナラヤンのマンディールを始めとした
大小の寺院が存在する。

マスジッドはジャーミアモスクと呼ばれるものが
ケニアで最も知名度が高い。

現代的な都市の中にありながら
イスラム建築の基本に忠実な作りをしている。

イギリス人とアラブ人とインド人の混在する
アフリカの街ではどのような料理が
食べられているのかというと、
当然のことながらそれらの折衷である。

トウモロコシ粉を蒸したウガリという主食が
伝統的だが、インド料理の比重が大きい。

なお、ケニアではタスカーという銘柄の
ビールが作られており、
これは本邦でも販売されている。

私が昔住んでいた街のバーでビールといえばこれで、
よく飲んでいたので懐かしい味だ。

ケニアといえばコーヒー紅茶の産地でもある。
本邦ではややマニア向けな印象を受けるが、
どちらもお勧めできる品質である。

ちなみにケニアを観光するのであれば
首都ナイロビではなく大自然を
満喫しに行くのが正解だと思われる。

いわゆるサファリというやつだ。
スワヒリ語で旅を意味するこの言葉は
ケニア観光から生まれたと言われている。

ケニアにはアフリカらしい大型哺乳類が多い。
アフリカゾウやインパラキリン
ダチョウを見ることができるかもしれない。