序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2019年1月28日月曜日

ジャコウアゲハ

アゲハチョウの一種である。

幼虫は黒と白の縞模様で
かなりトゲトゲとしている。

蛹は黄色く、独特な形をしており、
後述するがオキクムシと呼ばれる。

成虫の雌は羽の縁のみ黒く
内側は白いが、雄は全体的に黒い。

そして驚くべきことに雄のジャコウアゲハは、
腹部から麝香のような匂いを発する。

理由はよくわかっていないが、
おそらく異性を引き寄せる
フェロモンの類なのだろう。

幼虫時代に食べる草には毒があり、
その毒は体内に蓄積され
成虫になっても残される。

この毒は動物が死ぬほどのものではなく、
食べると吐き気を催すタイプのようだ。

ジャコウアゲハを捕食した動物は
不快感と共に吐き出し、
以降黒い蝶を食べようとしなくなる。

こうして種族全体の被捕食率を
下げるための毒もあるのだ。

ジャコウアゲハに似た黒い蝶も
食べられなくなるため、
黒い個体が生き残り、
擬態するように進化した蝶も何種類かいる。

さて、オキクムシの話をしよう。

独特な形状をした蛹は
後ろ手に縛られた女性のように
見えないこともないかもしれない。

そう言われてしばらく眺めていたら
なんとなくそういう形状に
見えてくるような気がする程度である。

縄で括られているように見えるところと
胸のふくらみのように見えるところが
ポイントだろうか。

昔、姫路城の周辺でジャコウアゲハの
蛹が大発生したことがあるという。

その際に、城下の人々はお菊という女性が
殺された無念を抱いて虫になって
生まれてきたのだと噂し合ったという。

播州皿屋敷というよく知られた怪談があるが、
舞台は播州ということで姫路である。

つまり、このオキクムシというのは
皿を一枚二枚と数えるあのお菊の
生まれ変わりだというわけだ。

時代は戦国期ということになっているが、
伝説の出どころはいまひとつわからない。

室町期に盃が不足する話があるが、
もしかすると相当古い話が
下敷きなのかもしれない。

いずれにせよ、蛹の大発生は江戸後期の
出来事であり、お菊の祟りとするには
年月が経過しすぎている。

おそらく、播州皿屋敷の怪談が
広く知られるようになったことで、
想像力豊かな者が蛹の形を
後ろ手に縛られた女性に見立てたのだろう。

なお、最初の姫路藩主の家紋は
平氏由来のアゲハチョウである。

この辺りも、伝説に何か
影響を与えているかもしれない。

ちなみに、ジャコウアゲハの蛹を箱に入れ、
土産物として売っていた例があり、
志賀直哉が暗夜行路で言及している。

柳田國男や折口信夫と並び称される民俗学者、
中山太郎もわざわざこのオキクムシを
確認しに行っている。

不思議な芳香を放つだけでなく
伝説によって人々を惑わす
毒を持つ黒い蝶。

なかなかに興味深い虫だ。