序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2019年1月1日火曜日

平成三十一年賀正

まずはあけましておめでとう。

季節感の無い当ブログだが、
新年の挨拶ぐらいはしておこうと考えた結果、
元日の記事はこうした趣向で今後も行こうと思う。

さて、平成三十一年である。
今年は年号が変わる。

平成三十年はプライベートでは
実に様々なことがあった。

私的なことなので書かないが、
人生の転機であったことに違いない。

世の中を見てみると、ノースコリアが核弾頭を手にし、
シリアをロシアが空爆し、アメリカがミサイルを撃ち、
南北コリアが板門店で会談を行い、
ノースコリアとアメリカの首長がシンガポールで会談し、
そして、チャイナの軍事的伸張が目立つ一年だった。

一昨年特に緊張感の高かったシリアやその周辺に
一区切りつき、東アジアの問題が目立つように
なってきたとも言える。

本邦でもヘリコプター空母を改修し、
フリゲートを多数導入する予定だという。

この海軍拡張は恐らく同盟国の要請に応じて
南シナ海へと派兵することを可能とするのが
目的なのではないかと私は睨んでいる。

つまり、本邦の戦略としては、艦の建造を
進めることで抑止力を高めることを第一として、
それらが完成する頃までに戦争となるとは
予測していないということではないだろうか。

色々な立場や信条の人がいると思うが、
私個人としては東アジアの安定のために、
戦力均衡は必要だと思っている。

戦争をするための軍備なのではない、
戦争を避けるための軍備なのだ。

ローマの諺にもこうある。
「平和を求めるなら戦争の準備をせよ」と。

隣国が軍拡をするならば、
降りかかる火の粉は払わねばならぬのが
世の常である。

本邦の軍事支出は額面で見ると多いが、
国家予算の比率で見ると少ない。

戦争と聞くと真正面から総力戦をすると
思い込んでいる人々も多いが、
そんなのは第二次世界大戦特有の現象である。

それに、いつの時代も戦争を呼び出すのは
宥和政策と経済の閉塞、
あるいは不適切な待遇である。

偏った反戦平和主義者がレッテルを貼るような
戦争を目的とした人物などそういるものではない。

戦争を起こすとすれば保守にして懐古趣味の
いわゆる右翼ではなく、現状を急激に変えたいと
考える左翼であるであろうことは想像に難くない。

話が逸れてしまった。

平成三十一年、新たな年号の元年は
いったいどういったことが起こる年になるだろうか。

私個人の予想ではまだ不安定なまま
世の中は大きく変わらないように思う。

本邦に主眼を置いてみるならば、
現在の労働環境がどう転ぶのかが
焦点になるのではないだろうか。

労働の対価、求められる労働の質、
物価と給与の変動、色々な部分で
がたがきているように思う。

一足飛びに現実は変わりはしないが、
今年は世の中の問題が良い方向へ
好転する節目の年になってほしいと
希望を述べて挨拶を締め括りたい。

新年早々戦争の話などして申し訳ない。
だが、気運が高まっているという意識は
頭の片隅に持っておいた方がいいだろう。