序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2018年8月31日金曜日

イナゴ

バッタの仲間の昆虫である。

稲を食い荒らす害虫というイメージが強いが、
そこまで深刻なものではない。

むしろ、食用として貴重な蛋白源となってきた。
ユダヤ教の聖書でもイナゴは食べても良い
生き物として書かれている。

漢字では蝗と書くが、
実はここに大きな錯誤が潜んでいる。

本邦では蝗はイナゴと読み、
前述の昆虫のことを指すが、
本来の蝗はトノサマバッタのことである。

蝗害という言葉がある。
トノサマバッタ、もしくはサバクトビバッタが、
大量発生し、飛蝗という現象を起こした結果、
地域の植物をすべて食べてしまうことだ。

イナゴにそんなことはできない。

漢籍に当たった古の本邦人が、
蝗という生き物について、
穀物を食い荒らす虫という説明を見て、
イナゴのことだと勘違いしたのだ。

それだけではない、近世以降にキリスト教が
やってきた際に、聖書の翻訳で
同じ間違いをやらかした。

というのも、本邦のトノサマバッタは、
環境の影響で大規模な飛蝗は起こさない。

従って、空一面を黒く染め上げ、
ありとあらゆる植物を食い尽くす
蝗害というものが何のことなのか
ぴんとこなかったのだ。

さて、冒頭でも書いたがイナゴは食用となる。
主に佃煮として食される。

蛋白質とカルシウムが豊富で、
害虫駆除のついでに大量に手に入る。
米食文化に不足しがちな栄養が補完できるのだ。

旧約聖書にもあるように、
イナゴは様々な文化圏で食べられてきた。

味は、佃煮でしか食べたことが無いが、
佃煮だと元々の味が分かりにくい。
あれは大抵のものは同じ味になってしまう料理だ。

中東辺りでは網焼きで食べるらしいのだが、
その食べ方ならイナゴ本来の味がわかりそうだ。

節足動物なのでエビやカニのような味が
するのではないかと想像する。
あくまで想像だが。

あまり関係のない話だが、
私はいわゆるゲテモノを食べることに抵抗がない。
虫を食べるのを気持ち悪いとは思わない。

エビカニはいいがシャコは虫っぽいから
嫌だという人が結構な割合でいるが、
カニはクモやダニの仲間である。

クモやダニの仲間が食べられて、
バッタが食べられないというのも
妙な話ではないだろうか。

毒、寄生虫、病原菌の問題が解決するなら、
何でも食べるのがよろしかろう。
それがその地域の文化だというのならなおさらだ。

もっとも、好奇心で一度食べれば十分、
もう食べたくはないなと思ったものは色々とある。
理由は美味しくなかったからである。

もしかすると調理が上手ければ
美味いものもあったかもしれない。

2018年8月30日木曜日

ヤムスクロ

象牙海岸に面する国
コートディボワールの首都である。
アビジャンから遷都された。

コートディボワールはフランス語で
象牙海岸という意味である。
かつては奴隷と象牙が産品であった。

首都は内陸のヤムスクロだが、
実質的な首都機能も
経済の中心もアビジャンにある。

ヤムスクロは独裁者として知られる
初代大統領の出身地であるため、
それだけの理由で首都とされた。

実態は田舎町である。

ただし、いくつか奇抜で
見る価値のある名所が存在する。

まずは何と言っても大聖堂だろう。
と、言いたいところだが
残念ながら大聖堂は無く聖堂がある。

カテドラルではなくバシリカという意味だが、
その大きさがとんでもないため、
大きな聖堂という意味では大聖堂と呼んでも
あながち間違いではないかもしれない。

平和の聖母聖堂。
ヴァチカンのサンピエトロ大聖堂を模した
この建物はとにかく大きい。

周囲にほぼ建物が無いため
その威容は目立つことこの上ない。
金色に輝く大きな聖母子像まである。

ただでかいだけではない。
この聖堂のステンドグラスは
世界屈指と言っても差し支えないだろう。

もうひとつ馬鹿でかいものがある。大モスクだ。
こちらも周囲に何も無いため大きさが際立つ。
青空に白が映える美しい建物だ。

三つめはフォンダシオンだ。
財団という意味だがいわゆる国際会議場である。
これもやたらとでかい。
そして内装が妙に金がかかっている。

この三つの巨大建造物を見るだけでも
ヤムスクロを訪れる価値はあるだろう。

さて、コートディボワールは
その名から想像がつくと思うが
フランスから独立した国家である。

独立当初は順風満帆の経済成長を続け、
政治も安定していた。

だが、再選を繰り返す大統領への不満が高まり、
クーデターが勃発したことで
内戦に次ぐ内戦が始まる。

大統領が二人いるなどという
聞いたことのないような状況も発生した。

選挙で選ばれた共和国の大統領が
二人になる道理は無いはずだ。
王か何かと勘違いしていたのではないだろうか。

それはそうと、内戦により低迷したが、
それでも他のサブサハラ諸国と比べると
経済状況はかなり良好と言える。

アフリカの優等生と呼ばれるだけのことはある。

コートディボワール料理は美味い。
キャッサバやヤム芋、バナナを
主食としているのだが、東南部民族の作る
アチェケというものが美味いらしい。

キャッサバを発酵させてから乾燥させ、
粉にして練り、蒸したものだという。
聞いた話でしかないが、とにかく美味いらしい。

どう美味いのかまでは知らないが、
芋のでんぷんを発酵させてから蒸したもの
ということは もちもちとした
パンのようなものだろうか。

完全な憶測だ。
とにかく食べてみたい。

食文化が豊かというのはそれだけで
旅行に行ってみたいと思わせる力がある。

主食の話しかしていないが、
多彩な料理が数多く存在する。

近隣の栄養失調になるような国とは大違いである。

内戦も終わっているはずなので
観光をお勧めしたいところだが、
治安の悪さと賄賂の横行は最高レベルだ。

役人や警官は腐敗しきっている。
警官を見たら賄賂の要求だと思った方がいい。

ヤムスクロは田舎なのでまだましだが、
本来の首都のアビジャンでは治安がまずい。
セキュリティの概念が崩壊している。

田舎の家に鍵がかかっていないのはまだわかるが、
明らかに治安の悪い都市で、
ホテルの部屋に侵入し放題というのはまずかろう。
そして警官は役に立たない。

いっそのことヤムスクロ空港へ直行し、
アビジャンは無視するのがいいかもしれない。

2018年8月29日水曜日

カモノハシ

鳥のくちばしのような口と
魚の尾ひれのような尻尾を持つ
奇妙だが可愛らしい哺乳類である。

オーストラリア東部に棲息するこの動物は、
最初に発見された際、
単なる見間違いだと思われていた。

次いで、スケッチ画とくちばし付きの毛皮が
イングランド本国へ送られると、
今度は偽物だと思われた。

ビーバーの毛皮にカモのくちばしを
縫い付けて作られた紛い物だと考えられたのだ。

だが、カモノハシは実在した。

毛皮だけではわからなかったが、
指の間には水かきがあり、
オスの後足には毒爪まであった。

カモノハシの毒は人間が死ぬようなものではないが、
動けなくなるほどの激痛をもたらし、
鎮痛剤を多量に打っても耐えかねるほどだという。

犬ぐらいの大きさの動物であれば死に至る。

さて、この実在が疑われていたカモノハシだが、
哺乳類のくせに卵を産む。

ついでに言うと鳥と同じく総排出孔を持つ。
総排出孔とは尿と糞と卵が出る穴だ。
知れば知るほど胡散臭い生き物だ。

なお、鳥と異なりくちばしは柔らかい。

神経が集中しており、
水中で微弱な水流をも関知し、
目をつぶっていても周囲の状況がわかるという。

珍妙な生物として有名なため、
写真や動画で一度は見たことがあると思うが、
本邦では現物を見ることができない。

オーストラリア政府によって
手厚く保護されているカモノハシは、
海外への持ち出しが制限されているのだ。

ちなみに絶滅危惧種ではない。
手を差し伸べると人懐っこく寄ってくる。

ただし、捕獲すると逮捕されるので
愛でるだけにしておこう。

2018年8月28日火曜日

ファドゥーツ

アルプス山中に存在する
リヒテンシュタイン侯国の首都である。

本邦では一般的に公国と書かれるが、
ヘルツォークではなくフュルストなので、
公爵より侯爵の方が正しいと思う。

さて、リヒテンシュタインは
非武装永世中立国である。

これは領土の狭さと人口の少なさ故に、
独自の軍隊を持っても他国に対抗する
力となり得ないための苦肉の策だ。

この策を取ることができる理由は、
隣に永世中立国のスイスがあることによる。

国防をスイスに完全に依存しているのだ。
スイスの一地方と言われても仕方がない。

もし仮にリヒテンシュタインを
攻めようという勢力があったとして、
なおかつスイスがそれを黙殺したならば、
リヒテンシュタインは蹂躙されるだろう。

第二次世界大戦の折には、
この国でもナチズムが台頭した。
民衆が戦いを望んだのだ。

しかし、普段は名目上の君主として
政治に口を出さない侯爵が、
大権を行使して選挙を停止させた。

かくして、リヒテンシュタインは
中立を保つことができたのだった。

非武装中立という異様な立場は、
四つの特殊な条件の下に成り立っている。

中立を維持する限りにおいては、
同じ中立国である隣国が守ってくれる。

民衆が中立を破ろうとしても、
君主がそれを止めることができる。

攻め取ったところでほとんど旨みがないため、
近隣諸国が敵国となる可能性が極めて低い。

国自体が山岳要塞のため、
小さくとも簡単には攻略できない。

本邦でも非武装中立を声高に主張する
人々がいるが、これに近い条件を
満たすことができると考えているのだろうか。

本邦には他国の軍が駐留しているが、
これはすでに中立の要件を満たさない。
仮に追い出したところで有利に貿易するには
どこかの国に肩入れする必要がある。

そして、非武装中立を主張する人々は
世襲君主が実権を持つことを嫌悪する。
今上帝に議会を止めるような権限は無い。
ポピュリズムに陥れば
容易に戦争に傾くのが民衆である。

また、本邦の隣国はいずれも潜在的敵国であり、
主に本邦の持つ広大な海域を狙っている。

列島である本邦は長大な海岸線を持つ。
どこからでも侵入可能だ。

つまり、本邦が非武装中立を目指すことは、
前提条件が揃わないため不可能なのだ。

スイスのような国民皆兵の武装中立であれば
不可能とは言えないが、長大な海岸線を
防衛する手段が必要となる。

そのためには強い海軍を持つ必要があり、
それを維持する軍事費を稼がなければならない。
水際防衛に失敗した時のために
陸軍の充実も必須だ。

例えば本邦に戦車があれば、
敵はそれに対抗するため、海を越えて
戦車を持ち込まなければならない。
侵略のコストが激増する。

なお、永世中立とは誰の味方にも
ならないということである。
したがって、誰も救ってはくれないし、
国際社会での発言力も低下する。

そうした状態で貿易や金融によって
経済力を高めるのは大変な困難が伴う。

強い軍事力を維持するには資金が必要だ。
自力で国を防衛できない国は
永世中立国になることはできない。

つまり、海洋国家たる本邦が
永世中立国になるのは夢物語なのだ。

話が趣旨から逸れに逸れてしまった。
ファドゥーツに戻ろう。

この街は観光に向いていると言えるが、
恐らく日帰りで十分見て回れるだろう。

最大の見どころとも言えるファドゥーツ城は、
現在も侯爵が日常生活を送っているため、
外観を眺めることしかできない。

聖フローリン大聖堂は、
ネオゴシックの名建築だが、規模は小さい。
雪の降る日の佇まいは最高に絵になる。

料理はいわゆるドイツ地域のものだ。
リヒテンシュタインでしか食べられない
というものはあまり聞かない。

面白いのはワインである。
なんと、侯爵がワイナリーを経営しているのだ。
そして、そのワインは輸出していない。

リヒテンシュタイン観光に行くのなら、
侯爵のワインを味わうのが
最も特別な体験となるだろう。

2018年8月27日月曜日

ウイルス

生物の定義は、細胞内に遺伝子を持ち
エネルギーを生み出し増殖することらしい。

よって、遺伝子を持ち増殖するが、
細胞を持たず自らエネルギーを生み出さない
ウイルスは生物ではないということになる。

ところで、ウイルスの名はラテン語で
毒液を意味するウィールスに由来する。

ドイツ語ではヴィールスで、
本邦でも初期はビールスと呼んでいたが、
ウイルス表記が正しいということになった。
ちなみに英語ではヴァイラスである。

外来語を使わないのであれば、
病毒もしくは濾過性病原体となる。

濾過性病原体とは、細菌濾過装置を通しても
除去できなかったことから付けられた名前だ。
細菌よりはるかに小さいためだ。

ウイルスは生物の細胞にくっつくと、
細胞に取り込むべき物質と誤認させ、
その中へと吸引される。

そして、細胞の持つ遺伝子を書き換え、
自身の複製を生み出させる。

その際に細胞が破壊されることで、
様々な病が発生するわけだ。

例えばエイズであれば免疫細胞に取り付き、
これを破壊してしまうため、
人は免疫力を失うことになる。

ところでウイルス進化論という面白い説がある。

まっとうな学説ではなく、
いわゆるトンデモと呼ばれるものだが、
ロマンがありフィクションで度々取り上げられる。

ウイルスによって遺伝子を書き換えられることで
変異が起こり、生物は進化してきたというものだ。

遺伝子の水平伝播と呼ばれる現象を
発展させて考案されたものだと思われるが、
物語的な説得力がある。

実際の生物学上の正誤は知らないが、
私のような物書きにとっては
非常に魅力的なお話である。

とはいえ、そのまま使ったのでは
二番煎じ三番煎じにしかならないので、
何かしらオリジナリティを加えるか、
若干のフレーバー程度に留める必要がある。

ウイルスのトンデモ話といえば、
宇宙からやってくるというものもある。

彗星が地球の近くを飛ぶと、
疫病が流行るという伝承は
古代より各地に存在する。

これは塵と共にウイルスが降り注ぐためだ。
ペストやインフルエンザは
彗星がもたらしたというのだ。

ペストはウイルスではなく細菌による病だが、
前述のウイルス進化と組み合わせれば、
ウイルスによって変異したペスト菌が
疫病をもたらしたと考えることもできる。

なんだか書いているうちに
信憑性のある話のような気がしてきた。

2018年8月26日日曜日

モンロビア

胡椒海岸のメスラド岬に存在する
リベリアの首都である。

リベリアの名はラテン語の自由に由来し、
解放奴隷が建国した国である。

隣国シエラレオネがイングランド植民地の
解放奴隷が建設したフリータウンから
始まった国であるのに対し、
リベリアはアメリカの解放奴隷の国だ。

当初はキリストの都市を意味する
クリストポリスという名だった街は、
合衆国第五代大統領から名をとり
モンロビアとなった。

合衆国憲法を元にした憲法を制定し、
独立国家となったのは本邦の歴史と
比するならペリー来航の数年前だ。

アフリカの独立国家としては
非常に早い時期に建国されている。

初期のリベリアは元々居た住民との
衝突を繰り返し、そこには
文明人と野蛮人という差別もあったらしい。

現代に入ってからは
クーデターと内戦の歴史である。

特に内戦は一度では済まず、破壊された
国土は世界最貧国のひとつとなった。

内紛さえなければ経済は良好となる下地がある。
ダイヤモンド、金、鉄鉱石に
コーヒーカカオサトウキビ、ゴム。
いずれも価値の高い産品だ。

モンロビアの名所を挙げるなら
マゾニック寺院とジャスティス寺院だろう。

マゾニック寺院はフリーメイソンの支部である。
公にフリーメイソンを名乗っている建物
というのも珍しい。

詳しくは分からないが知識人のサロンとして
機能していたようだ。

ジャスティス寺院はテンプル会堂とも呼ばれ、
いわゆる国会議事堂である。

なお、治安については改めて言うまでもない。
この辺りで例外的に治安が良いならば
特筆事項として記載する。

食事はキャッサバを食べる。
乾燥させたキャッサバ粉を水で練ったフフを
キャッサバの葉などの野菜類をヤシ油で煮た
スープに入れたものが基本だ。

もちろん他にも色々と料理がある。
世界最貧国と言われているリベリアだが、
お隣シエラレオネと比べれば
料理の文化はかなり良い。

歴史が古いというのはそれだけ
アドバンテージが生まれるものなのだ。

2018年8月25日土曜日

コンクリート

混凝土とも書かれる。
フランス語やドイツ語ではベトンと呼ばれる。

消石灰と凝石灰などの混合物セメントに
と砂や砂利を混ぜて固めたものである。

セメントは水を加えると固まる性質を持ち、
強固な構造物となる。

砂を混ぜて固めた場合はモルタルと呼ばれ、
石材やタイルの接着に用いられる。

砂と砂利を混ぜたものがコンクリートと呼ばれ、
非常に頑強で信頼性の高い建材となる。

かつてローマ人が火山灰と石灰、砕石を混ぜ、
橋や水道橋などを造っていたことで
知られるように、古くから存在した。

石材や煉瓦では難しいアーチやヴォールト、
ドーム状の建築物を造るために
欠かせない建材である。

万能にも思えるコンクリートだが、
引っ張られる力には弱いという弱点を持つ。

このため、中に鋼鉄の芯を入れた
鉄筋コンクリートが現在では主流となっている。

分厚いコンクリート壁であれば相当な年数
維持が可能だが、本邦の建築のように
薄い壁を形成した場合、耐用年数は数十年である。

近頃は様々な場所でひび割れが見られ、
インフラ大改修の必要性の声が上がっている。

2018年8月24日金曜日

アンドラ・ラ・ベリャ

アンドラの首都である。
古いアンドラという意味だ。

イスパニアとフランスに挟まれた
ピレネー山脈山中に存在する。

アンドラの国家元首は二人の共同大公である。
一方はウルヘルの司教で、もう一方は
現在はフランス大統領の兼務となっている。

フランス大統領は大公爵だったのだ。

アンドラは元々、シャルルマーニュが
イスラム勢力と対峙するために設けた
ウルヘル辺境伯爵領であった。

後にウルヘル辺境伯はウルヘルの司教に
アンドラを譲り渡し、ウルヘル司教は
世俗領主にアンドラの統治権を与え、
防衛を任せることにした。

アンドラの統治権は婚姻によって
所有者が移り変わり、
最終的にフランス国王へと落ち着く。

しかし、フランスが共和制に移行すると、
共同大公位の片方は空白となった。

ナポレオン・ボナパルトの登場で
再び共同大公制が復活し、
共和制に戻ってからは大統領が
大公を兼務することになった。

国土は狭く、ほぼ山であるが、
観光業がうまく機能しており、
経済状況は悪くない。

いわゆるタックス・ヘイヴンであり、
多くの外国の金融機関が進出している。

首都であるアンドラ・ラ・ベリャの見所は
特に無いが、国全体としてはスキーなどの
ウインタースポーツを楽しむ場として
多くの外国人が訪れている。

前述のようにウルヘル司教の管轄のため、
大聖堂は存在しない。
ウルヘルの教区に含まれているのだ。

アンドラ料理はイスパニアとフランスの折衷で、
山の幸を中心としている。

代表的な料理はジャガイモ
ちりめんキャベツを潰して混ぜた
トリンチャットだ。

本邦からアンドラへわざわざ観光に行くのは
いまひとつ意義を見出せない。

カタルーニャ旅行の
ついでに行くぐらいが丁度良いだろう。

2018年8月23日木曜日

蕎麦

稲やの仲間ではない穀物である。

白から赤にかけての小さな花は悪臭を放つ。
具体的には鶏の糞を発酵させたような匂いだ。

しかし、その実は美味く、栄養が豊富で、
冷涼かつ乾燥した土地でもよく育つ。

原産地は華南とされており、
ヨーロッパから本邦にかけて
一部地域で食されている。

ただし、食べる文化の無い地域では
そもそも知名度が無く、
食べ物として認識されていない。

我々のように蕎麦を食べる文化を持つ場合、
独特の風味が好まれるが、
非蕎麦食文化圏では
不味くて臭いと考えられている。

フランスでは製粉し、クレープ生地のように
焼いて食べるのが一般的で、イタリアでは
パスタに加工される。

ロシアでは粥状にして食べることが多く、
東アジアでは麺に加工される。

本邦においては、縄文期より利用されていたが、
蕎麦がきや そばもちとして食べられ、
我々がイメージする麺の蕎麦は江戸期に登場した。
これは製粉技術が乏しかったためである。

非常に消化が良く、胃腸が弱っていても
きちんと栄養が吸収できる反面、
腹持ちはよくない。

蕎麦粉はそのままでは ぶちぶちと切れやすく、
つなぎ として小麦粉を混ぜることが多い。

つなぎを使わない蕎麦のことを十割蕎麦と呼び、
ありがたがる者もいるが、喉越し等を考えると
個人的にはつなぎ があった方が良い。

趣味の延長で店を構えたような脱サラ蕎麦屋
などでは無駄に十割にこだわり、
美味いとは言えない蕎麦を出してくることがある。

ところでロシアではカーシャと呼ばれる蕎麦粥を
食べる機会があったのだが、
恐らく少し搗いた蕎麦の実を煮たものだと思われる。

殻に由来する独特の匂いがあるが、
本邦で蕎麦を食べ慣れていれば
さほど気にならないだろう。

収穫量は少ないものの、蕎麦は痩せた土地で
育つ栄養豊富な穀物である。

製粉の手間をかけずに食べることができるというのは
貧者にとって非常に有益だ。

暑さと湿気に負けるという弱点を補強できれば、
食料問題を抱く地域の救世主となれる
ポテンシャルを持っている。

ところで蕎麦を茹でた汁、いわゆる蕎麦湯には、
かなりの栄養素が溶け出している。
飲まないのはもったいない。

私は子供の頃ざるそばの後に
蕎麦湯を飲むのがとても楽しみだった。

あの赤い湯桶が運ばれてくると、
今でも少しわくわくしてしまう。

2018年8月22日水曜日

フリータウン

アフリカ、シエラレオネの首都である。

特異な名前だが、これはシエラレオネ建国の
歴史を反映している。

かつてこの地に至ったポルトガル人は、
山からライオンの咆哮のような音を聞いた。
このため、この地にライオンの山と名付けた。

シエラレオネは奴隷狩りが行われた土地である。

奴隷はヨーロッパ人が直接集めた他に、
内陸部の現地人たちが敵対部族などを捕え、
ヨーロッパ人に売却していた経緯がある。

ヨーロッパ人は彼らを新大陸へと連れて行き、
重労働に従事させた。

奴隷の仕入価格は安かったが、
船にすし詰めにされて運ばれる関係で
目的地に着く頃には数が減っていたという。

また、航海に事故は付き物であり、
無事に届くとは限らなかった。

そうしたリスクを勘案し、
積荷には保険が掛けられていたため、
販売価格は決して安いものではなかった。

だが、サトウキビ農場等プランテーションの
収益は高く、数年働かせれば
十分元が取れたという。

裏を返せば数年間生きてくれればいいわけである。
彼らの扱いが良いわけがない。

そうした奴隷の人権への関心が高まると、
奴隷の身分からの解放を行う所有者が現れ始める。

イングランド植民地の解放奴隷たちは
故地であるシエラレオネへと帰還し、
そこに自由の街を建設しようとした。

だが、現地の王国はこれを快く思わず、
また、奴隷制を続けようという国も妨害を行った。

フリータウンはこうした流れから、
三度目の試みによって誕生した。

コットンツリーと呼ばれる非常に長い樹齢を持つ
キワタの大樹を街の象徴とし、イギリス連邦の加盟国、
シエラレオネ共和国が建国された。

この地はダイヤモンドの一大産地である。
しかし、ダイヤモンドはシエラレオネに
富をもたらさない。

密輸されるダイヤモンドを資金源に
反政府組織が武器を購入し、
内戦を継続させた。

長く続いた内戦は終結しているが、
その間にシエラレオネの国土は徹底的に破壊された。

インフラや衛生施設が皆無となったこの地で
人々は疫病に悩まされ、現在に至る。

さて、首都であるフリータウンだが、
悪い意味でフリーダムな街である。

ギャングが闊歩し、白昼堂々強盗が行われる。
そうした表立った犯罪行為を取り締まるのは
組織化されたマフィアである。

悪い点ばかりを挙げたが、
犯罪に手を染めていない人々は純朴で屈託がない。
貧しくとも小さな幸せを抱いて生きている。

伝染病と密輸ダイヤモンドの問題さえ解決すれば、
かつて西アフリカのアテネとも呼ばれた
学術都市は息を吹き返すかもしれない。

なお、シエラレオネ料理はおおむね
キャッサバの葉かオクラによってとろみを
つけたスープ類が食されている。

奴隷と内戦の歴史を学びたいのであれば、
この街を訪れてみるのもいいかもしれない。

ただし、自分の身は自分で守らなければならない。

2018年8月21日火曜日

コーズウェー海岸

北アイルランドに存在する
異様な光景が広がる場所である。

人が立てるぐらいの大きさの六角形を
イメージしてほしい。

そして、削っていない鉛筆の形を
思い出してほしい。

玄武岩でできた六角柱の
想像がついただろうか。

それがレゴブロックのように並び
地面と崖を形成している。
コーズウェー海岸はそんな場所だ。

ちなみに柱は六角とは限らないが、
大多数は六角である。

伝説によれば、巨人が作った
道なのだという。

その巨人はスコットランドに住む
他の巨人に勝負を挑む約束をし、
そこまで道を作ろうとした。

しかし、途中で寝てしまった。

挑戦された巨人はいつまで経っても
相手がやって来ないことに痺れを切らし、
アイルランドまでやってきた。

道を作った巨人は崖の影からその姿を見て
仰天したという。なぜなら、スコットランドの
巨人は自分より大きかったからだ。

勝てないと思ったアイルランドの巨人は
毛布をかぶり子供のふりをした。

スコットランドの巨人はそれを見て、
子供でこの大きさなら自分に挑戦してきた
父親は更に巨大なのだと考え、
勝てないと思って逃げ帰ったという。

このコーズウェー海岸の無数の六角柱は
火山から流出した溶岩が
ゆっくりと冷え固まったものだ。

それが東京ディズニーランドのある舞浜から
国際展示場ぐらいまでの距離に渡って
延々と続いている。

すべて見て回るには二時間以上かかるだろう。

なお、六角柱の岩は柱状節理と呼ばれ、
火山活動のあった場所では
そこまで珍しいものではない。
本邦でも東尋坊などで見られる。

だが、コーズウェー海岸の柱状節理は
他の場所よりも整っているため、特に有名だ。

巨人の造った道、ジャイアンツコーズウェー。
昔の人が自然に出来たものだと
思わなかったのも頷ける絶景である。

2018年8月20日月曜日

ベルン

アーレ川沿いに位置するスイスの首都である。

チューリッヒかジュネーヴが
首都だと勘違いされることもあるが、
人口第四位のベルンが首都である。

名前の由来はツェーリンゲン大公が
この地で熊を仕留めたことによるという。

自治権を持つ神聖ローマ皇帝の直轄地
であったベルンは、交易で蓄えた金で周辺の
土地を買い、都市国家として成長していった。

その後スイス連邦に加盟すると、
アールガウやヴォーなど周辺の貴族の領地を
攻め取って積極的に領土を拡張する。

だが、革命期のフランスに占領され、
こつこつと増やしてきた領地は
奪われてしまった。

ベルンはアーレ川が急角度で曲がることで
形作られた半島状の土地だ。
ここに昔から変わらぬ街並みが納まっている。

最大の観光名所は時計塔で、
これは要塞都市ベルンの西門であった。

この街には地下道が多いのだが、
これは敵に侵入された時に
迎撃するための機構だ。

攻め落とすこと自体難しいのだが、
占領を維持するのはもっと困難だ。
街を散策する際には地下道を探してみてほしい。

パウル・クレーセンターや
アインシュタインの家を訪れ、
歴史や文化に想いを馳せるのもいいだろう。

ベルン大聖堂は後期ゴシック様式で、
荘厳な姿をしている。

特筆すべきは塔の高さだ。
有料だが塔には途中まで上ることができ、
展望台が解放されている。

赤茶色の屋根で統一された
美しいベルンの街を一望できるだろう。

ただし、急な螺旋階段を
自力で登らなければならない。

ベルンといえば噴水が非常に多い。
様々な装飾が施されているのだが、
おそらく町毎に競い合っていたのだろう。

名物料理は白身魚のムニエルとフライだ。
スイスは内陸国なので湖の魚を食べる。
スズキの仲間のペルシュが一般的のようだ。

ベルンはチューリッヒやジュネーヴと
比べると華やかさでは負けるが、
中世の面影を偲ばせる街並みは
旅人に深い満足感をもたらす。

2018年8月19日日曜日

ペニシリン

細菌の細胞壁を作る力を
奪う効果を持つ物質である。
いわゆる抗生物質の元祖だ。

アオカビが精製するもので、
この物質の発見によって
人類の平均寿命は延びた。

感染症による死は、近世以前においては
現代よりもずっと深刻なもので、
ちょっとした傷が元で死ぬことも多かった。

傷口から入る以外の細菌に由来する病も
簡単に治すことができるようになり、
人の世界に劇的な変化をもたらしたと言える。

例えば梅毒という病気を治すためには、
水銀剤や砒素剤など、副作用で死にかねない
薬が用いられていた。

また、最後の手段として、わざと
マラリアに感染し、高熱で梅毒の菌を
殺すという方法すらあった。

それが、抗生物質を使えば、
安全に治療できるようになったのだ。

だが、便利な抗生物質は濫用され、
抗生物質に対し耐性を持つ菌が登場する。

前述の梅毒などは、もはやいくつもの
抗生物質に耐性を持っており、
有効な薬は限られているという。

アメリカ合衆国での濫用は特に酷いそうで、
抗生物質が処方される診察のうち、
半分は不要なケースだと言われている。

本邦でも古臭い個人診療所に風邪でかかると、
老医師がちょっと見ただけで
抗生物質を出してくることがある。

やぶ医者である。

なお、抗生物質は細菌の増殖を止める薬であり、
ウイルスには効果がない。

風邪には細菌によるものと
ウイルスによるものがあり、
当然ウイルス性の場合、抗生物質は無意味だ。

優れた医者は匂いで風邪を察知するらしいが、
まさか細菌かウイルスかまで判るのだろうか。

2018年8月18日土曜日

コナクリ

西アフリカの国ギニアの首都である。

ギニアは似た名前の国が多いため、
判別のためにギニアコナクリと
呼ばれることもある。

かつてスースー王国のあったこの地は
他の西アフリカ地域同様、ポルトガル人の
奴隷貿易の拠点となっていた。

その後、フランスの植民地と
なるところも同じである。

大きな違いは資源の多さにある。
ギニアは内陸部が広いのだが、
金、ダイヤモンド、ボーキサイトが採れる。

だが、儲かっているかといえば
そんなことはなく、貧困国である。

最大の原因は政情が不安定なことだろう。
ギニアビサウほどではないが
クーデターが相次いだ。

ただ、治安は比較的良いらしい。
もちろん本邦の感覚でいてはいけないが、
この地域では良い方だという。
昼間なら。

コナクリの観光名所はあまりないが、
美しい塔を持つ大モスクはなかなかのもの。

ギニアでは料理を一日に一度しかしないという。
朝、市場で買った物を調理し、
それを昼も晩も食べるのだ。

主食は米で、セネガル同様に
インドや東南アジアから輸入したものが中心だ。

基本的には米にソースやスープ類をかけて
いただくのだが、あまり見た目はよくない。
そして具が少ない。
栄養失調になる人も多いらしい。

つまり、食の楽しみには
あまり期待できないということだ。

しかもこの国は賄賂と小遣いせびりが特に多い。
賄賂とエボラ出血熱の国と認識されてるほどだ。

ということで、観光はまったくお勧めできない。

2018年8月17日金曜日

アイゴ

本邦各地に生息する魚である。

地域によって異なる名称で呼ばれるため、
名前を言っても通じないかもしれない。

アイ、イタイタ、バリ、メラ、シャク、シブカミ、
モクライ、ヤー、シラエー、ナベワリなどという。

ヒレに棘があり、刺されると酷く痛む
毒を持つことから嫌われている。

また、独特の臭気を持つことも、
嫌われる原因のひとつだろう。

だが、この魚が嫌われる最大の理由は、
ガンガゼと並んで磯焼けの原因と
されていることにある。

磯焼けとは、食い尽くされた海藻が
再び生えなくなり、海の砂漠と
化してしまうことである。

海藻の間に隠れて生育する魚や貝などが
住めなくなるため、漁業に大打撃を与える。

磯焼けの原因がガンガゼとアイゴの食害
だけとは限らず、様々な説が唱えられて
いるが、実はよく分かっていないらしい。

さて、臭くて棘に毒があるアイゴだが、
臭みさえうまく消してやれば美味である。

主に内臓が臭いため、新鮮なうちに
内臓を傷付けずに取り除けば、
肉に臭みが移らず刺身でも食べられる。

もっとも、多くの地域では食べる習慣が
無いため、食べる地域に住んでいなければ
なかなか賞味する機会はないだろう。

沖縄ではアイゴの稚魚をスクと呼び、
塩辛にして食べるスクガラスが有名だ。

2018年8月16日木曜日

レツェブエシ

ルクセンブルクの首都である。

ドイツ語ではルクセンブルク、
フランス語ではリュクサンブール、
英語ではラクセンバーグ、
現地語ではレツェブエシと呼ばれている。

小さな城という意味だ。

ルクセンブルク大公国は小さい国という
イメージが強く、モナコやヴァチカンとの
混同から、領土がルクセンブルク市のみ
だと誤解されることがある。

国名と首都名が同じことも原因だろう。

神奈川県ほどの広さのため確かに小さいが、
重工業と金融業の発達した
ヨーロッパの中でも富裕な国である。

一人当たりの国内総生産は世界第一位だ。

グランデュークの名が示すように、
どこかの王や皇帝に臣従する形で
存続してきたのだが、やわな国ではない。

ヨーロッパの王侯貴族の複雑怪奇な
血縁関係にもしっかりと食い込んでいる。

そして、現在でも君主制を貫いており、
大公は行政権を有している。
もちろん立憲君主制の中でだが。

ルクセンブルクは英語、ドイツ語、
フランス語というヨーロッパの
主要言語が通じる国である。

そのうえ位置は西ヨーロッパの中心だ。
当然、ヨーロッパ連合の流通の要である。

ルクセンブルク人もそれをよく理解しており、
国内のインフラは非常に良く整備されている。

だが、それが仇となって観光業は振るわない。
名所は数多く、観光客は沢山訪れるのだが、
皆、日帰り観光で済ませてしまうのだ。

ベルギーのついでぐらいにしか
思われていないらしい。

さて、恒例となっているので
大聖堂を紹介しておこう。
ノートルダム大聖堂である。

念のため書いておくがノートルダムとは
キリスト教の聖母マリアのことだ。
我らの貴婦人という意味である。

ルクセンブルクの大聖堂は様々な様式が
複合した大変興味深い建造物だ。

一見すると少々地味で、複合した様式のせいで
分かりやすい美しさとは言い難い。

建築や宗教学への興味が
無ければ退屈かもしれない。

ルクセンブルク観光の目玉は街並みである。
ヨーロッパらしさを感じたいのであれば、
ルクセンブルクは最適だろう。

だが、どうせならルクセンブルクが
要塞であることを意識しながら見てほしい。

残念ながらフランスとプロイセンの間で
争われた際に解体された部分が多いのだが、
北のジブラルタルの異名は伊達ではない。

攻城気分で外周を回ってみるといい。
軽く絶望感を味わえる。

その後は自分がルクセンブルク攻略の
指揮官ではないことを感謝しながら、
白ワインとチョコレートを楽しもう。

料理のお勧めは
リースリングソースのザリガニである。

2018年8月15日水曜日

小松菜

味と流通の安定した葉物野菜である。
冬菜や鶯菜とも呼ばれる。

品種改良される以前のものは
大陸から渡ってきたカブの仲間なのだが、
実はカブの原産地は地中海近辺である。

シベリアを経由してかなり古い時代に
伝来したと見られ、それが青梗菜となり、
更に品種改良されたものがこの小松菜だ。

ちなみに花はいわゆる菜の花である。
菜の花とはアブラナの仲間で花が黄色く、
食用にできるものを指す。

名前の由来は徳川吉宗が鷹狩りの際に献上され、
鷹狩りを行っていた場所の地名が
小松だったためだと言われているが、
他にも説はいくつかある。

旬は冬菜の名が示すように冬だが、
一年中栽培することが可能だ。
生育も早い。

特筆すべきは冬に霜が降りたり
葉が凍るような寒さに襲われても
まず枯れないという寒冷への強さである。

このため、悪天候のせいで野菜価格が
高騰するような場合でも
比較的安定して供給される。

味は草らしい青臭さが多少あるものの、
クセが無くコクがある。

およそ合わない料理というものが
思いつかないほど汎用性が高い。

しかも栄養が豊富である。
ほうれん草よりもカルシウムが多いほどだ。

万能野菜と言えるだろう。
弱点と言えば少々傷みやすいことぐらいか。

小松菜に馴染みが無いという人は
騙されたと思って何にでも使ってみてほしい。
和食だろうと洋食だろうときっと合うはずだ。

2018年8月14日火曜日

ビサウ

ギニアビサウの首都である。

先に書いておくが、ギニアビサウは
観光に行かない方が良い国である。

治安が悪く、電気はろくに通っておらず、
道はほとんど舗装されておらず、
観光名所もほぼ無い。

強いて挙げるなら本土ではなく
ビジャゴ諸島が観光向きだろう。

さて、ギニアビサウのギニアとは
サラセン人の言うところの
黒人の住まう地域である。

ギニアビサウが国として独立した際、
ギニアと名乗りたかったようだが、
既にギニアと赤道ギニアが存在した。

そのため、首都の名を冠した
ギニアビサウと国名を定めた。
ビサウの名はポルトガルの地名に由来する。

ビサウは他の西アフリカ諸国と同様に
ポルトガル人の奴隷貿易中継港であった。

この辺り一帯はその後フランスの植民地と
なるのだが、ギニアビサウは
ポルトガル領であった珍しい例である。

このため、ポルトガル語が
公用語ということになっているのだが、
ポルトガル語はあまり通じない。
フランス語はもっと通じない。

独立後はクーデターと内戦が続き、
現在もいつクーデターが起きても
おかしくない状態である。

冒頭で行くべきではないと述べた
一番の理由である。

ギニアビサウは産業に乏しい。
ほとんどの国民が自給自足の貧農である。

カシューナッツの輸出が外貨獲得の
唯一の手段と言っても差し支えないだろう。

ギニアビサウは世界最貧国のひとつである。

その首都ビサウは、これが一国の首都かと
悪い意味で驚かされる街だ。

ただ、沿岸部の料理は美味い。
魚介と米が主体で本邦人の口に合う。

オクラでとろみをつけたピーナッツソース、
マンカーラを掛けたご飯。

魚の干物をトマトとタマネギと共に油で煮て
レモンで風味を付けたカルネ。

こうしたギニアビサウ料理には
ギニアペッパーと呼ばれる
カルダモンに似た香辛料がよく使われる。

だが、内陸部の料理は寡聞にして知らない。
キャッサバを主体にポルトガル風の
料理を食べているのではないかと憶測する。

ということで、もしどうしてもギニアビサウに
行きたいのであれば、ビジャゴ諸島で
マナティーと触れ合い、
海の幸を楽しむといいだろう。


※追記
どうでもいい話だが、
ギニアビサウ南部にケボという街がある。

そこから隣国ギニアの街まで
道路が繋がっているのだが、
その街の名前はボケである。

この辺りの街の名前は
本邦の感覚ではとても面白い。

ブバ、ブバケ、ベダンダ、ボエ、ガロマーロ、
キニャーメウ、カンシュンゴ、バンバディンカ。

主要な街だけでもこのような名前が並ぶ。
地図を見るだけでも楽しめるので
暇な時に見てみるといいだろう。

2018年8月13日月曜日

コーラ

西アフリカの熱帯雨林に生える樹木である。

一見すると大した特徴のない木だが、
手の平大の緑色の果実がなる。

この実の中には赤い皮を持つ種子が
詰まっているのだが、
種子はコーラナッツと呼ばれ、
カフェインを含み苦く渋い。

苦みと渋みが癖になる味で、
かつカフェインが摂取できるため、
嗜好品として栽培されてきた。

空腹を紛らわす効果が高く、
カフェインによる覚醒効果よりも
こちらが主眼に置かれていた様子もある。

サハラ貿易を通じてイスラム圏の各地に
届けられていたが、コーヒーに押されたのか、
現在ではあまり人気がないようだ。

実はこのコーラナッツ、かつては
炭酸飲料で知られるコーラの原材料であった。

原料の入手が容易とは言い難いため、
次第にコーラ飲料にコーラナッツは
使われなくなったが、名前だけは残ったのだ。

ちなみにコカ・コーラ社のコーラは
コカの葉とコーラナッツを原料としていたため、
この名前になったとされている。

なお、コーラの種子にはコカの葉のような
麻薬成分は含まれていない。
もちろん現在のコーラ飲料にも含まれていない。

本邦でコーラナッツを入手することは
非常に難しい。

食べてみたい場合には
西アフリカ旅行をした方が
手っ取り早いかもしれない。

2018年8月12日日曜日

エディンバラ

エディンバラはブリテン島の北部、
スコットランドの首都である。

エディンバラの名はエドウィンの城
という意味だとされるが、
このエドウィンさんが
いつの時代の誰なのかは判然としない。

エディンバラは本邦の鎌倉のように、
海からの輸送路を持ちながら、
三方は天然の要害に守られているという
軍事的に堅い街である。

イングランド人も正攻法では
エディンバラ城を落とすことができなかった。

エディンバラには旧市街と新市街がある。
ただし、新市街と言っても
今となっては古い。

旧市街は幽霊の街である。

かつてエディンバラは狭い土地に
多すぎる人口が集中し、
貧者は地下室で寝起きを余儀なくされていた。

劣悪な衛生環境は疫病を蔓延させ、
貴族たちはペストの流行を恐れ、
地下への通路をことごとく封鎖したという。

地下の住民たちは事実上生き埋めにされたのだ。

彼らの霊がさまよい出るというのが、
幽霊の街の来歴である。

他にも虐殺者の墓が暴かれたことで
その犠牲となった者たちの幽霊が溢れ出したとか、
エディンバラ城の刑場がどうとか
その手の話がいくらでもある。

スコットランドに限らず、どうもブリテン人は
幽霊が好きなようだ。

大聖堂はふたつある。
どちらもゴシック様式の
聖ジャイルズ大聖堂と聖メアリー大聖堂だ。

有名なのは聖ジャイルズ大聖堂の方で、
ここのステンドグラスは世界的に名高い。

さて、エディンバラを観光するなら、
歴史的な街並みを持つ
新旧の市街地を散策するのがいいだろう。

運が良ければバグパイプ奏者の
幽霊に会えるかもしれない。

そして夜はハギスに舌鼓を打ち、
パブでウイスキーを味わう。

ただし、ウイスキーに主眼を置くのであれば、
エディンバラではなくもっと北部へ
足を延ばす必要がある。

蒸留所見学だけでもスコットランド旅行をする
価値があるので、是非とも試してみてほしい。

2018年8月11日土曜日

ガンガゼ

やたらと棘の長いウニである。
棘は人の肘から手首ほどの長さがある。

ウニの棘は実はあまり鋭くなく、
刺そうと思っても刺さらないぐらいなのだが、
ガンガゼの棘は違う。

先端が非常に細くなっており、
容易に皮膚を突き破る。

それだけではない、毒がある。

ガンガゼの毒はさほど強いものではないが、
長時間にわたってジンジンと痛み続ける。

激痛というほどではないが、
しつこく執拗に責めてくる。

ガンガゼは昼間は岩陰に潜んでいるため、
よく確認せずに手を差し入れると
そこにガンガゼがいたという羽目になるだろう。

あらゆる敵を寄せ付けない針の要塞に見える
ガンガゼだが、実際には
あまり防衛能力は高くない。

というのも、天敵のイシダイなどは、
棘の先をくわえ、ガンガゼをくるっと
ひっくり返す芸当を身に付けている。
棘の無い無防備な腹部にかじりつくのだ。

イシダイを釣る際にはガンガゼを餌にすると
他の魚が食いつかないので
とても釣りやすいという。

ちなみに、ガンガゼは大きな生き物が近付くと、
光の具合からそれを察知し、
棘を蠢かせて抵抗しようとする。
棘をくわえにくくするためだろう。

地域によっては集団で海底に並び、
槍衾を作って防衛するらしい。

だが、ガンガゼにはもうひとつ弱点がある。
棘も殻もあまりにも脆いのだ。

棘の長さと毒を獲得した代償なのか、
本当に簡単に折れるし割れる。
普通のウニとは比べ物にならない。

ただし、棘の脆さには注意してほしい。
肌に刺さって折れた場合、
皮膚の下に折れた棘が残され
取り除くことができなくなる。

単純に刺されるよりも
はるかに痛い思いをすることになるだろう。

さて、このガンガゼ。美味い。
ウニの味がする。
もちろんウニだからだ。

棘の毒が厄介なので食用とする地域は少ないが、
ムラサキウニを淡白にしたような味だ。
バフンウニと比べると明らかに味が薄いが、
さっぱりとしていると言えなくもない。

釣り具屋に行けば生餌として
安く買うことができる。

棘の毒にさえ注意すれば
普通のウニより殻は剥きやすい。
普通の文房具鋏があれば十分だ。

つまり、手間を掛ければ
安く大量のウニを食べられるということだ。

旬は冬である。

2018年8月10日金曜日

プライア

カーボヴェルデ共和国の首都である。
サンティアゴ島に位置する。

カーボヴェルデとはヴェルデ岬のことだが、
その西方洋上に浮かぶ諸島もまた
カーボヴェルデと呼ばれている。

カーボヴェルデ共和国は
カーボヴェルデ諸島の国家だ。

この諸島は二つの諸島、
バルラヴェントとソタヴェントに別れている。
直訳するなら風上諸島と風下諸島である。

エンリケ航海王子の始めた航海事業の中で
発見された際、この諸島は無人であった。

熱帯気候のためポルトガル人たちは
住む気になれなかったようで、
しばらくはアフリカ南端を探す
中継基地としてのみ活用されていた。

ポルトガル人が至る以前はサラセン人が
時折を採りに来ていたらしい。

伝説によると、フェニキア人も
はるばるこの島まで出向いていたという。

この諸島が脚光を浴びるようになったのは
新大陸が発見された後である。

カーボヴェルデ諸島とブラジルの距離は短い。
風向きと潮流も新大陸の中継港として
理想的であった。

このため、奴隷貿易の中継地として大いに栄える。

最初にポルトガル人が住み着いた街は
リベイラ・グランデという。

だが、この街はフランシス・ドレイクなどの
海賊たちに破壊され衰退。
結果、現在の首都であるプライアが発展した。

プライアの名は砂浜を意味する。
本来はプライア・デ・サンタマリア、
つまり聖母の砂浜という名であった。

なお、観光地らしい所はほとんど無い。
観光客は皆、かつてのリベイラ・グランデ、
シターデ・ヴェーリャへ行く。

仕事でもなければ外国人がわざわざプライアに
立ち寄る必要は無いだろう。

大聖堂はある。
恩寵の聖母大聖堂である。
ただし、代理カテドラルである。

ネオクラッシク様式の建物は比較的新しい。
外観も内装も美しい白であり、
かなり凝った装飾が施されている。

ちなみにシターデ・ヴェーリャの遺跡にも
大聖堂跡がある。
廃墟であるが歴史的な趣があるため、
やはり観光するならそちらの方がいい。

このシターデ・ヴェーリャの大聖堂が
本来のカテドラルだったため、
プライアのものは代理なのかもしれない。

カーボヴェルデ料理にも触れたいが
長くなってしまったので少しだけ。

ポルトガル料理とアフリカ料理の折衷である。
代表的なものはブラジル料理の
フェイジョアーダに似たカシューパだ。

豆とトウモロコシと魚介類を炒め、
ソーセージと共に煮込む。
様々なレシピがあるが、おそらくこれが基本だ。

観光関連についてはいつか
シターデ・ヴェーリャについて語る時に
もっと詳しいことを書きたいと思う。

どうにも街について書くと
歴史、名所、料理と必然的に長くなってしまう。

2018年8月9日木曜日

ウツボ

温かい海にいる細長い体を持つ魚である。

その口は目より後ろまで裂け、
中には鋭い歯がびっしりと並ぶ。

海中で遭遇し、その容貌が
トラウマになったという話も聞く。

姿が恐ろしいだけではない。
顎の力が強く、噛まれた場合、
重傷を負いかねない。

とはいえ、普段は岩陰などに隠れ、
近付いた魚を食べて暮らしている。

無理に近付いたり触れようとしたりしなければ
そうそう被害に遭うことはないだろう。

ウツボは嗅覚が発達しており、
魚の血の匂いに敏感に反応する。

体を覆う粘液によって多少の時間であれば
皮膚呼吸ができ、地上を這いずることがある。

与太話かもしれないが、海辺で魚を捌いていると、
ウツボが上がってきて驚いた、
という話も聞いたことがある。

ところで、ウツボはタコが好物らしい。
タコは知能が高く、優れた捕食者であるが、
人とウツボには食われてしまう。

そんなタコは伊勢海老が好物らしい。
なのでウツボは伊勢海老の近くで
タコを待ち構えるという。

さて、気持ち悪い、怖い、海のギャングと
悪評高いウツボだが、実は食べると美味い。

骨が多く独特の捌き方が必要なため調理は大変だ。
また、皮付きで出されると
あの模様が気持ち悪いと言えば気持ち悪い。

だが、味がいい。

薄造りで食べれば歯応えが河豚に似ている。
唐揚げで食べればふわっとした
食感がまた河豚に似ている。

なんだ、河豚ではなくウツボを
食べればいいではないかと思うかもしれない。

しかし、河豚は今やどこでも食べられるが、
ウツボは食材として出しているところが少ない。
骨の処理が非常に難しいのも問題点だ。

そう考えると河豚を食べた方がいいのかもしれない。

いや違う。
どちらも食べよう。

2018年8月8日水曜日

カーディフ

ウェールズの首都である。

ウェールズは現地語でカムリという。
我々という意味だ。
本邦の和と同じ理屈である。

ちなみにウェールズは部外者を意味する
ヴァイキングの言葉に由来する。

カーディフの名はタフ川の砦を意味し、
元々はローマの建設した
小さな砦であったと言われている。

連合王国の王太子のことを
プリンスオブウェールズと呼ぶが、
これはウェールズ大公という意味だ。

かつてウェールズがイングランドに屈した際に、
王太子にウェールズが領地として与えられ、
その伝統が現在でも続いているわけだ。

こうした背景から、ウェールズは連合王国の
構成国ではあるが、イングランドの領地
という認識が強い。

連合王国の国旗にウェールズが
含まれていないのもこのためである。

だが、ウェールズの住民はアイデンティティが強く、
独自の文化を頑なに守り続けてきた。

ウェールズは比較的貧しい土地である。
一時期は石炭の産出で脚光を浴びたが、
石油の時代になってそれも終わった。

だが、独自の文化は世界中を魅了しており、
特にファンタジー文学やゲームにおいては、
ウェールズ語風の単語が頻出する。
有名なアーサー王伝説もこの地で育まれた。

ウェールズっぽい単語を創作するセンスは
ファンタジー作品を作る上で必要なスキルである。

さて、カーディフであるが、
ヨーロッパの国の首都としては
非常に規模が小さい。

そもそもウェールズに大都市が無いのだが、
石炭の搬出港として最も栄えたのがこの街だった。

前述のようにウェールズはイングランドから
独立国として扱われていなかった。
それが現代になってようやく、
女王の勅令で首都が定められた。

カーディフが首都になってから
まだ百年も経っていないのだ。

この街を観光するには知識が必要である。

例えば、ファンタジーの知識を元に、
ウェールズ語を楽しめるか。
こういうようなことが大切だ。

ウェールズ自体を楽しむのは簡単だ。
牧歌的で自然あふれる景観が
旅行者を迎えてくれる。

だが、カーディフという田舎町を楽しむには、
それなりの下準備がいるのである。

個人的にはスコットランドへ行った方が
色々と楽しめると思わなくもない。

2018年8月7日火曜日

サバクトゲトカゲ

アメリカ大陸の砂漠に生息する。

体は平たく、その名の通りトゲトゲしており、
模様と相まって礫砂漠の風景に溶け込む。

大きな動物に出くわすと、
平たい体を更に平たくし、
地面と同化しようとする。

背中の模様は複雑かつ色彩豊かで、
住んでいる地域の砂漠に適応している。

蟻を食べるが雑食のようで、
サボテンや果実を食べることもある。

さて、このサバクトゲトカゲ、
ある驚天動地の特技を持っている。

目から血を飛ばすのだ。

文字通りの意味だ。
目の端のあたりから勢いよく血液を噴出する。

飛距離は体長の十倍ほど。
かなりの勢いだ。
しかも量が多い。

もしも三回連続で飛ばすことができたならば、
体中の血液が無くなってしまうだろう。
もちろん、一回限りの自爆技だ。

サバクトゲトカゲを襲うのは
主にコヨーテなど犬の仲間だが、
この飛ばす血液には犬の嫌う匂い成分が含まれる。

自分の血を武器にするなど、
まるで神話生物の如き能力である。

ペットとして人気のトカゲだが、
間違っても血涙を発射させないように
してあげてほしい。

2018年8月6日月曜日

バンジュール

セネガルの中でガンビア川を切り取るように
国境が存在する国ガンビアの首都である。
河口の島、セントメリーズ島に存在する。

この街の前身はポルトガル人の交易所であり、
奴隷の集積地としてバレン要塞が築かれていた。

パリ条約によってガンビア川周辺が
イングランドの植民地となると、
その首府としてバサーストが建設された。

バサーストは当時の植民省大臣の名である。
後に街の名は現地部族名由来の
バンジュールに変更された。

ガンビアはセネガルの領土を
切り取るようにして存在しているため、
一見、両国の仲は良くないように思える。

しかし、隣国同士としては珍しく、
良好な関係を築いているという。

さて、首都バンジュールは観光地として
何もない街と呼ばれることがある。

治安は良い方であるが、
いかんせん見るものが少ない。

モスクも大聖堂も
わざわざ見に行くほどのものではなく、
無血革命を記念する門や、
新しい空港も見所と言うには寂しい。

大聖堂は、我らの聖母臨時大聖堂、
もしくは単にバンジュール大聖堂というのだが、
コロニアル様式の小柄なものである。

食べ物はセネガル料理とほとんど変わりがない。
ドモダーと呼ばれるピーナッツバターの煮込みなど、
フランスではなくイングランドの影響がある程度か。

ちなみに落花生はガンビアの主要輸出品で、
輸出金額の半分近くを占めている。

バンジュールから足を延ばせば環状列石や
大自然を見ることができるが、
どちらも少し拍子抜けするという。

こういうわけで、ガンビア人には悪いが、
この辺りに旅行へ行くなら
ダカールに行った方がいいだろう。

2018年8月5日日曜日

洋白

銅と亜鉛ニッケルの合金である。
銀は含まれていないが洋銀とも呼ばれる。
実際、比率によっては銀によく似ている。

現在の五百円玉の素材だが、
貨幣に使われる場合、ニッケルの量は少ない。

真鍮にニッケルが含まれているようなもので、
似ている点が多いが、ニッケルの含有量によって、
性質を調整することが可能だ。

従って、加工性は真鍮よりも高い。
ただし、腐食耐性は真鍮に劣る。

発条材として使われることが多いが、
これは真鍮にも同じことが言える。

鋼製のバネ、洋白のバネ、真鍮のバネは、
耐久性と耐食性の兼ね合いで使い分けられている。

もっとも、発条材は他にも耐熱性や耐寒性など
用途によって様々な要素が重視される。

金属同士が接触すると
金属音と呼ばれる特有の音が鳴る。

ものによっては不快な音が鳴るのだが、
洋白の音は上品だとされている。

このことから、楽器や食器に用いられることが多い。

食器への利用は、口触りが良いと評され、
銀によく似た美しい見た目から、
洋白銀食器として人気を博した時代がある。

なお、一説によると最古の洋白は
漢代の貨幣に遡るという。

銀貨の偽造貨幣であったとも言われているが、
ニッケルの利用難度を考えると判断し難い。

この洋白貨幣は遠くギリシアまで持ち込まれたが、
成分調査ができるようになるまで長らく
そんなわけないと一笑に付される説であった。

いずれにせよ、亜鉛もニッケルも
扱いの難しい金属である。

これらを利用した合金を狙って作れるのであれば、
それは相当な技術力だと言える。

2018年8月4日土曜日

ベルファスト

ラガン川の河口に位置する
北アイルランドの首都である。

ベルファストの名は、歩いて渡れる河口に由来する。
現在は存在しないようだが、
砂州か洗い越しでもあったのだろう。

古来イングランドの支配を受けてきた
アイルランドだが、連合王国からの独立の際に
ある問題が起きた。

アイルランド島では少数派であるプロテスタントが、
カトリック国家であるアイルランドからの
離脱を求めたのだ。

結果、プロテスタントの多かった北部地域は
北アイルランドとして連合王国に復帰し、
アイルランド島は分割された。

連合王国派とアイルランド統一派、
あるいはプロテスタント住民と
カトリック住民は激しく争い、
ベルファストはテロの横行する危険な街となる。

ボグサイドの虐殺とも呼ばれる血の日曜日事件、
多数の爆弾が使用された血の金曜日事件、
他にも大小様々な衝突が繰り返された。

ベルファストといえば爆弾テロという
イメージになっている人も少なくないだろう。

現在では中立派が主導権を握って安定しており、
観光に行っても大丈夫だとは思うが、
火種は燻り続けている。

なんと、プロテスタント居住地域と
カトリック居住地域の間に壁が存在する。

ピースラインと呼ばれるこの壁は、
北アイルランドの平和が束の間のもの
だということを教えてくれる。

ちなみにロマネスク様式の聖アン大聖堂は
聖公会、つまりプロテスタントのカテドラルである。

聖パトリックによる布教を記念して製作された
モザイク壁画は一見の価値ありだ。

他にも市庁舎など、歴史的な建造物は数多く、
街並みを見て歩くだけでも十分楽しめる。

しかし、せっかくベルファストまで行くなら
少し足を延ばして巨人の石道を見ておきたい。

巨人の石道、ジャイアンツコーズウェー
詳細は別の機会に回そう。

連合王国がヨーロッパ連合から離脱したことで、
北アイルランドの情勢はまた変わるかもしれない。

もしこの地を訪れたいならば、
血で血を洗う争いが再発する前に
行くべきかもしれない。

2018年8月3日金曜日

真鍮

黄銅とも呼ばれる銅と亜鉛の合金である。
五円玉に使われている。

適度に硬く、適度に伸ばしやすい性質を持ち、
腐食に強いことが特徴である。

様々な加工がしやすいため
複雑な形状の金属製品によく使われている。

また、海水や汚水に晒される環境での
寿命が長いことから、
船舶や水道関係での使用も多い。

青銅と似ているが、亜鉛の取り扱いが難しく、
昔は製造が容易ではなかった。

ところでオレイカルコスの正体は
この真鍮だという説がある。

オレイカルコスという名が耳慣れないかもしれない。
オリハルコンの呼び名で定着しているが、
これはラテン語読みのオリカルクムの転訛である。

山を意味するギリシア語オロスと、
銅を意味するカルコスの合成語である。

オレイカルコスは銅ベースの合金、
もしくは銅に似た金属だと推測できる。

銅に由来する名を持つ地中海のキプロス島は、
最古の真鍮利用が記録された場所だという。

オレイカルコスはアトランティス伝説と
密接に関係する神秘的な金属とされているが、
位置的にもキプロスの真鍮との関連性が高いと思われる。

前述のように亜鉛がネックとなり真鍮の製造は難しい。
黄金の輝きを持つこの合金は
非常に貴重な金属として扱われたことだろう。

なお、ローマ人はオレイカルコスを
価値の高い金属と考えていたようだが、
現在のような神秘性については言及していない。

実は近代のアトランティスブームにおいて、
未知のエネルギー源とされたため、
こうした神秘性が語られるようになった背景がある。

つまり、オレイカルコスは本当は単なる真鍮なのだろう。

神秘的な力は無いかもしれないが、
銅と亜鉛の合金を作ることのできる技術力は侮れない。

ちなみに、本邦では江戸期になってから普及したが、
真鍮自体は平安期の物品にも使われている。

寛永通宝にも真鍮製のものがある。
普及以前に亜鉛の扱いを
理解した職人がいたということだ。

話は変わるが、真鍮といえば楽器である。
私は昔トロンボーンをかじったことがあるが、
あの大きな真鍮製のボディに惹かれてのことである。

管楽器のような複雑な造形を削り出すには、
真鍮はうってつけの素材なのだ。

ぴかぴかに磨き上げられた真鍮の楽器が
ステージのライトできらきらと輝く様は、
まさに夢の如しである。

2018年8月2日木曜日

ダカール

サハラの南西に位置する国家セネガルの首都である。

ヴェルデ岬の突き出した南側に位置するこの街は、
かつて奴隷貿易の中心地であった。

奴隷海岸各地から船に詰められた奴隷たちは、
このダカール沖のゴレ島にあるエストレー要塞に
集積され、新大陸へと売られていった。

現在のダカールはフランスの植民地時代に
築かれたものであり、比較的新しい街である。
その頃にはもう奴隷貿易は禁止されていた。

近代的な街並みはサブサハラでは屈指の先進性を持ち、
現在でも大西洋航路の重要な港湾となっている。

本邦においてダカールは知名度の高い都市であるが、
その理由はかつて開催されていたパリとダカールの間を
走破するモータースポーツにある。

本邦ではパリダカと略されることの多いこのレースは、
サハラを縦断する過酷なスポーツとして有名だった。

完走するだけでも困難であり、
半数が脱落することもあったこのレースは、
本当に危険な催しである。

最大の危険は厳しい大自然ではなく、
人によってもたらされる。

強盗やテロリストが選手や報道陣を襲うのだ。

レースが住民の生活に悪影響を与えていたこともあり、
開催地は南アメリカへと移され、
いわゆるパリダカは終焉を迎えた。

パリダカのゴールはレトバ湖という塩湖である。
ラックローズの名で知られているこの湖は
なんと薔薇色をしている。
レトバ湖についてはいずれ地形の項目で語りたい。

ダカールは観光に向いた都市であると言える。
歴史を楽しむことができる建造物、
レトバ湖のような驚きの自然、
伝統料理、そして何より治安が良い。

もっとも、治安に関しては変化するものなので、
現在も良いとは限らない。
旅に出る前に現地情報の確認を怠らぬように。

料理は当然セネガル料理を味わうことができる。
セネガルでは長粒種の米を主食にしているのだが、
本邦風に言えば炊込ご飯と汁掛ご飯が充実している。

スープで炊くものはベンヌチン、
ソースを掛けるものはニャーリチンと呼ばれ、
それぞれ鍋ひとつ、鍋ふたつという意味である。
調理に必要な鍋の数が名前となっているのだ。

具材は主に魚である。
マグロ、カジキ、タイ、ニシン、ロブスターなど、
大西洋やセネガル川で獲られるものを使う。

米は収穫量を需要が上回るため
東南アジアから輸入しているのだが、
輸送の途中で砕けてしまう。

ダカールの人々は砕けた米が普通だと思っており、
彼らの調理法にとっても適しているため、
わざわざ砕くこともあるという。

米料理の他はアブラヤシから作るヤシ酒、
西アフリカ特有の嗜好品コーラの実が有名だ。
どちらもいずれ植物の項目で紹介したい。

恒例となっている大聖堂の紹介をしたいのだが、
この地域の主教座はマリ連邦時代の
首都バマコであったと思われる。

残念ながらダカールの大聖堂は存在しない。
立派なモスクが沢山あるのでそちらをお勧めしたい。

個人的にはダカールで最も評判の良い観光名所である
大モスクは、イスラム建築の中では
いまひとつぱっとしないように思ってしまうのだが、
こんなことを言っては現地の人に怒られてしまうか。

2018年8月1日水曜日

ホンモンジゴケ

苔の中には金属を細胞壁に組み込むものたちがいる。

ホンモンジゴケは東京の池上本門寺で
生物学者に「発見」されたため
この名前を持つ。

ホンモンジゴケは銅を蓄積することができるのだが、
銅というのは実は毒性の強い金属である。
特に植物にとっては致命的だ。

だが、ホンモンジゴケは積極的に
銅の存在する場所に生育する。

おそらく、他の植物が生存できない場所に
適応することで、生活圏を広げる戦略だろう。

さて、銅が存在する場所というと
鉱山のような場所をイメージするかもしれないが、
ホンモンジゴケはその名の通り寺社仏閣に多い。

これは屋根が銅板で葺かれていることが多く、
また、銅像が建てられてことも少なくないためだ。

これらの銅、あるいは青銅の構造物に雨が降り、
雨水に溶けだした銅が壁や地面を濡らす。

前述の通り銅は毒なのでそこに植物は生えないのだが、
ホンモンジゴケだけは活き活きと、青々と茂る。

毒性のある金属と言えば他に
鉛や亜鉛水銀など多く存在するが、
そうした金属を取り込む苔も存在する。

重金属に汚染された土地にそれらの苔を繁茂させ、
苔ごと取り除くことで浄化できないか、
というようなことを研究している人々もいるらしい。

そんな有用性は抜きにして、
ホンモンジゴケは苔マニアから大人気の苔である。

この苔が銅の存在する場所にだけ生えることを知り、
好奇心を刺激されて苔マニアになったという人も多い。

私は苔マニアではないが、苔には強い興味を持っている。
実は私もその契機となったのがホンモンジゴケである。

たまたま手に取った苔の写真集の中で、
ホンモンジゴケに対する情熱が語られていたのだ。

そもそも苔に全く興味が無ければ苔の写真集など
手に取らないと言われれば確かにそうなのだが、
騙されたと思って苔の写真集を探してみてほしい。
きっと魅力を感じるはずだ。

本邦では苔に趣を感じる者が多い。
苔をどう配置するべきか、作庭において重要なことである。
こんな文化がある時点で本邦人は苔好きなのだ。

ヨーロッパ人やアメリカ人は苔を嫌うという。
なんとなく不浄なものだと認識しているらしい。

確かにじめじめした場所、
それも墓場や廃墟でよく見られるものだから
そういう感覚になるのも分からないではない。

本邦は気候風土の関係で苔が多い。
古来、苔を身近に感じてきたからこそ、
苔を好む文化が育まれたのだろう。

苔全般の話になってしまったが、
これを機会に苔を意識してくれると、
苔がちょっと好きな者としては嬉しい。