水を知らない者がいるだろうか。
ヘレン・ケラーが最初に理解した言葉も水だった。
物質としては最も軽い原子である水素と、
エネルギーという観点において最も重要な原子である
酸素の結合した安定した分子である。
人体の約六割は水である。
地表の約七割は海である。
地表の物質の約六割は水である。
宇宙の約七割は水素である。
古代ギリシアの哲学者タレースは、
万物の根源は水であると考えた。
およそ原始から続く信仰において、
水を重要な存在としていない地域を私は知らない。
狩猟民は飲料水の確保を第一に考えて住居を構える。
遊牧民は家畜に飲ませる水を求めて移動する。
海洋民は言わずもがな海水の上を移動し、
船上で真水が尽きることは死を意味する。
農耕民にとっての水は最大の関心事だ。
雨が降らなければ耕作はできないし、
定住すれば洪水との戦いが発生する。
治水は権力者の義務であり、
水をコントロールできない為政者はその地位を失う。
水を得る方法としては、川から引くか、
地下水を組み上げるか、雨水を溜めるか、
といったものが主流である。
大河の流域で文明が栄えるのは当然の帰結であり、
砂漠や荒野では水は何よりも大切なものだ。
カラハリ砂漠に住むツワナ人は雨を意味するプラを
通貨の単位にしている。
水の豊富な地域ですら、水路の利用権などを
巡って争いを繰り返してきた。
命と関連すると考えられる水だが、
死とも容易に結びつく。
水死の割合は事故死の中で最も多い。
現代の本邦においてすら、交通事故死よりも
溺死の方が件数が多いほどだ。
人は膝下程度の水量でも溺死する。
冥界に繋がるのは海や川であるのが定番であり、
いちいち列挙しきれないほどである。
おそらく、知る限りの文化圏の冥府を語るはめになる。
清浄な水と不浄な水というものもある。
別段、呪術的な話などせずとも、
単に病原菌の有無だけでも納得いくだろう。
飲用に適さない水を飲むために、
濾過や蒸留、酒や茶などが発展した。
その点、本邦は水資源に恵まれた国である。
湯水のごとく使う、などという慣用句、
乾燥地帯の人々には理解しがたいだろう。
水を資源として考えた場合、
人間ひとりが一生の間に消費する水、
ある産業が一年間に必要とする水など、
水を単位として物事を考えることもできる。
地表の水のほとんどは海水であり、
淡水はごくわずかである。
しかも、そのうち七割は氷として存在する。
残りの三割も多くは地下水だ。
その地下水も、汲み上げ過ぎれば枯渇し、
地盤沈下などの災害をもたらすし、
山林が減り、禿山ばかりになれば
そもそも地下に水が溜まらなくなる。
水は循環こそするものの、
限りある資源なのだ。
なるべく駆け足で水について語ってみたが、
これほど根源的なものについて、
語り切れるわけもない。
ここらで筆を置くことにしよう。