白濁したゼリー状の物体である。
隕石が落下した際、近辺に小さな塊が
点々と落ちている場合がある。
悪臭を放つこともあるらしい。
時には赤い芯のようなものがあるそうで、
手で触れると白濁部分もろとも
溶けてしまうという。
溶けたものは水と変わりなく、
調査は難航し、現在でもスターゼリーが
何なのか分かっていない。
赤い芯の部分を調べた学者が細胞状だが
遺伝子が無いと発表したこともあるらしいが、
サンプルが無いため証明はできていない。
一説には地球上の生物はこうしたスターゼリーから
生まれ、進化してきたとも言われている。
いずれにせよ、この不可解な物質が
何なのかまっとうな研究は成果を上げていない。
政府が隠しているというような陰謀論もあるが、
すぐ消えてしまうという証言が真実なら、
陰謀を巡らす間もないのではないだろうか。
実は古代にも各地でこのスターゼリーと
考えられるものが目撃されている。
旧約聖書にある、預言者モーゼらが飢えた際に
天から降りその腹を満たしたマナではないか
とも思われるのだがどうだろう。
マナとスターゼリーには
もちろん異なる部分もあるのだが、
いくつかの共通点がある。
白く、気温が上がると溶け、
やがて腐敗して悪臭を放つ。
スターゼリーを食べたという話を聞かないので
味はわからないが、もし甘ければ、
かなりの確率でマナの正体ではないだろうか。
異なる部分の霜のようという点に関しても、
霜が降りた後のように白かった、
霜が降りた後に発生した、
のように解釈すればわりと成り立ってしまう。
とりあえず、スターゼリーが何なのかは謎だが、
解明されれば生命誕生の秘密に迫れるかもしれない。
序説
序説
かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...
2018年12月31日月曜日
2018年12月30日日曜日
アドラノン
エヌゲニアで産出するガラス質の鉱物である。
透明度はサレン湖の水のごとしと謳われ、
永久氷晶と称える詩人もいる。
宝石として見た場合、
硬度が不足するため価値は高くないが、
古くから人々を魅了してきた。
研磨し、動物のトーテムをお守りとして
作るのだが、現在は土産物屋で安く買える。
かつての貴重さは損なわれたが、
エヌゲニアの重要な観光収入源である。
シャーマンに頼めば守護獣を見てくれるので
どうせなら自分のトーテムを購入しよう。
工業的な利用をするには産出量が少ないが、
レンズやプリズムの素材に向いている。
アドラノンプリズムといえば高級品だ。
例によってパワーストーンとして
どのように紹介されているか
見てみたいところだが、
本邦では流通が無いようだ。
なので秘められたパワーやら
浄化方法やらは不明である。
なお、エヌゲニアでは先祖の霊と
交信する媒体として祈りに用いられていた。
伝説として、森の女神が冬の新月の晩に
月を恋しく思い流した涙が凍ったもの
だとされている。
なかなかロマンチックだが、
月を殺したのは森の女神自身である。
身勝手な理由なのでそれで流した涙
というも少し冷えた目で見てしまう。
なお、アドラノンの原石を月にかざすと
人間に火をもたらした狼が見えると
言い伝えられている。
透明度はサレン湖の水のごとしと謳われ、
永久氷晶と称える詩人もいる。
宝石として見た場合、
硬度が不足するため価値は高くないが、
古くから人々を魅了してきた。
研磨し、動物のトーテムをお守りとして
作るのだが、現在は土産物屋で安く買える。
かつての貴重さは損なわれたが、
エヌゲニアの重要な観光収入源である。
シャーマンに頼めば守護獣を見てくれるので
どうせなら自分のトーテムを購入しよう。
工業的な利用をするには産出量が少ないが、
レンズやプリズムの素材に向いている。
アドラノンプリズムといえば高級品だ。
例によってパワーストーンとして
どのように紹介されているか
見てみたいところだが、
本邦では流通が無いようだ。
なので秘められたパワーやら
浄化方法やらは不明である。
なお、エヌゲニアでは先祖の霊と
交信する媒体として祈りに用いられていた。
伝説として、森の女神が冬の新月の晩に
月を恋しく思い流した涙が凍ったもの
だとされている。
なかなかロマンチックだが、
月を殺したのは森の女神自身である。
身勝手な理由なのでそれで流した涙
というも少し冷えた目で見てしまう。
なお、アドラノンの原石を月にかざすと
人間に火をもたらした狼が見えると
言い伝えられている。
2018年12月29日土曜日
イシクラゲ
海藻の陸上版である。
夏になると雨が長めに降った後、
ようやく傘を置いて出かけられると思い、
外を歩いていると不意に遭遇する。
時には丸い球体、時にはワカメの塊、
種類によって形状は違うが、
コンクリートや砂利の上にぶよぶよした
何かが落ちているのだ。
色は半透明の緑から黒に近い緑まで、
様々あるが、これは一体何なのか、
不思議に思ったことがあるだろう。
子供の頃はあまり不思議に思わず、
そういう苔もあるんだなぐらいに思っていたが、
ある日マンションの屋上部、
当時ベランダとして利用できたその場所に、
かなり大きな扁平な球体が落ちていた。
突っつくとぶよぶよしており、
一体どこから現れたのか、
誰かが何かを高く放り投げて入り込んだのか、
とても奇妙な気持ちになったものだ。
その後、特徴からあれこれ調べた結果、
これがイシクラゲと呼ばれる
藻類であることが分かった。
ただ、ひとつ気になったのは、
資料として見たどの写真よりも
大きく、なめらかな表面をしていたことだ。
ひょっとして別の物体だったのだろうか。
そして、翌日には跡形もなく消えていた。
我が家に現れたイシクラゲらしきものに
ついて紙面を割きすぎてしまった。
一般的なイシクラゲについて話を戻そう。
イシクラゲは海藻の仲間である。
見た目は肉厚のワカメを裂いて
ぐちゃぐちゃにしたものといった雰囲気だ。
雨が降らない時期は乾燥し、
黒っぽい汚れにしか見えない。
彼らはこの状態で長期間生き抜くことができる。
そして、雨によって水分を得ると、
見事に復活するのだ。
実はこのイシクラゲ、食べることができる。
味はワカメと思いきや、アオサノリの
風味を少し落としたようなものだ。
現在では食べられることは少ないが、
昔はキクラゲの仲間として扱っていた。
木クラゲと石クラゲである。
天仙菜の名で漢方薬にも用いられており、
雨後に突如現れる神秘性から
特別な効能が得られると考えられていた。
実際の薬効はよくわからないのだが、
実はウイルスに効くだとか癌に効くだとか言われ、
研究が進められている。
なお、採取して食べる際には
しっかりと洗浄し、茹でてから食べて欲しい。
夏になると雨が長めに降った後、
ようやく傘を置いて出かけられると思い、
外を歩いていると不意に遭遇する。
時には丸い球体、時にはワカメの塊、
種類によって形状は違うが、
コンクリートや砂利の上にぶよぶよした
何かが落ちているのだ。
色は半透明の緑から黒に近い緑まで、
様々あるが、これは一体何なのか、
不思議に思ったことがあるだろう。
子供の頃はあまり不思議に思わず、
そういう苔もあるんだなぐらいに思っていたが、
ある日マンションの屋上部、
当時ベランダとして利用できたその場所に、
かなり大きな扁平な球体が落ちていた。
突っつくとぶよぶよしており、
一体どこから現れたのか、
誰かが何かを高く放り投げて入り込んだのか、
とても奇妙な気持ちになったものだ。
その後、特徴からあれこれ調べた結果、
これがイシクラゲと呼ばれる
藻類であることが分かった。
ただ、ひとつ気になったのは、
資料として見たどの写真よりも
大きく、なめらかな表面をしていたことだ。
ひょっとして別の物体だったのだろうか。
そして、翌日には跡形もなく消えていた。
我が家に現れたイシクラゲらしきものに
ついて紙面を割きすぎてしまった。
一般的なイシクラゲについて話を戻そう。
イシクラゲは海藻の仲間である。
見た目は肉厚のワカメを裂いて
ぐちゃぐちゃにしたものといった雰囲気だ。
雨が降らない時期は乾燥し、
黒っぽい汚れにしか見えない。
彼らはこの状態で長期間生き抜くことができる。
そして、雨によって水分を得ると、
見事に復活するのだ。
実はこのイシクラゲ、食べることができる。
味はワカメと思いきや、アオサノリの
風味を少し落としたようなものだ。
現在では食べられることは少ないが、
昔はキクラゲの仲間として扱っていた。
木クラゲと石クラゲである。
天仙菜の名で漢方薬にも用いられており、
雨後に突如現れる神秘性から
特別な効能が得られると考えられていた。
実際の薬効はよくわからないのだが、
実はウイルスに効くだとか癌に効くだとか言われ、
研究が進められている。
なお、採取して食べる際には
しっかりと洗浄し、茹でてから食べて欲しい。
2018年12月28日金曜日
葉蘭
ハランと読む、地下茎から大きな葉の
直立する植物である。
花は紫色で、地中から咲くため
めり込んでいるように見える。
さて、このハラン、元々は馬蘭と書き、
バランと読まれていた。
それが江戸期に葉蘭へと転訛したという。
葉蘭の葉は料理の飾りつけに使われる。
包丁によって丁寧に切り取られ、
ぎざぎざの柵のような形にされる。
寿司や料亭の和食において、
料理と料理の仕切りに使われるのだが、
プラスチック製のものなら
誰しも見たことがあるだろう。
あれは元々この葉蘭で作っていたものを
プラスチックで代用するようになったものだ。
プラスチック製のものは人造葉蘭というが、
葉蘭と漢字で書くことはまずない。
そして、じんぞうはらん では読みにくいため、
人造バランと呼ばれている。
高級料亭ではハランと呼ぶので
バランと言えば人造バランのことと分かる。
なので、人造とわざわざ付ける必要もない。
なのでプラスチック製の緑のアレは
バランと呼ばれている。
なかなか知ることのない名称である。
ちなみに本邦独特の文化である。
異国の人々はバランを見て、これは何だろう、
何故こんな形なのだろうと困惑するらしい。
直立する植物である。
花は紫色で、地中から咲くため
めり込んでいるように見える。
さて、このハラン、元々は馬蘭と書き、
バランと読まれていた。
それが江戸期に葉蘭へと転訛したという。
葉蘭の葉は料理の飾りつけに使われる。
包丁によって丁寧に切り取られ、
ぎざぎざの柵のような形にされる。
寿司や料亭の和食において、
料理と料理の仕切りに使われるのだが、
プラスチック製のものなら
誰しも見たことがあるだろう。
あれは元々この葉蘭で作っていたものを
プラスチックで代用するようになったものだ。
プラスチック製のものは人造葉蘭というが、
葉蘭と漢字で書くことはまずない。
そして、じんぞうはらん では読みにくいため、
人造バランと呼ばれている。
高級料亭ではハランと呼ぶので
バランと言えば人造バランのことと分かる。
なので、人造とわざわざ付ける必要もない。
なのでプラスチック製の緑のアレは
バランと呼ばれている。
なかなか知ることのない名称である。
ちなみに本邦独特の文化である。
異国の人々はバランを見て、これは何だろう、
何故こんな形なのだろうと困惑するらしい。
2018年12月27日木曜日
重曹
炭酸水素ナトリウムである。
金属であるナトリウムに
炭素と酸素と水素が結合したものだ。
様々な用途に使える白い粉末で、
一般家庭でも常備しているところは多い。
我が家にもある。
何に使うかというと、
まず第一は水回りの洗浄だ。
脱臭効果もあるため、排水溝のぬめりを
除去する際に大活躍である。
また、クエン酸と混ぜることによって
酸とアルカリの反応で炭酸が発生する。
この炭酸の力でしつこい汚れを
浮かして取ることができる。
洗剤と違って水質汚濁の原因にもならず、
人体への害も皆無である。
人体に無害という点は、
焼き菓子や麺類を作る時に
使うことからもはっきりしている。
かん水麺のかん水は概ね重曹だ。
掃除、調理以外の用途としては
水を使えない場合の消火剤に混合されている。
油が燃えている場合、
漏電によって燃えている場合、
水をかけては大変危険である。
重曹を主成分とした消火剤を
吹き付けることで、炎によって分離した
ナトリウムと水素が燃焼を阻害する。
アルカリの性質を活用した利用法もある。
胃薬になるのだ。
胃酸過多の場合に重曹を飲めば、
酸が中和され症状が改善される。
ただし、胃薬としてはあまり良い代物ではなく、
根本的な原因解決にはならないうえに、
却って胃酸の分泌を促進してしまうこともある。
他にも便秘解消の坐薬などに使われる。
なお、重曹の曹はソーダのソウである。
ソーダと聞くと炭酸水を思い浮かべるが、
本来はナトリウムのことであり、
後に炭酸ナトリウムを指す言葉になったものだ。
重曹は炭酸ナトリウムに水素が重なったもの
なので重ソーダなのである。
ソーダに関してはいずれまた
独立した記事を書きたいと思う。
金属であるナトリウムに
炭素と酸素と水素が結合したものだ。
様々な用途に使える白い粉末で、
一般家庭でも常備しているところは多い。
我が家にもある。
何に使うかというと、
まず第一は水回りの洗浄だ。
脱臭効果もあるため、排水溝のぬめりを
除去する際に大活躍である。
また、クエン酸と混ぜることによって
酸とアルカリの反応で炭酸が発生する。
この炭酸の力でしつこい汚れを
浮かして取ることができる。
洗剤と違って水質汚濁の原因にもならず、
人体への害も皆無である。
人体に無害という点は、
焼き菓子や麺類を作る時に
使うことからもはっきりしている。
かん水麺のかん水は概ね重曹だ。
掃除、調理以外の用途としては
水を使えない場合の消火剤に混合されている。
油が燃えている場合、
漏電によって燃えている場合、
水をかけては大変危険である。
重曹を主成分とした消火剤を
吹き付けることで、炎によって分離した
ナトリウムと水素が燃焼を阻害する。
アルカリの性質を活用した利用法もある。
胃薬になるのだ。
胃酸過多の場合に重曹を飲めば、
酸が中和され症状が改善される。
ただし、胃薬としてはあまり良い代物ではなく、
根本的な原因解決にはならないうえに、
却って胃酸の分泌を促進してしまうこともある。
他にも便秘解消の坐薬などに使われる。
なお、重曹の曹はソーダのソウである。
ソーダと聞くと炭酸水を思い浮かべるが、
本来はナトリウムのことであり、
後に炭酸ナトリウムを指す言葉になったものだ。
重曹は炭酸ナトリウムに水素が重なったもの
なので重ソーダなのである。
ソーダに関してはいずれまた
独立した記事を書きたいと思う。
2018年12月26日水曜日
ダンゴムシ
日陰の石の下などによくいる
王蟲の小さいやつだ。
刺激を受けるとアルマジロのように丸まるのだが、
本当に球状と言って良いほど丸くなる。
丸まらないやつはワラジムシといって
別物なのだが、私が子供の頃、
いまひとつ友人からの賛同が得られなかった。
私は幼少期にダンゴムシを大量に集めて
それを団地の階段で落として
奥様方の阿鼻叫喚を招いたことがある。
それはそうと、ダンゴムシは本来
海に住むエビのような生き物の一種である。
オオグソクムシやダイオウグソクムシを
思い出していただければイメージしやすいだろう。
我々が目にするダンゴムシはオカダンゴムシと
呼ばれる種類である。
実はあいつらは本来ヨーロッパに生息する種類であり、
輸入される土砂と共に伝来し、定着した。
本邦本来のダンゴムシはコシビロダンゴムシといい、
森林の腐葉土の中に生息している。
もしくは砂浜にいるハマダンゴムシである。
ハマダンゴムシぐらいになると
フナムシとそう変わらない気もする。
かなり印象は違うがフナムシも彼らの仲間である。
陸上に住むダンゴムシは落ち葉などを食べ、
その糞が菌類に分解され腐葉土を形成する
土壌を作りだす生物である。
子供の頃に慣れ親しんだ結果
あまり不快感を持たない者も多いと思うが、
つまるところいわゆる益虫の類だ。
毒の類を持たないため、食べることも可能で、
いざという時には幼少時の私のように
集めてみると生存率が上がるかもしれない。
漢方薬の生薬としては鼠婦と呼ばれ、
利尿作用のある生薬とされている。
なにはともあれ甲殻類である。
エビカニの仲間と思えば
口にする抵抗も多少は軽減されるだろう。
それを言えば、ワラジムシ、フナムシ、
クモ、ダニの類とて甲殻類なのだが。
さて、ダンゴムシの知られざる一面として、
コンクリートをかじるというものがある。
普段は落ち葉を食べるダンゴムシだが、
カルシウムを補給するために
コンクリートを食べるのだ。
ダンゴムシの歯は硬く、
コンクリートぐらいならかじり取ることができる。
具体的には水晶ぐらいの硬さがある。
人間の歯ぐらいと言った方がわかりやすいか。
近頃はダンゴムシが直進した際に
壁に当たると右に曲がり、
次にまた壁に当たると左に曲がり、
次はまた右に曲がるという話が知られている。
交代性転向反応というのだが、
なるべく生まれた土地より遠くへ行き、
子孫を残すよう生み出された性質だ。
ちなみにダンゴムシは尻から水分を摂取する。
この辺りから本来陸上の生物では
ない感じがする。
申し訳ないが今日はかなり酔っている。
ダンゴムシというかなり面白い題材を
雑に扱ってしまって慙愧の念に堪えない。
酔って記事を書くことは多いが、
今日の酔い具合は格別である。
年末だからといって無茶をした。
もしかしたら今後書き直すかもしれない。
王蟲の小さいやつだ。
刺激を受けるとアルマジロのように丸まるのだが、
本当に球状と言って良いほど丸くなる。
丸まらないやつはワラジムシといって
別物なのだが、私が子供の頃、
いまひとつ友人からの賛同が得られなかった。
私は幼少期にダンゴムシを大量に集めて
それを団地の階段で落として
奥様方の阿鼻叫喚を招いたことがある。
それはそうと、ダンゴムシは本来
海に住むエビのような生き物の一種である。
オオグソクムシやダイオウグソクムシを
思い出していただければイメージしやすいだろう。
我々が目にするダンゴムシはオカダンゴムシと
呼ばれる種類である。
実はあいつらは本来ヨーロッパに生息する種類であり、
輸入される土砂と共に伝来し、定着した。
本邦本来のダンゴムシはコシビロダンゴムシといい、
森林の腐葉土の中に生息している。
もしくは砂浜にいるハマダンゴムシである。
ハマダンゴムシぐらいになると
フナムシとそう変わらない気もする。
かなり印象は違うがフナムシも彼らの仲間である。
陸上に住むダンゴムシは落ち葉などを食べ、
その糞が菌類に分解され腐葉土を形成する
土壌を作りだす生物である。
子供の頃に慣れ親しんだ結果
あまり不快感を持たない者も多いと思うが、
つまるところいわゆる益虫の類だ。
毒の類を持たないため、食べることも可能で、
いざという時には幼少時の私のように
集めてみると生存率が上がるかもしれない。
漢方薬の生薬としては鼠婦と呼ばれ、
利尿作用のある生薬とされている。
なにはともあれ甲殻類である。
エビカニの仲間と思えば
口にする抵抗も多少は軽減されるだろう。
それを言えば、ワラジムシ、フナムシ、
クモ、ダニの類とて甲殻類なのだが。
さて、ダンゴムシの知られざる一面として、
コンクリートをかじるというものがある。
普段は落ち葉を食べるダンゴムシだが、
カルシウムを補給するために
コンクリートを食べるのだ。
ダンゴムシの歯は硬く、
コンクリートぐらいならかじり取ることができる。
具体的には水晶ぐらいの硬さがある。
人間の歯ぐらいと言った方がわかりやすいか。
近頃はダンゴムシが直進した際に
壁に当たると右に曲がり、
次にまた壁に当たると左に曲がり、
次はまた右に曲がるという話が知られている。
交代性転向反応というのだが、
なるべく生まれた土地より遠くへ行き、
子孫を残すよう生み出された性質だ。
ちなみにダンゴムシは尻から水分を摂取する。
この辺りから本来陸上の生物では
ない感じがする。
申し訳ないが今日はかなり酔っている。
ダンゴムシというかなり面白い題材を
雑に扱ってしまって慙愧の念に堪えない。
酔って記事を書くことは多いが、
今日の酔い具合は格別である。
年末だからといって無茶をした。
もしかしたら今後書き直すかもしれない。
2018年12月25日火曜日
余談4
今更卒業取り消しになどならないだろうし、
なったとしても本人も困らなさそうなので、
かつて友人の卒業論文を代筆したことを白状する。
友人の専門は神道における造形物であり、
私の専門は原始信仰であったが、
面白そうだったので快諾した。
論文は狛犬、鳥居、幣束、形代の四つについて、
その起源と発展、内在する意義などを
考察する形で書き進めた。
友人は本当であれば神像と神道曼荼羅について
書きたかったらしいのだが、
資料があまりにも乏しく断念した。
おそらくこの二つは権威ある学者先生であっても
そうそう本物を見せてもらえない可能性の
あるもので、そもそも現存物が少ない。
一介の学生が取り上げるには難しい。
それで急遽論文内容を変更したため、
ぎりぎりになって私に代筆を頼んできた次第である。
私も断念した部分がある。
上記の四つに加えて、社殿や装束についても
やりたかったのだが、建築や服飾についての
知識が不足していたため諦めた。
なにぶん提出期限が迫っている。
限られた資料で書き上げなければならない。
実際に完成したのは提出最終日の朝であり、
そこから印刷やらなにやらやっていたため、
彼の卒業論文は本当にぎりぎりの提出となった。
いわゆるコピペ卒論の横行する中で、
私の書いた論文は面白かったようで、
担当教授は個人的に資料として欲しいので
フロッピーでの提出も要請したという。
しかし、代筆してもらった負い目からか、
単に面倒だったからか、
友人はその要請を黙殺した。
なんだかここまで書いてしまうと
万が一その教授がこのブログを目にしたら
友人が特定されてしまいそうだが
まあいいだろう。
教授の名を忘れたので確信はないが
ご存命ではなかった気もする。
その友人の卒業論文だけではない。
色々な知人のレポート類の代筆もよく行っていた。
印象的だったのはチャイナの地誌学と
二十世紀クラッシック音楽と
レコンキスタ当時のイベリア半島の建築についてだ。
思えば、こうした雑多な方面で
文章をしたためてきたことが、
現在の私のライターとしての力になっていると思う。
某設定資料本における、建築、服飾、料理についての
教科書のような文章はこうしたものが
下地になっている。
ちなみに、料理に関する部分は最初の国の分しか
書いていない。他の国の構想メモもあったのだが、
他のライターが自分の仕事としてしまった。
純粋に面白いから書きたかったのだろうが、
私としては仕事を取られたようで
いまひとつ納得がいかない。
想定していたものとは異なる内容に
なっていることについては明確に不満である。
不満というほどではないが残念な点もある。
服飾史がページの都合で大幅にカットされているのだ。
やはり書きたいものを書きたいように書くには
こうした趣味のブログか、同人誌を作るか、
功成り名を遂げて意見を押し通すしかないのだろう。
なったとしても本人も困らなさそうなので、
かつて友人の卒業論文を代筆したことを白状する。
友人の専門は神道における造形物であり、
私の専門は原始信仰であったが、
面白そうだったので快諾した。
論文は狛犬、鳥居、幣束、形代の四つについて、
その起源と発展、内在する意義などを
考察する形で書き進めた。
友人は本当であれば神像と神道曼荼羅について
書きたかったらしいのだが、
資料があまりにも乏しく断念した。
おそらくこの二つは権威ある学者先生であっても
そうそう本物を見せてもらえない可能性の
あるもので、そもそも現存物が少ない。
一介の学生が取り上げるには難しい。
それで急遽論文内容を変更したため、
ぎりぎりになって私に代筆を頼んできた次第である。
私も断念した部分がある。
上記の四つに加えて、社殿や装束についても
やりたかったのだが、建築や服飾についての
知識が不足していたため諦めた。
なにぶん提出期限が迫っている。
限られた資料で書き上げなければならない。
実際に完成したのは提出最終日の朝であり、
そこから印刷やらなにやらやっていたため、
彼の卒業論文は本当にぎりぎりの提出となった。
いわゆるコピペ卒論の横行する中で、
私の書いた論文は面白かったようで、
担当教授は個人的に資料として欲しいので
フロッピーでの提出も要請したという。
しかし、代筆してもらった負い目からか、
単に面倒だったからか、
友人はその要請を黙殺した。
なんだかここまで書いてしまうと
万が一その教授がこのブログを目にしたら
友人が特定されてしまいそうだが
まあいいだろう。
教授の名を忘れたので確信はないが
ご存命ではなかった気もする。
その友人の卒業論文だけではない。
色々な知人のレポート類の代筆もよく行っていた。
印象的だったのはチャイナの地誌学と
二十世紀クラッシック音楽と
レコンキスタ当時のイベリア半島の建築についてだ。
思えば、こうした雑多な方面で
文章をしたためてきたことが、
現在の私のライターとしての力になっていると思う。
某設定資料本における、建築、服飾、料理についての
教科書のような文章はこうしたものが
下地になっている。
ちなみに、料理に関する部分は最初の国の分しか
書いていない。他の国の構想メモもあったのだが、
他のライターが自分の仕事としてしまった。
純粋に面白いから書きたかったのだろうが、
私としては仕事を取られたようで
いまひとつ納得がいかない。
想定していたものとは異なる内容に
なっていることについては明確に不満である。
不満というほどではないが残念な点もある。
服飾史がページの都合で大幅にカットされているのだ。
やはり書きたいものを書きたいように書くには
こうした趣味のブログか、同人誌を作るか、
功成り名を遂げて意見を押し通すしかないのだろう。
安山岩
玄武岩と並ぶ火山岩である。
火山岩とは溶岩が急激に冷えて
固まったものであり、
二酸化珪素を主体とする。
安山岩と玄武岩の違いは、
主体となる二酸化珪素以外の
鉱物の状態にある。
安山岩の場合、溶岩が冷え固まる過程で、
その他の物質が結晶化し、
岩石中に細かく散りばめられている。
どういう見た目なのか言葉で詳しく説明
しようかとも思ったが、良い例がある。
墓石によく使われる黒から灰色の石が安山岩だ。
安山岩の名前の由来はなかなか面白い。
ドイツ人の地質学者がアンデス山脈の調査中に
特定の構造の岩石に対してアンデサイト、
アンデスの石と名付けた。
安山とはアンデス山脈のことだったのだ。
さて、石材として有用であることは
墓石に使われていることからも
想像がつくと思う。
非常に頑強で、産出地や産出量も多いため、
石造建築にはもってこいである。
そんな安山岩にブランドものが存在する。
讃岐岩や本小松石、伊達冠石、本山崎石
などというものだ。
讃岐岩はその名の通り香川で採掘できるのだが、
サヌカイトという安山岩から独立した名が
与えられているほど特殊である。
黒曜石ほどではないが、石器の素材として有益で、
打製石器、磨製石器どちらにもよく使われている。
また、叩くと澄んだ美しい音が鳴る。
ちなみに讃岐ではない二上山でも採掘可能である。
本小松石は神奈川の真鶴の銘石である。
真鶴は小さな漁村だが、この石材によって栄えた。
現在でも需要があるが、
採石量が追い付いていないらしい。
本小松石の墓石は将軍家でよく使われており、
鎌倉にある源頼朝の墓もこの石が使用されている。
伊達冠石は宮城の大蔵山で産出する石材である。
つややかで独特の紋様を持ち、鉄分が多いため、
歳月と共に酸化して赤みを帯びていくのが特徴だ。
伊達冠石も墓石として人気だが、
石像彫刻の材料としても知られている。
独特の風合いが芸術家を魅了するのだ。
本山崎石は最上級の墓石のひとつである。
特徴は経年変化が少ないことである。
いつまでも変わらぬ佇まいが求められる場合には
この石が重宝されることになる。
ただし、山梨の甲府で採石されるこの石は、
現在では供給量が少ない。
ただでさえ高級石材なのだが、
採掘量が少ないことで価格は上がっている。
おそらく採掘コストに見合わず、
生産量が減少しているのだろう。
海外産の安山岩にもブランドはあるようだ。
いずれ石材の本でも出版するようなことが
あれば取材してみたいと思う。
ところで、本小松石とも関係の深い
真鶴の貴船神社の関係者と
個人的に知り合いである。
真鶴の貴船神社は境内の様々なものに
本小松石が使われており、夏に執り行われる
貴船まつりは三船祭のひとつである。
神輿が船に乗り対岸へと向かう特別な祭りのため、
この時期に熱海や湯河原辺りの旅行を
計画しているのであれば、是非行ってみてほしい。
火山岩とは溶岩が急激に冷えて
固まったものであり、
二酸化珪素を主体とする。
安山岩と玄武岩の違いは、
主体となる二酸化珪素以外の
鉱物の状態にある。
安山岩の場合、溶岩が冷え固まる過程で、
その他の物質が結晶化し、
岩石中に細かく散りばめられている。
どういう見た目なのか言葉で詳しく説明
しようかとも思ったが、良い例がある。
墓石によく使われる黒から灰色の石が安山岩だ。
安山岩の名前の由来はなかなか面白い。
ドイツ人の地質学者がアンデス山脈の調査中に
特定の構造の岩石に対してアンデサイト、
アンデスの石と名付けた。
安山とはアンデス山脈のことだったのだ。
さて、石材として有用であることは
墓石に使われていることからも
想像がつくと思う。
非常に頑強で、産出地や産出量も多いため、
石造建築にはもってこいである。
そんな安山岩にブランドものが存在する。
讃岐岩や本小松石、伊達冠石、本山崎石
などというものだ。
讃岐岩はその名の通り香川で採掘できるのだが、
サヌカイトという安山岩から独立した名が
与えられているほど特殊である。
黒曜石ほどではないが、石器の素材として有益で、
打製石器、磨製石器どちらにもよく使われている。
また、叩くと澄んだ美しい音が鳴る。
ちなみに讃岐ではない二上山でも採掘可能である。
本小松石は神奈川の真鶴の銘石である。
真鶴は小さな漁村だが、この石材によって栄えた。
現在でも需要があるが、
採石量が追い付いていないらしい。
本小松石の墓石は将軍家でよく使われており、
鎌倉にある源頼朝の墓もこの石が使用されている。
伊達冠石は宮城の大蔵山で産出する石材である。
つややかで独特の紋様を持ち、鉄分が多いため、
歳月と共に酸化して赤みを帯びていくのが特徴だ。
伊達冠石も墓石として人気だが、
石像彫刻の材料としても知られている。
独特の風合いが芸術家を魅了するのだ。
本山崎石は最上級の墓石のひとつである。
特徴は経年変化が少ないことである。
いつまでも変わらぬ佇まいが求められる場合には
この石が重宝されることになる。
ただし、山梨の甲府で採石されるこの石は、
現在では供給量が少ない。
ただでさえ高級石材なのだが、
採掘量が少ないことで価格は上がっている。
おそらく採掘コストに見合わず、
生産量が減少しているのだろう。
海外産の安山岩にもブランドはあるようだ。
いずれ石材の本でも出版するようなことが
あれば取材してみたいと思う。
ところで、本小松石とも関係の深い
真鶴の貴船神社の関係者と
個人的に知り合いである。
真鶴の貴船神社は境内の様々なものに
本小松石が使われており、夏に執り行われる
貴船まつりは三船祭のひとつである。
神輿が船に乗り対岸へと向かう特別な祭りのため、
この時期に熱海や湯河原辺りの旅行を
計画しているのであれば、是非行ってみてほしい。
2018年12月24日月曜日
砂岩
文字通り砂が固まりできた岩である。
ただし、その辺の砂を集めておけば
岩になるというわけではない。
湖や海の底に堆積した砂が、圧力と、
水分中の炭酸カルシウムによって
長い年月を掛けて固められたものである。
砂は主に石英と長石であるが、
できあがる過程の性質上、
他にも様々なものが混ざり込む。
このその他の物質によって
砂岩の色が決まるため、
何色であるとは言い難い。
水を吸いやすいため、湿度の高い地域では
建材には向いていないが、
降雨の少ない地域では一般的である。
他の岩石と比べるとやや脆いのだが、
それゆえに加工がしやすく、
構成物が砂の為粒子が細かく却って崩れにくい。
本邦では前述のように建材には向いていないが、
砥石としては古くから使われてきた。
砥石は粒子の細かさで種類が別けられており、
荒砥、中砥、仕上げ砥というのだが、
砂岩は荒砥として利用される。
道具である砥石の話になってしまうが、
砥石がいつ頃から使われてきたか
知っているだろうか。
金属の刃を研ぐイメージが強いが、
磨製石器の製作にも砥石は使われた。
つまり、砥石は石器時代からある
人類最古の道具のひとつなのである。
古代の鏡の製作にも必要であったし、
金属の刃物が登場してからは
軍事的な戦略物資であった。
本邦の砥石は良質なものが多く産する。
砥石と刃物は切っても切れない関係にあり、
本邦で独特な刀剣が生まれたのは
良質な砥石の存在も影響したと考えられる。
本阿弥家のような刀剣の研ぎ師は
刀工と同等かそれ以上の技術者
もしくは芸術家として重用され、
尊敬される存在であった。
砂岩の話からだいぶ逸れてしまったが、
刀剣を語る際には研磨についても
思いを巡らせてみてほしい。
ただし、その辺の砂を集めておけば
岩になるというわけではない。
湖や海の底に堆積した砂が、圧力と、
水分中の炭酸カルシウムによって
長い年月を掛けて固められたものである。
砂は主に石英と長石であるが、
できあがる過程の性質上、
他にも様々なものが混ざり込む。
このその他の物質によって
砂岩の色が決まるため、
何色であるとは言い難い。
水を吸いやすいため、湿度の高い地域では
建材には向いていないが、
降雨の少ない地域では一般的である。
他の岩石と比べるとやや脆いのだが、
それゆえに加工がしやすく、
構成物が砂の為粒子が細かく却って崩れにくい。
本邦では前述のように建材には向いていないが、
砥石としては古くから使われてきた。
砥石は粒子の細かさで種類が別けられており、
荒砥、中砥、仕上げ砥というのだが、
砂岩は荒砥として利用される。
道具である砥石の話になってしまうが、
砥石がいつ頃から使われてきたか
知っているだろうか。
金属の刃を研ぐイメージが強いが、
磨製石器の製作にも砥石は使われた。
つまり、砥石は石器時代からある
人類最古の道具のひとつなのである。
古代の鏡の製作にも必要であったし、
金属の刃物が登場してからは
軍事的な戦略物資であった。
本邦の砥石は良質なものが多く産する。
砥石と刃物は切っても切れない関係にあり、
本邦で独特な刀剣が生まれたのは
良質な砥石の存在も影響したと考えられる。
本阿弥家のような刀剣の研ぎ師は
刀工と同等かそれ以上の技術者
もしくは芸術家として重用され、
尊敬される存在であった。
砂岩の話からだいぶ逸れてしまったが、
刀剣を語る際には研磨についても
思いを巡らせてみてほしい。
2018年12月23日日曜日
カベアナタカラダニ
春一番が吹き、暖かい陽気に誘われて、
外を歩いていると気付くことがある。
コンクリートに赤い小さな点。
よく見ると動いている。虫だ。
小さなあれはダニである。
カベアナタカラダニと名付けられている。
コンクリートという不毛な環境を好む
不思議な生き物だ。
彼らは主に花粉を食べて生きているという。
春になると花粉が飛ぶものである。
飛んだ花粉は色々なものに付着するが、
細かな凹凸の多いコンクリートにも
沢山付着している。
あの赤いダニはそれを食べているのだが、
コンクリートを好む理由は他にもある。
競合する者が少ないという利点がある。
コンクリートを好む動物など
人間とダンゴムシぐらいである。
コンクリートに付着した花粉は
カベアナタカラダニが独占できるのだ。
ちなみにカベアナタカラダニには
メスしか見つかっていない。
彼女たちは梅雨に入る頃に卵産むと、
それを抱えたままコンクリートの
苔の中で息絶える。
そして、その卵は翌年の春先に孵る。
春にしか存在しない生き物なのだ。
外を歩いていると気付くことがある。
コンクリートに赤い小さな点。
よく見ると動いている。虫だ。
小さなあれはダニである。
カベアナタカラダニと名付けられている。
コンクリートという不毛な環境を好む
不思議な生き物だ。
彼らは主に花粉を食べて生きているという。
春になると花粉が飛ぶものである。
飛んだ花粉は色々なものに付着するが、
細かな凹凸の多いコンクリートにも
沢山付着している。
あの赤いダニはそれを食べているのだが、
コンクリートを好む理由は他にもある。
競合する者が少ないという利点がある。
コンクリートを好む動物など
人間とダンゴムシぐらいである。
コンクリートに付着した花粉は
カベアナタカラダニが独占できるのだ。
ちなみにカベアナタカラダニには
メスしか見つかっていない。
彼女たちは梅雨に入る頃に卵産むと、
それを抱えたままコンクリートの
苔の中で息絶える。
そして、その卵は翌年の春先に孵る。
春にしか存在しない生き物なのだ。
2018年12月22日土曜日
紙魚
銀色の体を持ち、羽が無く、
変態もしない原始的な昆虫である。
二本の長い尾毛と一本の尾糸があるため、
体の後ろに三本の触角があるように見える。
頭側には二本の長い触角を持つ。
古くは雲母虫と書いて きららむしと
呼ばれていたのだが、これは薄く剥がれた
雲母のような見た目をしているためである。
あまり使われないとは思うが、
俳句の夏の季語にもなっている。
変態をしないため、卵から産まれてすぐに
成虫と変わらない姿をしており、
脱皮を繰り返して大きくなる。
この成長は死ぬまで続き、
触角や足を失った場合は
脱皮の際に再生することができる。
さて、紙魚といえば紙を食らうと信じれている。
和紙の表面や、澱粉糊の部分を食うのは確かだが、
よく目にする穴の開いた本などは
死番虫に食われた跡である。
紙魚の仕業だと思われがちだが、
濡れ衣なのだ。
もっとも、和紙は被害に遭う。
また、衣類の繊維を食うという余罪もある。
紙魚ではなく衣魚と書くことが
あるのはこのためだ。
害虫の類だが、飼育を楽しむ文化もある。
世の中には色々な趣味の人々がいるものである。
くねるように素早く歩く様が可愛いらしい。
ちなみに、このくねる姿が
銀色の光沢と相まって魚のようだ
ということで名前に魚の文字が入る。
羽が無いため飛べず、跳躍力もないため、
引っ掛かりのないガラスやプラスチックの
容器に入れておけば逃げ出すことができない。
共食いをせず、縄張り意識もないそうだ。
本邦の気候であれば特に温度や湿度の
管理が必要ないため飼育しやすいのだろう。
なお、天敵は蜘蛛である。
やはり蜘蛛は益虫なのだ。
変態もしない原始的な昆虫である。
二本の長い尾毛と一本の尾糸があるため、
体の後ろに三本の触角があるように見える。
頭側には二本の長い触角を持つ。
古くは雲母虫と書いて きららむしと
呼ばれていたのだが、これは薄く剥がれた
雲母のような見た目をしているためである。
あまり使われないとは思うが、
俳句の夏の季語にもなっている。
変態をしないため、卵から産まれてすぐに
成虫と変わらない姿をしており、
脱皮を繰り返して大きくなる。
この成長は死ぬまで続き、
触角や足を失った場合は
脱皮の際に再生することができる。
さて、紙魚といえば紙を食らうと信じれている。
和紙の表面や、澱粉糊の部分を食うのは確かだが、
よく目にする穴の開いた本などは
死番虫に食われた跡である。
紙魚の仕業だと思われがちだが、
濡れ衣なのだ。
もっとも、和紙は被害に遭う。
また、衣類の繊維を食うという余罪もある。
紙魚ではなく衣魚と書くことが
あるのはこのためだ。
害虫の類だが、飼育を楽しむ文化もある。
世の中には色々な趣味の人々がいるものである。
くねるように素早く歩く様が可愛いらしい。
ちなみに、このくねる姿が
銀色の光沢と相まって魚のようだ
ということで名前に魚の文字が入る。
羽が無いため飛べず、跳躍力もないため、
引っ掛かりのないガラスやプラスチックの
容器に入れておけば逃げ出すことができない。
共食いをせず、縄張り意識もないそうだ。
本邦の気候であれば特に温度や湿度の
管理が必要ないため飼育しやすいのだろう。
なお、天敵は蜘蛛である。
やはり蜘蛛は益虫なのだ。
2018年12月21日金曜日
アルマジロトカゲ
甲冑をまとったかのごときトカゲである。
大きさは両手の平に乗る程度だが、
スケイルメイルのような尖った鱗が威圧的だ。
手足など松ぼっくりのようになっている。
ナミブ砂漠の南の荒野に生息しており、
日中に岩場を徘徊する。
群れで行動することも多いため、
鎧の一団に遭遇する場合もあるだろう。
ただし、体が大きいわけでもないため、
人間のような大きな生き物が近付くと
慌てて岩陰に隠れてしまう。
隠れる場所が無い場合には
アルマジロのように丸まる。
これが名前の由来である。
丸まる際には尾を口にくわえ、
ウロボロスの構えをとる。
簡単に言えばドーナツ状だ。
トカゲだが卵は産まず、胎生である。
岩の荒野では卵のリスクが高いのだろう。
ゴツゴツした見た目だがトカゲの中でも
特に可愛らしい顔つきをしている。
爬虫類が苦手という者もいるだろうが、
どちらかといえば好きという程度でも
アルマジロトカゲは可愛い部類だと思うだろう。
そのため、ペットとして飼育されることが多い。
砂漠に近い気候で暮らしているため、
寒暖差に強く育てやすい面もある。
しかし、忘れてはいけない。
絶滅が危惧されている種である。
ペットとして人気が高いために乱獲されるのだ。
群れを形成することも仇となり、
一度に何匹も捕らえられてしまう。
ちなみに現地で食用にされている
という話は聞かない。
爬虫類は比較的美味な生き物だが、
アルマジロトカゲは食べるには
鱗の処理に手間がかかり、
食べられる部分も少ないと思われる。
他に食用になる生き物も多いため、
わざわざ狩猟対象にはしなかったのだろう。
ちなみに本邦で見ることのできる
動物園もあるが、数は少ない。
丸まる姿が見られるわけでもないのが
残念なところである。
ここはおとなしく動画や写真で我慢しておこう。
大きさは両手の平に乗る程度だが、
スケイルメイルのような尖った鱗が威圧的だ。
手足など松ぼっくりのようになっている。
ナミブ砂漠の南の荒野に生息しており、
日中に岩場を徘徊する。
群れで行動することも多いため、
鎧の一団に遭遇する場合もあるだろう。
ただし、体が大きいわけでもないため、
人間のような大きな生き物が近付くと
慌てて岩陰に隠れてしまう。
隠れる場所が無い場合には
アルマジロのように丸まる。
これが名前の由来である。
丸まる際には尾を口にくわえ、
ウロボロスの構えをとる。
簡単に言えばドーナツ状だ。
トカゲだが卵は産まず、胎生である。
岩の荒野では卵のリスクが高いのだろう。
ゴツゴツした見た目だがトカゲの中でも
特に可愛らしい顔つきをしている。
爬虫類が苦手という者もいるだろうが、
どちらかといえば好きという程度でも
アルマジロトカゲは可愛い部類だと思うだろう。
そのため、ペットとして飼育されることが多い。
砂漠に近い気候で暮らしているため、
寒暖差に強く育てやすい面もある。
しかし、忘れてはいけない。
絶滅が危惧されている種である。
ペットとして人気が高いために乱獲されるのだ。
群れを形成することも仇となり、
一度に何匹も捕らえられてしまう。
ちなみに現地で食用にされている
という話は聞かない。
爬虫類は比較的美味な生き物だが、
アルマジロトカゲは食べるには
鱗の処理に手間がかかり、
食べられる部分も少ないと思われる。
他に食用になる生き物も多いため、
わざわざ狩猟対象にはしなかったのだろう。
ちなみに本邦で見ることのできる
動物園もあるが、数は少ない。
丸まる姿が見られるわけでもないのが
残念なところである。
ここはおとなしく動画や写真で我慢しておこう。
2018年12月20日木曜日
黒曜石
オブシダンと書きたくなるが
オブシディアンが正しい。
あれは文字数の都合でオブシダンと
表記されていたのだと思う。
さて、黒曜石は火山から流れ出た溶岩が
急速に冷え固まり、二酸化珪素を中心に、
酸化アルミニウムとその他の物質が
ガラス質となったものである。
二酸化珪素が七割から八割を占めるため、
天然のガラスと呼んで差し支えないだろう。
名前の通り黒いのだが、含まれるその他の
物質によって様々な色や模様を持つことがある。
鑑賞用としてはそうした変わり種が
重宝されるのだが、古代において
実用品の材料とされたものは
混ざり物の少ない方が上質であった。
黒曜石は綺麗に割ることができるのだが、
その断面はなめらかで、ふちは非常に鋭い。
下手な金属製の刃よりも鋭利であり、
人類の手にした刃物の中で
最も鋭いものと言われることもある。
そう考えるとガラスのつるぎ は
オブシダンソードだったのかもしれない。
ゲームのネタは置いておくとして、
実際に黒曜石は武器の素材として重要であった。
もちろん、刃物として武器以外にも用いられる。
金属器の無かった時代、刃物と言えば黒曜石が
最上のものだったのは言うまでもない。
武器としての黒曜石はまず鏃である。
他の石鏃と比べてその殺傷力は段違いである。
次いで槍の穂先である。
脆いのが少々難点かもしれない。
短刀は護身用に使ったかもしれないが、
武器というよりは高級日用品である。
だいたいの石器文明は時代と共に
低温鉄器や青銅器へと移行していく。
だが、貴金属以外の加工技術を持たなかった
中央アメリカの諸部族はイスパニア人が
大西洋を渡って来るまで黒曜石と燧石を
使い続けていた。
マカナと呼ばれる黒曜石の剣は、
木の板に溝を付け、黒曜石を挟んで作られる。
のこぎりのような見た目になるが、
使い方としては殴りつけて切り裂く。
腕や首を切り飛ばすことだってできた。
黒曜石の矢、槍、剣は上等な武器であり、
特に剣は選ばれた戦士のみが扱うことを許された。
アステカ人が他の部族を圧倒できたのは、
黒曜石の産地を押さえ、
優れた兵器を独占したためだと言える。
黒曜石はどこでも採れるわけではない。
火山から溶岩が流れ出し、
急速に冷えて固まることが生成の条件だ。
世界的に見て北アメリカから中央アメリカに
かけての火山帯は黒曜石の産出地が著しく多い。
次いで多いのが本邦である。
本邦は火山列島のため条件を満たす場所は
多いのだが、残念ながら冒頭で書いたように
純粋な黒曜石ほど価値が高い。
本邦では他の物質が混ざることが多いのだ。
それでも優れた黒曜石の産地はいくつもある。
本邦で採取された黒曜石は大陸にも運ばれ、
シベリアの方面でも見つかっている。
黒曜石はその組成のパターンから、
どこで産出したものなのかを鑑定できるのだ。
驚くべきことに、南アメリカ西岸でも
本邦で産出した石器が見つかっている。
主に翡翠であり黒曜石は少ないが、
いったいどうやったのか交易ルートがあったらしい。
なお、黒曜石の語源は不明だが、
読んで字のごとく黒く輝く石なので、
あまり深く考える必要はなさそうだ。
オブシディアンの語源は
大プリニウスによって紹介されている。
オブシウスという人物がエチオピアで発見したそうだ。
確かにエチオピアは黒曜石の産地として
かなりのものだが、大プリニウスは
何かよくわからないものがあると
大体エチオピアのものと言い出すので当てにならない。
おそらくは大プリニウスが悪いのではなく、
エチオピアでこういうものを見た、聞いたと
彼に報告した人物がいたのだろうとは思うが。
ところで、黒曜石はパワーストーンとして
人気のある鉱物である。
例によってパワーストーンの解説書きを
いくつか探してみたが、やはり人気のある石ほど
荒唐無稽なことが書いてある傾向で間違いなさそうだ。
武器や日用品として用いられた黒曜石だが、
呪物としても優れたものであった。
例えば黒曜石の鏡は金属が利用される以前は
最上級のものであったと言える。
長くなってしまったので
このぐらいで終わりにしておこう。
オブシディアンが正しい。
あれは文字数の都合でオブシダンと
表記されていたのだと思う。
さて、黒曜石は火山から流れ出た溶岩が
急速に冷え固まり、二酸化珪素を中心に、
酸化アルミニウムとその他の物質が
ガラス質となったものである。
二酸化珪素が七割から八割を占めるため、
天然のガラスと呼んで差し支えないだろう。
名前の通り黒いのだが、含まれるその他の
物質によって様々な色や模様を持つことがある。
鑑賞用としてはそうした変わり種が
重宝されるのだが、古代において
実用品の材料とされたものは
混ざり物の少ない方が上質であった。
黒曜石は綺麗に割ることができるのだが、
その断面はなめらかで、ふちは非常に鋭い。
下手な金属製の刃よりも鋭利であり、
人類の手にした刃物の中で
最も鋭いものと言われることもある。
そう考えるとガラスのつるぎ は
オブシダンソードだったのかもしれない。
ゲームのネタは置いておくとして、
実際に黒曜石は武器の素材として重要であった。
もちろん、刃物として武器以外にも用いられる。
金属器の無かった時代、刃物と言えば黒曜石が
最上のものだったのは言うまでもない。
武器としての黒曜石はまず鏃である。
他の石鏃と比べてその殺傷力は段違いである。
次いで槍の穂先である。
脆いのが少々難点かもしれない。
短刀は護身用に使ったかもしれないが、
武器というよりは高級日用品である。
だいたいの石器文明は時代と共に
低温鉄器や青銅器へと移行していく。
だが、貴金属以外の加工技術を持たなかった
中央アメリカの諸部族はイスパニア人が
大西洋を渡って来るまで黒曜石と燧石を
使い続けていた。
マカナと呼ばれる黒曜石の剣は、
木の板に溝を付け、黒曜石を挟んで作られる。
のこぎりのような見た目になるが、
使い方としては殴りつけて切り裂く。
腕や首を切り飛ばすことだってできた。
黒曜石の矢、槍、剣は上等な武器であり、
特に剣は選ばれた戦士のみが扱うことを許された。
アステカ人が他の部族を圧倒できたのは、
黒曜石の産地を押さえ、
優れた兵器を独占したためだと言える。
黒曜石はどこでも採れるわけではない。
火山から溶岩が流れ出し、
急速に冷えて固まることが生成の条件だ。
世界的に見て北アメリカから中央アメリカに
かけての火山帯は黒曜石の産出地が著しく多い。
次いで多いのが本邦である。
本邦は火山列島のため条件を満たす場所は
多いのだが、残念ながら冒頭で書いたように
純粋な黒曜石ほど価値が高い。
本邦では他の物質が混ざることが多いのだ。
それでも優れた黒曜石の産地はいくつもある。
本邦で採取された黒曜石は大陸にも運ばれ、
シベリアの方面でも見つかっている。
黒曜石はその組成のパターンから、
どこで産出したものなのかを鑑定できるのだ。
驚くべきことに、南アメリカ西岸でも
本邦で産出した石器が見つかっている。
主に翡翠であり黒曜石は少ないが、
いったいどうやったのか交易ルートがあったらしい。
なお、黒曜石の語源は不明だが、
読んで字のごとく黒く輝く石なので、
あまり深く考える必要はなさそうだ。
オブシディアンの語源は
大プリニウスによって紹介されている。
オブシウスという人物がエチオピアで発見したそうだ。
確かにエチオピアは黒曜石の産地として
かなりのものだが、大プリニウスは
何かよくわからないものがあると
大体エチオピアのものと言い出すので当てにならない。
おそらくは大プリニウスが悪いのではなく、
エチオピアでこういうものを見た、聞いたと
彼に報告した人物がいたのだろうとは思うが。
ところで、黒曜石はパワーストーンとして
人気のある鉱物である。
例によってパワーストーンの解説書きを
いくつか探してみたが、やはり人気のある石ほど
荒唐無稽なことが書いてある傾向で間違いなさそうだ。
武器や日用品として用いられた黒曜石だが、
呪物としても優れたものであった。
例えば黒曜石の鏡は金属が利用される以前は
最上級のものであったと言える。
長くなってしまったので
このぐらいで終わりにしておこう。
2018年12月19日水曜日
玄武岩
バサルトとも呼ばれる一般的な火成岩である。
火成岩とは火山から噴き出た溶岩が
冷えて固まった岩石のことだ。
その中でも急激に冷えて固まったものを
火山岩と呼び、ゆっくり固まったものを
深成岩と呼ぶ。玄武岩は火山岩である。
玄武岩の成分は主に二酸化珪素である。
シリカと呼ばれる物質で、
石英、つまり水晶と同じものだ。
つまるところガラスである。
玄武岩の場合、二酸化珪素は五割ほどで、
残りに様々な酸化金属が混在している。
色は通常、黒だが、
含まれている成分によっては灰色や
赤みがかった色にもなる。
さて、玄武とは東アジアの呪術において、
北という方角を象徴する霊獣の名である。
玄は黒を意味し、蛇と亀の融合した姿を持ち、
五行では水に対応する。
五行の水は陰中の陰であり、
陰陽の中で最も陰に近いものだ。
このため、玄武は太陰すなわち月の神という
性質も持ち合わせている。
また、亀は長寿、蛇は再生の象徴であり、
不老長寿や冥界とも関連付けられ、
玄天上帝として祀られた例もある。
玄武の武は武具の武である。
鱗と甲羅を身にまとった姿が、
甲冑を想起させたのだろう。
だが、武神としての性質は
北という敵対者である異民族のやってくる
方角が忌避され、信仰を集められず廃れた。
玄武岩に話を戻そう。
実はこの名前、黒く硬いから玄武と
名付けられたわけではない。
本邦において兵庫県の玄武洞に因んで
名付けられたものである。
玄武洞は柱状節理に覆われた洞穴で、
玄武岩の美しさを堪能できる場所だ。
柱状の岩が絡み合う様子が、
鱗と甲羅を想起させ、色も黒かったことから
玄武洞と名付けられた。
そこから玄武岩の名が付いたのだから
親和性が高いのも頷ける。
ところで明治期にこの名が付けられる以前は
何と呼ばれていたのだろうか。
残念ながら寡聞にして知らない。
よくある岩なので、分類などせずに
単に岩だったのだろうか。
バサルトの語源もはっきりしていない。
大プリニウスはエジプト人がエチオピアで発見し、
ベーサナイトと呼んでいたと
嘘か本当か分からないことを書いている。
読み返してみたが大プリニウスは
本当にテキトウなことばかり書いている。
私は少し真面目に書きすぎているかもしれない。
最初はもっと胡散臭い文章を
書き連ねる気であった。
もうすぐ年も変わることだし、
新年からは初心に立ち返ることも検討したい。
火成岩とは火山から噴き出た溶岩が
冷えて固まった岩石のことだ。
その中でも急激に冷えて固まったものを
火山岩と呼び、ゆっくり固まったものを
深成岩と呼ぶ。玄武岩は火山岩である。
玄武岩の成分は主に二酸化珪素である。
シリカと呼ばれる物質で、
石英、つまり水晶と同じものだ。
つまるところガラスである。
玄武岩の場合、二酸化珪素は五割ほどで、
残りに様々な酸化金属が混在している。
色は通常、黒だが、
含まれている成分によっては灰色や
赤みがかった色にもなる。
さて、玄武とは東アジアの呪術において、
北という方角を象徴する霊獣の名である。
玄は黒を意味し、蛇と亀の融合した姿を持ち、
五行では水に対応する。
五行の水は陰中の陰であり、
陰陽の中で最も陰に近いものだ。
このため、玄武は太陰すなわち月の神という
性質も持ち合わせている。
また、亀は長寿、蛇は再生の象徴であり、
不老長寿や冥界とも関連付けられ、
玄天上帝として祀られた例もある。
玄武の武は武具の武である。
鱗と甲羅を身にまとった姿が、
甲冑を想起させたのだろう。
だが、武神としての性質は
北という敵対者である異民族のやってくる
方角が忌避され、信仰を集められず廃れた。
玄武岩に話を戻そう。
実はこの名前、黒く硬いから玄武と
名付けられたわけではない。
本邦において兵庫県の玄武洞に因んで
名付けられたものである。
玄武洞は柱状節理に覆われた洞穴で、
玄武岩の美しさを堪能できる場所だ。
柱状の岩が絡み合う様子が、
鱗と甲羅を想起させ、色も黒かったことから
玄武洞と名付けられた。
そこから玄武岩の名が付いたのだから
親和性が高いのも頷ける。
ところで明治期にこの名が付けられる以前は
何と呼ばれていたのだろうか。
残念ながら寡聞にして知らない。
よくある岩なので、分類などせずに
単に岩だったのだろうか。
バサルトの語源もはっきりしていない。
大プリニウスはエジプト人がエチオピアで発見し、
ベーサナイトと呼んでいたと
嘘か本当か分からないことを書いている。
読み返してみたが大プリニウスは
本当にテキトウなことばかり書いている。
私は少し真面目に書きすぎているかもしれない。
最初はもっと胡散臭い文章を
書き連ねる気であった。
もうすぐ年も変わることだし、
新年からは初心に立ち返ることも検討したい。
2018年12月18日火曜日
ダルナビル
エイズの治療薬である。
詳しくはないのだが、アフリカの都市や
地形を紹介する中でエイズ禍のことに
幾度も触れ気になったので調べたことを記す。
エイズとは後天性免疫不全症候群、
つまり免疫細胞がウイルスによって破壊され、
体の免疫が機能しなくなる病である。
エイズは不治の病として知られている。
実際に現在でも完治は困難で、
かつては治療薬も無く絶望的な病気だった。
そんな中、治療薬が発見される。
元々抗がん剤であったジドブジンという薬に、
ヒト免疫不全ウイルスの増殖を抑制する
効果があることが分かったのだ。
発見したのはアメリカの製薬会社
バローズ・ウエルカムに勤めていた
本邦の教授である。
存命のため敢えて名前は挙げないことにする。
ちょっと調べればすぐに分かることでもある。
ジドブジンは製薬会社によって特許が取られ、
高額な薬として販売されるようになった。
エイズ罹患者の多くは富裕層ではない。
つまり、必要な人々には手の出せない薬だったのだ。
教授はこの件について怒ったと言われている。
だが、彼はただ者ではなかった。
新たな治療薬をふたつも開発してしまったのである。
ダルナビルは第三のエイズ治療薬である。
教授はこの薬を発展途上国が特許料を
払わずに使えるよう国際的な機関に登録した。
治療薬の普及により、エイズ禍の蔓延している地域の
人々の平均寿命は大幅に伸びた。
まだまだ根絶には程遠いが、
人類はヒト免疫不全ウイルスに対して
抵抗することができるようになったのである。
ウイルスの進化は速い。
薬への耐性を獲得してしまう。
おそらく教授は今でも
新たな治療薬の開発を進めているのだろう。
いずれ人類史に残る偉大な人物として
その名が記録されることになるに違いない。
詳しくはないのだが、アフリカの都市や
地形を紹介する中でエイズ禍のことに
幾度も触れ気になったので調べたことを記す。
エイズとは後天性免疫不全症候群、
つまり免疫細胞がウイルスによって破壊され、
体の免疫が機能しなくなる病である。
エイズは不治の病として知られている。
実際に現在でも完治は困難で、
かつては治療薬も無く絶望的な病気だった。
そんな中、治療薬が発見される。
元々抗がん剤であったジドブジンという薬に、
ヒト免疫不全ウイルスの増殖を抑制する
効果があることが分かったのだ。
発見したのはアメリカの製薬会社
バローズ・ウエルカムに勤めていた
本邦の教授である。
存命のため敢えて名前は挙げないことにする。
ちょっと調べればすぐに分かることでもある。
ジドブジンは製薬会社によって特許が取られ、
高額な薬として販売されるようになった。
エイズ罹患者の多くは富裕層ではない。
つまり、必要な人々には手の出せない薬だったのだ。
教授はこの件について怒ったと言われている。
だが、彼はただ者ではなかった。
新たな治療薬をふたつも開発してしまったのである。
ダルナビルは第三のエイズ治療薬である。
教授はこの薬を発展途上国が特許料を
払わずに使えるよう国際的な機関に登録した。
治療薬の普及により、エイズ禍の蔓延している地域の
人々の平均寿命は大幅に伸びた。
まだまだ根絶には程遠いが、
人類はヒト免疫不全ウイルスに対して
抵抗することができるようになったのである。
ウイルスの進化は速い。
薬への耐性を獲得してしまう。
おそらく教授は今でも
新たな治療薬の開発を進めているのだろう。
いずれ人類史に残る偉大な人物として
その名が記録されることになるに違いない。
2018年12月17日月曜日
ヴィクトリア湖
アフリカ最大の湖である。
なんと琵琶湖の百倍の広さがある。
本来の名はニアンザ湖、もしくはウケレウェ湖だ。
イギリス人探検家に「発見」された際に、
当時の女王に因んで名づけられた。
ナイル川の源流のひとつだが
この湖に流れ込む川があるので
真の源流ではない。
なお、この湖から流れ出す川は
ナイル川のみであるため、
ナイル川の一部としてその長さに計上されている。
アフリカ大地溝帯に囲まれており
周囲が隆起したために窪地となったことで
形成されたと考えられている。
このため周辺のタンガニーカ湖や
マラウイ湖とは異なり水深がとても浅い。
浅いのだが、赤道直下であり、
水温が高く嵐が起きやすく、
突風も吹きやすいため船の事故が後を絶たない。
事故の発生率と死亡率で言えば、
世界最悪の部類に入るらしい。
ついでに言えば、漁師は女性の仲買人に
魚を卸すのだが、その際に性交渉を
要求できるという慣習が存在する。
そういう文化なので、とやかく言う気はないが、
この慣習が原因でエイズ禍が広がっているのだ。
やはり、アフリカは辛い土地である。
さて、ヴィクトリア湖に話を戻そう。
この湖には多数の川から水が流れ込んでおり、
栄養素が豊富である。
また、はるか昔に形成された古代湖でもあるため、
多くの固有種の存在する豊かな生態系を持つ。
だが、食用に持ち込まれた外来魚によって
その生態系は破壊されつつある。
もっとも、外来魚であるナイルパーチの
輸出がなければ湖周辺の住民の生計は立ち行かない。
また、同じく外来魚のティラピアは
住民の重要な食料である。
栄養に富んだ水質と書いたが、
ものには限度というものがある。
人間の生活水準が上がったことで発生する
生活排水が流れ込み、栄養過剰となり、
赤潮の発生や藻の異常発生が問題となっている。
前述のナイルパーチによる
藻を食べる魚の激減も原因の一つである。
環境破壊が続けば頼みの綱の
ナイルパーチも獲れなくなってしまう。
藻を食べる魚だけの環境に商品となる大型肉食魚を
放流した結果、生態系が破壊され、藻の異常繁殖を
招き、肉食魚も生きていけなくなりつつある。
これが、この湖で起こっていることである。
生態系も経済圏も共倒れの未来が待っている。
どうにかする手立てはあるのだろうか。
きっと懸命に最善策を模索している人々が
いるのだろうとは思うが、
私にはどうしたら良いか皆目見当もつかない。
ヴィクトリア湖のナイルパーチの輸出が止まれば、
本邦でも白身魚フライの価格が
もしかしたら上がるかもしれない。
現地の人々の問題と比べれば些細ではある。
ちなみにヴィクトリア湖には人に寄生する
住血吸虫が多数生息しているため、
水に入ることや生水の利用は推奨できない。
アフリカはやはり辛い土地だ。
痛感しているので二度書いた。
追記
ナイルパーチを燻製に加工するための
燃料として森林伐採まで進んでいるらしい。
なんと琵琶湖の百倍の広さがある。
本来の名はニアンザ湖、もしくはウケレウェ湖だ。
イギリス人探検家に「発見」された際に、
当時の女王に因んで名づけられた。
ナイル川の源流のひとつだが
この湖に流れ込む川があるので
真の源流ではない。
なお、この湖から流れ出す川は
ナイル川のみであるため、
ナイル川の一部としてその長さに計上されている。
アフリカ大地溝帯に囲まれており
周囲が隆起したために窪地となったことで
形成されたと考えられている。
このため周辺のタンガニーカ湖や
マラウイ湖とは異なり水深がとても浅い。
浅いのだが、赤道直下であり、
水温が高く嵐が起きやすく、
突風も吹きやすいため船の事故が後を絶たない。
事故の発生率と死亡率で言えば、
世界最悪の部類に入るらしい。
ついでに言えば、漁師は女性の仲買人に
魚を卸すのだが、その際に性交渉を
要求できるという慣習が存在する。
そういう文化なので、とやかく言う気はないが、
この慣習が原因でエイズ禍が広がっているのだ。
やはり、アフリカは辛い土地である。
さて、ヴィクトリア湖に話を戻そう。
この湖には多数の川から水が流れ込んでおり、
栄養素が豊富である。
また、はるか昔に形成された古代湖でもあるため、
多くの固有種の存在する豊かな生態系を持つ。
だが、食用に持ち込まれた外来魚によって
その生態系は破壊されつつある。
もっとも、外来魚であるナイルパーチの
輸出がなければ湖周辺の住民の生計は立ち行かない。
また、同じく外来魚のティラピアは
住民の重要な食料である。
栄養に富んだ水質と書いたが、
ものには限度というものがある。
人間の生活水準が上がったことで発生する
生活排水が流れ込み、栄養過剰となり、
赤潮の発生や藻の異常発生が問題となっている。
前述のナイルパーチによる
藻を食べる魚の激減も原因の一つである。
環境破壊が続けば頼みの綱の
ナイルパーチも獲れなくなってしまう。
藻を食べる魚だけの環境に商品となる大型肉食魚を
放流した結果、生態系が破壊され、藻の異常繁殖を
招き、肉食魚も生きていけなくなりつつある。
これが、この湖で起こっていることである。
生態系も経済圏も共倒れの未来が待っている。
どうにかする手立てはあるのだろうか。
きっと懸命に最善策を模索している人々が
いるのだろうとは思うが、
私にはどうしたら良いか皆目見当もつかない。
ヴィクトリア湖のナイルパーチの輸出が止まれば、
本邦でも白身魚フライの価格が
もしかしたら上がるかもしれない。
現地の人々の問題と比べれば些細ではある。
ちなみにヴィクトリア湖には人に寄生する
住血吸虫が多数生息しているため、
水に入ることや生水の利用は推奨できない。
アフリカはやはり辛い土地だ。
痛感しているので二度書いた。
追記
ナイルパーチを燻製に加工するための
燃料として森林伐採まで進んでいるらしい。
2018年12月16日日曜日
タンガニーカ湖
二人のイギリス人探検家が
ナイル川の源流を探して東岸から
内陸へと分け入った。
彼らはウジジ湖と呼ばれる広大な湖を発見、
そこで一人は体調を崩しもう一人は
更なる探検に出てニアンザ湖を発見した。
ニアンザ湖を発見した探検家はこれこそが
ナイルの源流であると主張したが、
残された探検家はウジジ湖だと主張する。
真相を究明すべく、
ディヴィッド・リヴィングストンが
現地へと赴いた。
リヴィングストンは暗黒大陸と呼ばれた
アフリカの内陸部を調査して回り、
空白の地図を埋めた偉大な探検家である。
だが、リヴィングストンはウジジ湖が
ナイルの源流ではない可能性が
高いことを突き止めたところで
その冒険の生涯を終える。
さて、このウジジ湖は現在
タンガニーカ湖と呼ばれている。
アフリカ大地溝帯にできた非常に深い湖で、
地球上で二番目に古い古代湖だという。
この湖は地形と気候の関係で温度変化に乏しい。
このため、水温による対流が起こらず、
水は水温毎に層を成したまま流動しない。
このため、深層水は酸素に乏しく、
化石水とまで呼ばれ、
ほとんど生物のいない環境となっている。
だが、定期的に吹く強い風によって
深い層の水が上層へと上がって来ることがある。
その際に、湖底に沈んだ栄養素が運ばれる。
この栄養素がプランクトンを発生させ、
それを食べる生き物が栄えることになる。
遥か昔に造成されたこの湖には
他の水域では見られない固有種が
多数生息しているのだ。
ちなみに、冒頭で述べたもうひとつの湖
ニアンザ湖はヴィクトリア湖と呼ばれている。
ナイル川の源流を探して東岸から
内陸へと分け入った。
彼らはウジジ湖と呼ばれる広大な湖を発見、
そこで一人は体調を崩しもう一人は
更なる探検に出てニアンザ湖を発見した。
ニアンザ湖を発見した探検家はこれこそが
ナイルの源流であると主張したが、
残された探検家はウジジ湖だと主張する。
真相を究明すべく、
ディヴィッド・リヴィングストンが
現地へと赴いた。
リヴィングストンは暗黒大陸と呼ばれた
アフリカの内陸部を調査して回り、
空白の地図を埋めた偉大な探検家である。
だが、リヴィングストンはウジジ湖が
ナイルの源流ではない可能性が
高いことを突き止めたところで
その冒険の生涯を終える。
さて、このウジジ湖は現在
タンガニーカ湖と呼ばれている。
アフリカ大地溝帯にできた非常に深い湖で、
地球上で二番目に古い古代湖だという。
この湖は地形と気候の関係で温度変化に乏しい。
このため、水温による対流が起こらず、
水は水温毎に層を成したまま流動しない。
このため、深層水は酸素に乏しく、
化石水とまで呼ばれ、
ほとんど生物のいない環境となっている。
だが、定期的に吹く強い風によって
深い層の水が上層へと上がって来ることがある。
その際に、湖底に沈んだ栄養素が運ばれる。
この栄養素がプランクトンを発生させ、
それを食べる生き物が栄えることになる。
遥か昔に造成されたこの湖には
他の水域では見られない固有種が
多数生息しているのだ。
ちなみに、冒頭で述べたもうひとつの湖
ニアンザ湖はヴィクトリア湖と呼ばれている。
2018年12月15日土曜日
マラウイ湖
明かりを意味する名を持つ広大な湖である。
ニアサ湖とも呼ばれるが、
ニアサとは湖を意味するため重言となる。
アフリカ大地溝帯の裂け目に
水が流れ込み形成された湖で、
深さ大きさ共に屈指のものだ。
ザンベジ川の水源でもある。
この湖を初めて訪れたヨーロッパ人は
ディヴィッド・リヴィングストンであり、
彼は暗黒大陸と呼ばれたアフリカ南部の内陸部を
探索して回った名うての探検家である。
マラウイ湖には口の中で卵を育てる魚などが
千にも届く種類生息しており、固有種も多い。
この湖の魚たちは卵の扱いについては
非常に独特の進化を遂げている。
湖のガラパゴスと呼ばれることもある。
この湖に生息する貝類は
人にも寄生する住血吸虫を
保有しているものが多い。
住血吸虫はマラウイ湖を泳ぎ回っており、
皮膚から人間の体内に入り込む。
つまり、この湖に入ることは危険である。
マラウイ湖でのダイビングは色とりどりの魚が
見られるとあって人気なのだが、
こんな落とし穴が潜んでいるのだ。
もっとも、泳がずとも生水に触れるだけで
寄生される可能性が存在する。
実は観光客の減少を恐れるマラウイ政府によって
長らくこの事実は隠蔽されていた。
マラウイ湖に住血吸虫はいないということに
なっていたため、各種旅行ガイドにも
そのように書かれていた。
このため、無防備に泳ぐ外国人は数知れない。
もっとも、住血吸虫はこの湖固有の存在ではなく、
アフリカ南部の淡水にはよくいるため、
マラウイ湖だけが危険なわけではない。
恐怖を煽ってしまったが、
住血吸虫病はフラジカンテルという薬で治せるため、
マラリアと比べればそれほど脅威ではない。
現地人は普通にこの水を飲み、調理に使い、
洗濯に使い、体を洗う。
ちなみに住血吸虫は一応アフリカ以外にも
生息しており、各地で死者を出している。
本邦にも存在したのだが撲滅に成功している。
聞くところによると住血吸虫を完全に
駆逐した国は今のところ本邦だけらしい。
住血吸虫の話ばかりしてしまったが、
マラウイ湖は魅力的な場所である。
特に前述のように独特の進化を遂げた
魚たちの生態は非常に面白い。
凄まじい規模の蚊柱が立つことでも有名だ。
蚊といえばマラリアの被害も多いので
注意されたし。
結局風土病の話になってしまったが、
アフリカ旅行へ行くのなら
どのみち病への対策は大前提となる。
知っておいて損はないだろう。
ニアサ湖とも呼ばれるが、
ニアサとは湖を意味するため重言となる。
アフリカ大地溝帯の裂け目に
水が流れ込み形成された湖で、
深さ大きさ共に屈指のものだ。
ザンベジ川の水源でもある。
この湖を初めて訪れたヨーロッパ人は
ディヴィッド・リヴィングストンであり、
彼は暗黒大陸と呼ばれたアフリカ南部の内陸部を
探索して回った名うての探検家である。
マラウイ湖には口の中で卵を育てる魚などが
千にも届く種類生息しており、固有種も多い。
この湖の魚たちは卵の扱いについては
非常に独特の進化を遂げている。
湖のガラパゴスと呼ばれることもある。
この湖に生息する貝類は
人にも寄生する住血吸虫を
保有しているものが多い。
住血吸虫はマラウイ湖を泳ぎ回っており、
皮膚から人間の体内に入り込む。
つまり、この湖に入ることは危険である。
マラウイ湖でのダイビングは色とりどりの魚が
見られるとあって人気なのだが、
こんな落とし穴が潜んでいるのだ。
もっとも、泳がずとも生水に触れるだけで
寄生される可能性が存在する。
実は観光客の減少を恐れるマラウイ政府によって
長らくこの事実は隠蔽されていた。
マラウイ湖に住血吸虫はいないということに
なっていたため、各種旅行ガイドにも
そのように書かれていた。
このため、無防備に泳ぐ外国人は数知れない。
もっとも、住血吸虫はこの湖固有の存在ではなく、
アフリカ南部の淡水にはよくいるため、
マラウイ湖だけが危険なわけではない。
恐怖を煽ってしまったが、
住血吸虫病はフラジカンテルという薬で治せるため、
マラリアと比べればそれほど脅威ではない。
現地人は普通にこの水を飲み、調理に使い、
洗濯に使い、体を洗う。
ちなみに住血吸虫は一応アフリカ以外にも
生息しており、各地で死者を出している。
本邦にも存在したのだが撲滅に成功している。
聞くところによると住血吸虫を完全に
駆逐した国は今のところ本邦だけらしい。
住血吸虫の話ばかりしてしまったが、
マラウイ湖は魅力的な場所である。
特に前述のように独特の進化を遂げた
魚たちの生態は非常に面白い。
凄まじい規模の蚊柱が立つことでも有名だ。
蚊といえばマラリアの被害も多いので
注意されたし。
結局風土病の話になってしまったが、
アフリカ旅行へ行くのなら
どのみち病への対策は大前提となる。
知っておいて損はないだろう。
2018年12月14日金曜日
マダガスカル島
アフリカ南部の東側洋上に浮かぶ
とても大きな島である。
アフリカとはモザンビーク海峡を挟み
位置的にかなり近い関係にあるが、
一線を画す部分が存在する。
この島は遥か太古の昔には
インド亜大陸と接していたのだが、
いわゆる大陸移動により現在の位置に
移動してきたのだ。
マダガスカルにしか生息していない
動物は多いが、彼らと近い生き物は
インドや東南アジアに存在し、
アフリカの動物とは近しくない。
これだけでもなかなか興味深いことだが、
ここに住む人間もまた、
特殊な経緯を持つ。
モザンビーク海峡を越えるのは海洋技術
という点で言うとそこまで難しいことでは
ないのだが、アフリカ南東部の住民は
この島になかなか進出しなかった。
巨大で緑あふれるこの島は
なんと長らく無人島だったのだ。
確実な定住の証拠となると、
本邦ではもう平安期に
入ってからのことになる。
しかもだ、この島にはインド洋を越えて
東南アジアからやってきた人々が住み着いた。
マダガスカル語はボルネオ島の言語に近く、
住民の遺伝子はインドネシアの人々と
共通する染色体を持つ。
東南アジアからマダガスカル島まで、
一体どのような経緯を経て
住民が移動したのだろうか。
新天地を探し求めたのか、
望まずに辿り着いてしまったのか、
おそらく知られざるドラマがあるはずだ。
話が前後するが、マダガスカルには
固有の動植物が多数生息している。
カメレオンやキツネザルなど、
折に触れて紹介していきたい。
さて、最後にレムリア大陸のことを話したい。
アトランティス、ムーと並ぶ幻の大陸だ。
インド洋にはかつてマダガスカルから
スリランカまで繋がる大陸が存在したが、
海に沈んでしまったという説があった。
マダガスカルとアフリカの生物の違い、
マダガスカルとインドの生物の共通点、
このふたつを説明するために考えられた説だ。
大陸移動説によって否定されたが、
アトランティスなど海に沈んだ大陸の存在を
信じる者たちにとっては
マダガスカル島は説を補強する拠り所であった。
ただし、レムリア大陸の位置については、
オカルティストの間でも意見の相違があり、
生物学者の言うレムリア大陸とは
別物と言っても良い。
レムリアについてはいずれ
独立した項目で語りたい。
ちなみに、レムリアの名の由来は
マダガスカル島に棲む
キツネザルを指すレムールである。
とても大きな島である。
アフリカとはモザンビーク海峡を挟み
位置的にかなり近い関係にあるが、
一線を画す部分が存在する。
この島は遥か太古の昔には
インド亜大陸と接していたのだが、
いわゆる大陸移動により現在の位置に
移動してきたのだ。
マダガスカルにしか生息していない
動物は多いが、彼らと近い生き物は
インドや東南アジアに存在し、
アフリカの動物とは近しくない。
これだけでもなかなか興味深いことだが、
ここに住む人間もまた、
特殊な経緯を持つ。
モザンビーク海峡を越えるのは海洋技術
という点で言うとそこまで難しいことでは
ないのだが、アフリカ南東部の住民は
この島になかなか進出しなかった。
巨大で緑あふれるこの島は
なんと長らく無人島だったのだ。
確実な定住の証拠となると、
本邦ではもう平安期に
入ってからのことになる。
しかもだ、この島にはインド洋を越えて
東南アジアからやってきた人々が住み着いた。
マダガスカル語はボルネオ島の言語に近く、
住民の遺伝子はインドネシアの人々と
共通する染色体を持つ。
東南アジアからマダガスカル島まで、
一体どのような経緯を経て
住民が移動したのだろうか。
新天地を探し求めたのか、
望まずに辿り着いてしまったのか、
おそらく知られざるドラマがあるはずだ。
話が前後するが、マダガスカルには
固有の動植物が多数生息している。
カメレオンやキツネザルなど、
折に触れて紹介していきたい。
さて、最後にレムリア大陸のことを話したい。
アトランティス、ムーと並ぶ幻の大陸だ。
インド洋にはかつてマダガスカルから
スリランカまで繋がる大陸が存在したが、
海に沈んでしまったという説があった。
マダガスカルとアフリカの生物の違い、
マダガスカルとインドの生物の共通点、
このふたつを説明するために考えられた説だ。
大陸移動説によって否定されたが、
アトランティスなど海に沈んだ大陸の存在を
信じる者たちにとっては
マダガスカル島は説を補強する拠り所であった。
ただし、レムリア大陸の位置については、
オカルティストの間でも意見の相違があり、
生物学者の言うレムリア大陸とは
別物と言っても良い。
レムリアについてはいずれ
独立した項目で語りたい。
ちなみに、レムリアの名の由来は
マダガスカル島に棲む
キツネザルを指すレムールである。
2018年12月13日木曜日
マカディカディ塩湖
雪原のように塩の原が広がる広大な土地である。
塩湖と呼ばれているが、
乾季には完全に干上がることになる。
観光が可能なのもこの時期で、
雨季にはこの場所へ至る道すらも
水没するため見に行くのは難しい。
ボツワナに広がるカラハリ砂漠は
盆地となっているのだが、
その最も低い部分はオカバンゴと
呼ばれる湿地帯である。
オカバンゴの中でも特に
低い場所がマカディカディである。
この地域は太古の昔には海であり、
周囲が陸地となり、砂漠となり、
干上がったことでマカディカディに
濃い塩分が残された。
乾季のマカディカディには人間が
観光や塩の採取にやってくる。
雨季になると水と塩分を求めて
様々な動物がやってくる。
ヌー、モモイロペリカン、フラミンゴ、
ダチョウ、様々な渡り鳥、
とにかく色々な動物が訪れる。
なお、マカディカディを観光するなら
朝焼けと夕焼けの時刻が特に美しい。
これらを見るための宿泊施設もあるので、
もし旅行に行くのなら試してみるといいだろう。
塩湖と呼ばれているが、
乾季には完全に干上がることになる。
観光が可能なのもこの時期で、
雨季にはこの場所へ至る道すらも
水没するため見に行くのは難しい。
ボツワナに広がるカラハリ砂漠は
盆地となっているのだが、
その最も低い部分はオカバンゴと
呼ばれる湿地帯である。
オカバンゴの中でも特に
低い場所がマカディカディである。
この地域は太古の昔には海であり、
周囲が陸地となり、砂漠となり、
干上がったことでマカディカディに
濃い塩分が残された。
乾季のマカディカディには人間が
観光や塩の採取にやってくる。
雨季になると水と塩分を求めて
様々な動物がやってくる。
ヌー、モモイロペリカン、フラミンゴ、
ダチョウ、様々な渡り鳥、
とにかく色々な動物が訪れる。
なお、マカディカディを観光するなら
朝焼けと夕焼けの時刻が特に美しい。
これらを見るための宿泊施設もあるので、
もし旅行に行くのなら試してみるといいだろう。
2018年12月12日水曜日
テーブルマウンテン
ケープタウンの背後にそびえ立つ
頂上が広く平らな山である。
他の地域にある似た形状の地形も
テーブルマウンテンと呼ばれるが、
単にこう呼んだ場合はケープのものを指す。
その威容は海からでも眺めることが可能で、
まるで巨大な砦か城壁でもあるように見える。
すぐ傍らにはライオンヘッドと呼ばれる
岩山もあり、好対照を成す。
ここは世界有数の観光スポットである。
日々世界中から多くの観光客が訪れる。
ほとんど垂直にも見える崖は
ごつごつと岩がせり出し、
登ることが可能なルートがいくつも存在する。
もちろん、この地を訪れれば
それらの登攀ルートに挑戦可能だ。
ただし、それはロッククライミング同然である。
手掛かりや足掛かりには事欠かないが、
素人には非常に厳しい道のりだ。
道と呼んで良いのなら。
もちろん命の保証は無い。
頂上に上ればそこにはごろごろと岩が転がり、
隙間から草の覗くだだっ広い平原が存在する。
山頂でありながら、まっ平らで広いのだ。
しかも雲と同じ高さである。
まさに天上の世界だ。
振り返れば大西洋の青と空の青が広がり、
眼下にはケープの街並が敷き詰められている。
厳しい崖登りを果たした者だけが見られる絶景、
というわけではない。
至れり尽くせり全周囲見渡し可能な
ロープウェイが存在する。
絶景を楽しみながら雲海の上へと
悠々登ることが可能である。
これが文明の力だ。
そして、山頂のロープウェイ発着場付近には
お洒落なカフェや土産物屋が存在する。
絶景を楽しみながら南アフリカワインを
飲むことだって可能だ。
だが、ワインを飲んだら下りは必ず
ロープウェイを使うことだ。
崖は登るより下る方が危険である。
酔って試みるなど自殺に等しい。
ちなみにテーブルの上には
ダッシーという愛称で親しまれている
ハイラックスという小動物が暮らしている。
他ではあまり見ないような顔つきの
愛らしい動物だ。
もちろん、そこに生える植物も独特である。
実はこの頂上の植物の種類は
ブリテン島の植物の種類より多い。
一見するとちょっとした草しかない荒地だが、
実に多様な生物圏が形成されているのだ。
ケープタウンは見所の多い街である。
アフリカ旅行をするのなら
この地を訪れテーブルマウンテンに登る
ことを目的にしてもいいのではないだろうか。
頂上が広く平らな山である。
他の地域にある似た形状の地形も
テーブルマウンテンと呼ばれるが、
単にこう呼んだ場合はケープのものを指す。
その威容は海からでも眺めることが可能で、
まるで巨大な砦か城壁でもあるように見える。
すぐ傍らにはライオンヘッドと呼ばれる
岩山もあり、好対照を成す。
ここは世界有数の観光スポットである。
日々世界中から多くの観光客が訪れる。
ほとんど垂直にも見える崖は
ごつごつと岩がせり出し、
登ることが可能なルートがいくつも存在する。
もちろん、この地を訪れれば
それらの登攀ルートに挑戦可能だ。
ただし、それはロッククライミング同然である。
手掛かりや足掛かりには事欠かないが、
素人には非常に厳しい道のりだ。
道と呼んで良いのなら。
もちろん命の保証は無い。
頂上に上ればそこにはごろごろと岩が転がり、
隙間から草の覗くだだっ広い平原が存在する。
山頂でありながら、まっ平らで広いのだ。
しかも雲と同じ高さである。
まさに天上の世界だ。
振り返れば大西洋の青と空の青が広がり、
眼下にはケープの街並が敷き詰められている。
厳しい崖登りを果たした者だけが見られる絶景、
というわけではない。
至れり尽くせり全周囲見渡し可能な
ロープウェイが存在する。
絶景を楽しみながら雲海の上へと
悠々登ることが可能である。
これが文明の力だ。
そして、山頂のロープウェイ発着場付近には
お洒落なカフェや土産物屋が存在する。
絶景を楽しみながら南アフリカワインを
飲むことだって可能だ。
だが、ワインを飲んだら下りは必ず
ロープウェイを使うことだ。
崖は登るより下る方が危険である。
酔って試みるなど自殺に等しい。
ちなみにテーブルの上には
ダッシーという愛称で親しまれている
ハイラックスという小動物が暮らしている。
他ではあまり見ないような顔つきの
愛らしい動物だ。
もちろん、そこに生える植物も独特である。
実はこの頂上の植物の種類は
ブリテン島の植物の種類より多い。
一見するとちょっとした草しかない荒地だが、
実に多様な生物圏が形成されているのだ。
ケープタウンは見所の多い街である。
アフリカ旅行をするのなら
この地を訪れテーブルマウンテンに登る
ことを目的にしてもいいのではないだろうか。
2018年12月11日火曜日
モシオトゥニャ
ザンビアとジンバブエの国境にある
巨大な滝である。
ザンビアの名の由来でもあるザンベジ川の
途中に突如として現れる。
山の無い平地に存在するため、
ヨーロッパ人は初めはその存在を疑った。
頑強な玄武岩と脆い砂岩の層が侵食によって削られ、
大きな峡谷ができたことで生まれた滝だと考えられる。
イギリスの探検家デイヴィッド・リヴィングストンに
よって初めてヨーロッパに紹介されたため、
彼の名は周辺に多く残されている。
ザンビア側の街の名前もリヴィングストンである。
リヴィングストンは当時の女王ヴィクトリアの名を
この滝に冠し、ヨーロッパのどこよりも
美しい景色だと評した。
なお、リヴィングストンは暗黒大陸と呼ばれた
アフリカの探検を劇的に進めた人物で、
内陸部の地図が作成されたのは
彼の功績によるところが大きい。
しかし、彼の開拓した経路を利用したのは
奴隷商人たちであった。
内陸部の住民が新たな奴隷の供給源となったのだ。
なお、モシオトゥニャ、
正確にはモーシ・オワ・トゥーニャは
雷鳴の轟く水煙という意味である。
雨季には凄まじい量の水が滝壺に流れ込み、
勢いで水煙が上空に噴き上がる。
下から上に雨が降っていると言われるほどだ。
夜にはこの噴き上がる水が月明かりに虹を作りだす。
美しい光景ではあるが、この時期に
滝本体を見ることは困難である。
滝壺に至っては乾季になって
ようやく見ることができる。
乾季には悪魔のプールと呼ばれる
滝の縁の水勢の緩やかな場所で
遊泳することも可能だが、
度々死者が出ているので試すなら覚悟が必要だ。
さて、このイグアスの滝と並んで世界最大級の
規模を持つ滝は、当然のことながら
世界屈指の人気観光地である。
ザンビアもジンバブエも観光収入のために
宿泊施設や交通網の整備に躍起になった。
それ故に環境へ与えた悪影響も大きく、
野生動物やゴミの投棄の問題への
取り組みが遅ればせながら行われている。
自然の景観の中で死ぬまでに一度は
見ておきたいと言われる場所は数多あるが、
この滝が数え上げられるのは私も妥当だと思う。
アフリカ南部内陸という難易度の高い場所だが、
前述の通りインフラが整備されているため、
現地に着いてから比較的楽に辿り着ける。
大自然を満喫するために海外旅行に行きたいが
どこにするか決めかねているというのであれば、
モシオトゥニャを見に行くというのは
とても良い考えである。
巨大な滝である。
ザンビアの名の由来でもあるザンベジ川の
途中に突如として現れる。
山の無い平地に存在するため、
ヨーロッパ人は初めはその存在を疑った。
頑強な玄武岩と脆い砂岩の層が侵食によって削られ、
大きな峡谷ができたことで生まれた滝だと考えられる。
イギリスの探検家デイヴィッド・リヴィングストンに
よって初めてヨーロッパに紹介されたため、
彼の名は周辺に多く残されている。
ザンビア側の街の名前もリヴィングストンである。
リヴィングストンは当時の女王ヴィクトリアの名を
この滝に冠し、ヨーロッパのどこよりも
美しい景色だと評した。
なお、リヴィングストンは暗黒大陸と呼ばれた
アフリカの探検を劇的に進めた人物で、
内陸部の地図が作成されたのは
彼の功績によるところが大きい。
しかし、彼の開拓した経路を利用したのは
奴隷商人たちであった。
内陸部の住民が新たな奴隷の供給源となったのだ。
なお、モシオトゥニャ、
正確にはモーシ・オワ・トゥーニャは
雷鳴の轟く水煙という意味である。
雨季には凄まじい量の水が滝壺に流れ込み、
勢いで水煙が上空に噴き上がる。
下から上に雨が降っていると言われるほどだ。
夜にはこの噴き上がる水が月明かりに虹を作りだす。
美しい光景ではあるが、この時期に
滝本体を見ることは困難である。
滝壺に至っては乾季になって
ようやく見ることができる。
乾季には悪魔のプールと呼ばれる
滝の縁の水勢の緩やかな場所で
遊泳することも可能だが、
度々死者が出ているので試すなら覚悟が必要だ。
さて、このイグアスの滝と並んで世界最大級の
規模を持つ滝は、当然のことながら
世界屈指の人気観光地である。
ザンビアもジンバブエも観光収入のために
宿泊施設や交通網の整備に躍起になった。
それ故に環境へ与えた悪影響も大きく、
野生動物やゴミの投棄の問題への
取り組みが遅ればせながら行われている。
自然の景観の中で死ぬまでに一度は
見ておきたいと言われる場所は数多あるが、
この滝が数え上げられるのは私も妥当だと思う。
アフリカ南部内陸という難易度の高い場所だが、
前述の通りインフラが整備されているため、
現地に着いてから比較的楽に辿り着ける。
大自然を満喫するために海外旅行に行きたいが
どこにするか決めかねているというのであれば、
モシオトゥニャを見に行くというのは
とても良い考えである。
2018年12月10日月曜日
ザンジバル
タンザニア連合共和国を構成する
ザンジバルの首都である。
ザンジバル諸島はウングジャ島とペンバ島を
中心とした島々で、ザンジバルは
ウングジャ島東部に位置する港町だ。
サラセン商人たちがアフリカの富を求めて
アフリカ沿岸を南下する途中、
補給港が必要となり建設された。
大陸には各部族の王国やテリトリーがあり、
サラセン人の街は脅かされる可能性があったが、
沖合の島であればその恐れは少ない。
こうした経緯からザンジバルは建設され、
アフリカ東岸貿易の拠点となる。
一時、喜望峰を回ってやってきたポルトガルに
奪われることになるが、ヤアーリバ朝オマーンが
ポルトガルを撃破してザンジバルを掌握した。
その後オマーンは内乱が続き、
ザンジバル諸島のほとんどの都市が
その機に乗じて独立したが、
ザンジバルはオマーンに属し続けた。
ザンジバルのこの貢献は首都に
昇格されるという結果を生み出す。
サイード大王の治世にはアフリカ東岸の
海洋覇権を握り、多くの富を集めた。
大王の死後オマーンとザンジバルは分裂し、
後にザンジバルはイギリスによって
攻め落とされてしまう。
イギリスからの独立を果たした時には
まだスルタン国であったが、アラブ人の支配を
よく思わない住民たちが革命を起こし、
現在に至る。
ザンジバルはサイード大王が築いた石の都であり、
旧市街はストーンタウンと呼ばれて
人気のある観光地である。
聖ヨセフ大聖堂はイギリス植民地となってから
建てられたものだが、石造りの正統派
ゴシック建築であり、景観に溶け込んでいる。
マスジドはシンプルなものばかりで、
目を引くのはバグ・ムハルミのミナレットの
高さぐらいのものだろう。
ザンジバル料理の主食は米である。
ココナッツミルクと多くの香辛料で
シーフードカレーを仕立て上げる。
なお、ザンジバルは高級香辛料である
クローブの産地だ。
ザンジバルの富の源泉である。
サイード大王が導入し、
大規模栽培がおこなわれるように
なったと言われている。
現在でもクローブは主要な輸出品であり、
観光業と並んでザンジバル経済を
牽引している。
ちなみに、ザンジバルとタンガニーカに
よって構成されるタンザニアは、
どちらの側も産品と観光地に恵まれ、
良好な経済状況となっている。
ザンジバルの首都である。
ザンジバル諸島はウングジャ島とペンバ島を
中心とした島々で、ザンジバルは
ウングジャ島東部に位置する港町だ。
サラセン商人たちがアフリカの富を求めて
アフリカ沿岸を南下する途中、
補給港が必要となり建設された。
大陸には各部族の王国やテリトリーがあり、
サラセン人の街は脅かされる可能性があったが、
沖合の島であればその恐れは少ない。
こうした経緯からザンジバルは建設され、
アフリカ東岸貿易の拠点となる。
一時、喜望峰を回ってやってきたポルトガルに
奪われることになるが、ヤアーリバ朝オマーンが
ポルトガルを撃破してザンジバルを掌握した。
その後オマーンは内乱が続き、
ザンジバル諸島のほとんどの都市が
その機に乗じて独立したが、
ザンジバルはオマーンに属し続けた。
ザンジバルのこの貢献は首都に
昇格されるという結果を生み出す。
サイード大王の治世にはアフリカ東岸の
海洋覇権を握り、多くの富を集めた。
大王の死後オマーンとザンジバルは分裂し、
後にザンジバルはイギリスによって
攻め落とされてしまう。
イギリスからの独立を果たした時には
まだスルタン国であったが、アラブ人の支配を
よく思わない住民たちが革命を起こし、
現在に至る。
ザンジバルはサイード大王が築いた石の都であり、
旧市街はストーンタウンと呼ばれて
人気のある観光地である。
聖ヨセフ大聖堂はイギリス植民地となってから
建てられたものだが、石造りの正統派
ゴシック建築であり、景観に溶け込んでいる。
マスジドはシンプルなものばかりで、
目を引くのはバグ・ムハルミのミナレットの
高さぐらいのものだろう。
ザンジバル料理の主食は米である。
ココナッツミルクと多くの香辛料で
シーフードカレーを仕立て上げる。
なお、ザンジバルは高級香辛料である
クローブの産地だ。
ザンジバルの富の源泉である。
サイード大王が導入し、
大規模栽培がおこなわれるように
なったと言われている。
現在でもクローブは主要な輸出品であり、
観光業と並んでザンジバル経済を
牽引している。
ちなみに、ザンジバルとタンガニーカに
よって構成されるタンザニアは、
どちらの側も産品と観光地に恵まれ、
良好な経済状況となっている。
2018年12月9日日曜日
ダルエスサラーム
タンガニーカの首都である。
タンガニーカという国名は耳慣れないと思う。
タンザニア連合共和国の構成国だ。
タンザニアはタンガニーカとザンジバルが
連合してできた国であり、
国名もふたつを掛け合わせたものとなっている。
タンザニアの首都はドドマだが、
タンガニーカとザンジバルを敢えて分けて
紹介したいと思う。
とはいえ、ザンジバルは独自の政府が
運営しているが、タンガニーカはタンザニアの
政府によって統治されている。
客観的に見ればタンザニアという国があり、
その一部であるザンジバルが
自治権を有しているようにも見える。
ところで、タンザニアの首都ドドマは
ダルエスサラームからの機能移転が進んでおらず、
未だに実質的な首都はダルエスサラームである。
これも、ドドマではなく
ダルエスサラームを紹介する理由だ。
さて、ダルエスサラームを建設したのは
ザンジバルのスルタン国であった。
ダール・アッサラーム、平和の地という意味で、
サラセン商人やインド商人の拠点として、
アフリカ南東部貿易の要となっていた。
現在のダルエスサラームだが、
広大なスラムが存在し、約七割の住民が
不法に居住していると言われている。
対して海沿いの市街地には
高級マンションが立ち並び、
富裕層が住んでいる。
国内の貧しい地域、外国からの
労働者が流入し続ける
貧富の差が激しい街なのだ。
ムスリムの国だがカトリックの
聖ヨセフ都市大聖堂が存在する。
ドイツ統治時代に建てられたため、
ドイツ式コロニアル様式が特徴的だ。
つまりメルヘンチックな教会なのだ。
白壁にオレンジと黒の屋根、
そして青が差し色となっており、
なかなか印象的な建物だ。
シュリーサンタンダルマ寺院という
ヒンドゥー教の寺院もある。
シュリーとはインドの女神ラクシュミの
ことで、サンタニダルマとは
永遠の法を意味する。
吉祥天女に捧げる永遠の法の協同体と
無理矢理訳してもいいが、
なんとも怪しげな雰囲気なので
シュリーサンタンダルマ寺院と紹介しておく。
マスジドはたくさんあるのだが
観光向きなのはマスジドマームールだろうか。
内装が非常に豪華である。
各宗教の施設を紹介するだけで
紙面を食ってしまうわけだが、
今後はこの書き方を工夫した方がいいかもしれない。
食べ物はキャッサバやトウモロコシから
作る餅が主食で、アラブとインドの影響の強い
料理が食べられている。
しかし、何より良質なコーヒーの
産地として知られている。
ただし、コーヒーは輸出がメインで、
現地の人々は茶を好む。
もちろん甘くして飲む。
また、ムスリムの多い国だが、
アラブ人以外は酒を嗜み、
バナナビールやコニャギなど、
ユニークな酒を楽しめる。
このようにタンガニーカは魅力的な土地なのだが、
ダルエスサラームは観光客が見て回るには
向いていない街だ。
ホテルのある高級な地域から出ない方がいいだろう。
観光そのものはンゴロンゴロやセレンゲティ、
キリマンジャロなど大自然を楽しむべき場所だ。
私としては野生動物を見るよりも、
ダルエスサラームで古い建物を見て回りたい。
もちろん、自然に魅力を感じないのではなく、
文化の方により食指が動くという話だ。
タンガニーカという国名は耳慣れないと思う。
タンザニア連合共和国の構成国だ。
タンザニアはタンガニーカとザンジバルが
連合してできた国であり、
国名もふたつを掛け合わせたものとなっている。
タンザニアの首都はドドマだが、
タンガニーカとザンジバルを敢えて分けて
紹介したいと思う。
とはいえ、ザンジバルは独自の政府が
運営しているが、タンガニーカはタンザニアの
政府によって統治されている。
客観的に見ればタンザニアという国があり、
その一部であるザンジバルが
自治権を有しているようにも見える。
ところで、タンザニアの首都ドドマは
ダルエスサラームからの機能移転が進んでおらず、
未だに実質的な首都はダルエスサラームである。
これも、ドドマではなく
ダルエスサラームを紹介する理由だ。
さて、ダルエスサラームを建設したのは
ザンジバルのスルタン国であった。
ダール・アッサラーム、平和の地という意味で、
サラセン商人やインド商人の拠点として、
アフリカ南東部貿易の要となっていた。
現在のダルエスサラームだが、
広大なスラムが存在し、約七割の住民が
不法に居住していると言われている。
対して海沿いの市街地には
高級マンションが立ち並び、
富裕層が住んでいる。
国内の貧しい地域、外国からの
労働者が流入し続ける
貧富の差が激しい街なのだ。
ムスリムの国だがカトリックの
聖ヨセフ都市大聖堂が存在する。
ドイツ統治時代に建てられたため、
ドイツ式コロニアル様式が特徴的だ。
つまりメルヘンチックな教会なのだ。
白壁にオレンジと黒の屋根、
そして青が差し色となっており、
なかなか印象的な建物だ。
シュリーサンタンダルマ寺院という
ヒンドゥー教の寺院もある。
シュリーとはインドの女神ラクシュミの
ことで、サンタニダルマとは
永遠の法を意味する。
吉祥天女に捧げる永遠の法の協同体と
無理矢理訳してもいいが、
なんとも怪しげな雰囲気なので
シュリーサンタンダルマ寺院と紹介しておく。
マスジドはたくさんあるのだが
観光向きなのはマスジドマームールだろうか。
内装が非常に豪華である。
各宗教の施設を紹介するだけで
紙面を食ってしまうわけだが、
今後はこの書き方を工夫した方がいいかもしれない。
食べ物はキャッサバやトウモロコシから
作る餅が主食で、アラブとインドの影響の強い
料理が食べられている。
しかし、何より良質なコーヒーの
産地として知られている。
ただし、コーヒーは輸出がメインで、
現地の人々は茶を好む。
もちろん甘くして飲む。
また、ムスリムの多い国だが、
アラブ人以外は酒を嗜み、
バナナビールやコニャギなど、
ユニークな酒を楽しめる。
このようにタンガニーカは魅力的な土地なのだが、
ダルエスサラームは観光客が見て回るには
向いていない街だ。
ホテルのある高級な地域から出ない方がいいだろう。
観光そのものはンゴロンゴロやセレンゲティ、
キリマンジャロなど大自然を楽しむべき場所だ。
私としては野生動物を見るよりも、
ダルエスサラームで古い建物を見て回りたい。
もちろん、自然に魅力を感じないのではなく、
文化の方により食指が動くという話だ。
2018年12月8日土曜日
リロングウェ
マラウイ湖で知られるマラウイの首都である。
マラウイ湖は大地溝帯に川からの水が
流れ込んでできている非常に深さのある
長大な湖である。
マラウイ湖の権利を巡っての確執はあるものの、
この国は戦争と無縁であり、アフリカの温かい心
と呼ばれることのある平和の地だ。
鉱物資源に恵まれず、漁業と農業で人々は暮らし、
灌漑設備への投資もできていないため、
旱魃に襲われることも多い。
インフラ整備も滞り、電力は安定しない。
つまり、貧しい国なのだが、
なんとも平和で牧歌的である。
多民族国家であり、言語も統一されておらず、
エイズ禍にも見舞われているが、
人々はのんびりと暮らしている。
そんなマラウイの首都リロングウェは
当然、田舎町である。
無計画な拡大を続けた結果、
住所の番地が秩序だっておらず、
道も曲がりくねり大変迷いやすい街だ。
観光名所など無い。
マスジドは面白い形をしているが、
古びたテーマパークの入り口のような風情だ。
ちなみにマラウイはプロテスタントが多く、
ムスリムは少数派である。
マウラ大聖堂は質実剛健な建物で、
一見すると教会には見えない。
完全な憶測だが、もしかすると
元は砦の一部だったのかもしれない。
武骨な外観とは裏腹に、内部はアフリカらしい
内装の質素だが華やかな大聖堂である。
マラウイ料理の主食はトウモロコシを練った
ンシマであり、おかずにはピーナッツや
トマトがよく使われる。
だが、なんといってもマラウイ湖で獲れる
魚だろう。ほとんどはシクリッドである。
治安も良いため旅行に向いているが、
マラウイ湖でダイビングがしたいなど、
明確な目的が無ければわざわざ
行く必要があるとも思えない。
のんびり牧歌的な雰囲気を楽しみたいのなら、
治安が最高の国である本邦国内の
田舎を満喫するといいだろう。
マラウイ湖は大地溝帯に川からの水が
流れ込んでできている非常に深さのある
長大な湖である。
マラウイ湖の権利を巡っての確執はあるものの、
この国は戦争と無縁であり、アフリカの温かい心
と呼ばれることのある平和の地だ。
鉱物資源に恵まれず、漁業と農業で人々は暮らし、
灌漑設備への投資もできていないため、
旱魃に襲われることも多い。
インフラ整備も滞り、電力は安定しない。
つまり、貧しい国なのだが、
なんとも平和で牧歌的である。
多民族国家であり、言語も統一されておらず、
エイズ禍にも見舞われているが、
人々はのんびりと暮らしている。
そんなマラウイの首都リロングウェは
当然、田舎町である。
無計画な拡大を続けた結果、
住所の番地が秩序だっておらず、
道も曲がりくねり大変迷いやすい街だ。
観光名所など無い。
マスジドは面白い形をしているが、
古びたテーマパークの入り口のような風情だ。
ちなみにマラウイはプロテスタントが多く、
ムスリムは少数派である。
マウラ大聖堂は質実剛健な建物で、
一見すると教会には見えない。
完全な憶測だが、もしかすると
元は砦の一部だったのかもしれない。
武骨な外観とは裏腹に、内部はアフリカらしい
内装の質素だが華やかな大聖堂である。
マラウイ料理の主食はトウモロコシを練った
ンシマであり、おかずにはピーナッツや
トマトがよく使われる。
だが、なんといってもマラウイ湖で獲れる
魚だろう。ほとんどはシクリッドである。
治安も良いため旅行に向いているが、
マラウイ湖でダイビングがしたいなど、
明確な目的が無ければわざわざ
行く必要があるとも思えない。
のんびり牧歌的な雰囲気を楽しみたいのなら、
治安が最高の国である本邦国内の
田舎を満喫するといいだろう。
2018年12月7日金曜日
モロニ
ンジャジジャ島西部に位置する
コモロ連合の首都である。
コモロ連合はンジャジジャ島、ンズワニ島、
ムワリ島といくつもの小島からなるが、
コモロ諸島にはもうひとつ大きなマオレ島がある。
マオレ島はフランス領であり、
コモロ連合はこの島の領有権を主張している。
傍から見ればマオレ島だけ
フランスの海外領土というのは
不自然な状態のように見える。
ちなみにこのマオレ島は
フランス語ではマヨット島である。
三島は平等な立場にあることになっているが、
首都のあるンジャジジャ島の権力が強く、
ンズワニとムワリには独立を望む者が少なくない。
議会も連合派と各島の自治権強化を求める
連邦派に分かれており、島同士の対立が窺える。
バニラ、クローブ、イランイランなど価値のある
商品の輸出国ではあるが、産物の多様性は低く、
農業偏重の産業構造であり、教育水準も低い。
このため貧しい国のひとつであり、
外国からの援助に頼るところが大きい。
さて、そんなコモロ連合の首都モロニだが、
田舎の港町である。
ちょっとお洒落な田舎の漁村と言っても
あながち言い過ぎとは言えないかもしれない。
つまり、都会ではないのだ。
コモロはイスラム教が主流の国であり、
モロニにも大マスジドがある。
白いちょっとした城館といった風情で、
イスラム建築らしくはない。
そして、それ以外の見所は無い。
いわゆる南の島なので、リゾートの海を
楽しむ目的で行く場所である。
料理はサモサやクスクスなど、
ほとんどアラビア料理で、キャッサバや
バナナが辛うじてアラブらしくない部分だろう。
新鮮な海の幸にたっぷりのスパイスという
料理なので美味いものにはありつける。
ただ、南の島を楽しむのであれば、
わざわざコモロ諸島まで行く必要もないため、
本邦からの観光はいまひとつお勧めできない。
ああ、ひとつ、忘れていた。
コモロ諸島近海ではシーラカンスがよく網にかかる。
シーラカンスが見たいのなら行く価値はあるだろう。
コモロ連合の首都である。
コモロ連合はンジャジジャ島、ンズワニ島、
ムワリ島といくつもの小島からなるが、
コモロ諸島にはもうひとつ大きなマオレ島がある。
マオレ島はフランス領であり、
コモロ連合はこの島の領有権を主張している。
傍から見ればマオレ島だけ
フランスの海外領土というのは
不自然な状態のように見える。
ちなみにこのマオレ島は
フランス語ではマヨット島である。
三島は平等な立場にあることになっているが、
首都のあるンジャジジャ島の権力が強く、
ンズワニとムワリには独立を望む者が少なくない。
議会も連合派と各島の自治権強化を求める
連邦派に分かれており、島同士の対立が窺える。
バニラ、クローブ、イランイランなど価値のある
商品の輸出国ではあるが、産物の多様性は低く、
農業偏重の産業構造であり、教育水準も低い。
このため貧しい国のひとつであり、
外国からの援助に頼るところが大きい。
さて、そんなコモロ連合の首都モロニだが、
田舎の港町である。
ちょっとお洒落な田舎の漁村と言っても
あながち言い過ぎとは言えないかもしれない。
つまり、都会ではないのだ。
コモロはイスラム教が主流の国であり、
モロニにも大マスジドがある。
白いちょっとした城館といった風情で、
イスラム建築らしくはない。
そして、それ以外の見所は無い。
いわゆる南の島なので、リゾートの海を
楽しむ目的で行く場所である。
料理はサモサやクスクスなど、
ほとんどアラビア料理で、キャッサバや
バナナが辛うじてアラブらしくない部分だろう。
新鮮な海の幸にたっぷりのスパイスという
料理なので美味いものにはありつける。
ただ、南の島を楽しむのであれば、
わざわざコモロ諸島まで行く必要もないため、
本邦からの観光はいまひとつお勧めできない。
ああ、ひとつ、忘れていた。
コモロ諸島近海ではシーラカンスがよく網にかかる。
シーラカンスが見たいのなら行く価値はあるだろう。
2018年12月6日木曜日
アンタナナリヴ
マダガスカル共和国の首都である。
千の町という意味であり、
タナナリヴやタナと略される。
マダガスカルはモザンビーク海峡を挟んで
アフリカの沖合に存在する島だが、
住民は東南アジアの血を引く。
マダガスカルは大きな島であり、
海外との交流も少なかったことから、
そこに住む者たちの多くは長らく
島自体の呼称を持たなかった。
先祖の土地を意味するタニンヂャザナという
呼び名が、現在では美称として時折使われる。
マダガスカルはマルコ・ポーロの
勘違いから生まれた名前である。
彼はサラセン人から南の海に
マダゲイスカーという場所があると
伝え聞いたという。
これはソマリアのモガディシュ港のこと
だったのだが、ポーロはこれを
島だと思い込んだ。
後に喜望峰を回ってやってきたポルトガル人は、
マダガスカル島を発見し、これこそが
ポーロの言っていたマダゲイスカーに
違いないと考えたのだ。
さて、アンタナナリヴは元々青い森という
意味のアナラマンガという村であった。
マダガスカル統一を果たしたメリナ王国が
この地に都市を建設し、後に首都とする。
以来、フランスの植民地時代も独立後も
マダガスカルの首都である。
街の見所は王国時代の
マンジャカミアディナ宮殿だろう。
丘の上に佇んでいるが、
実は火災によって内装は失われている。
宮殿のある丘からは街が一望でき、
植民地時代に近代化が進んだ
煉瓦造りの家々が立ち並んでいる。
アンドハロ大聖堂はフランス流の
端正なゴシック建築であり、
ヨーロッパのものと比べても遜色がない。
インフラもある程度整備されているのだが、
残念ながら治安が悪い。
アフリカ南部のくくりで言えば良い方だが、
旅先として人気のマダガスカルの首都
ということもあり、観光客狙いの犯罪が多い。
ただし、食事は悪くない。
東南アジアに起源を持つ米を主食とした料理は
アフリカ文化と融合し、南国の香りを漂わせ、
フランスによって洗練された。
コーヒーの自生地であることから
カフェ文化も根強く、
ハーブティーも人気が高い。
酒に関しても種類が豊富で、
ピルスナー、ワイン、ラム酒など、
いい酒が多いが輸出はほとんどしていない。
本邦で言うところの酒の肴も充実している。
ちなみに、海外ではいわゆる つまみ は
概念が存在しない場所が多い。
酒と言えば食事中に水代わりに飲むか、
食事とは無関係に酒だけを飲むもの
という地域の方が圧倒的に多い。
つまり、異邦人にとって酒肴という文化は
馴染みが無いケースが多いのだ。
ゆえに居酒屋が観光客に人気なのである。
話が逸れたが、マダガスカルは
独自の生態系を持つ自然を満喫できる
観光地だが、このように酒と食事を
楽しむこともできるのだ。
治安は気になるが、都市部にも立ち寄って
舌を喜ばせるといいだろう。
千の町という意味であり、
タナナリヴやタナと略される。
マダガスカルはモザンビーク海峡を挟んで
アフリカの沖合に存在する島だが、
住民は東南アジアの血を引く。
マダガスカルは大きな島であり、
海外との交流も少なかったことから、
そこに住む者たちの多くは長らく
島自体の呼称を持たなかった。
先祖の土地を意味するタニンヂャザナという
呼び名が、現在では美称として時折使われる。
マダガスカルはマルコ・ポーロの
勘違いから生まれた名前である。
彼はサラセン人から南の海に
マダゲイスカーという場所があると
伝え聞いたという。
これはソマリアのモガディシュ港のこと
だったのだが、ポーロはこれを
島だと思い込んだ。
後に喜望峰を回ってやってきたポルトガル人は、
マダガスカル島を発見し、これこそが
ポーロの言っていたマダゲイスカーに
違いないと考えたのだ。
さて、アンタナナリヴは元々青い森という
意味のアナラマンガという村であった。
マダガスカル統一を果たしたメリナ王国が
この地に都市を建設し、後に首都とする。
以来、フランスの植民地時代も独立後も
マダガスカルの首都である。
街の見所は王国時代の
マンジャカミアディナ宮殿だろう。
丘の上に佇んでいるが、
実は火災によって内装は失われている。
宮殿のある丘からは街が一望でき、
植民地時代に近代化が進んだ
煉瓦造りの家々が立ち並んでいる。
アンドハロ大聖堂はフランス流の
端正なゴシック建築であり、
ヨーロッパのものと比べても遜色がない。
インフラもある程度整備されているのだが、
残念ながら治安が悪い。
アフリカ南部のくくりで言えば良い方だが、
旅先として人気のマダガスカルの首都
ということもあり、観光客狙いの犯罪が多い。
ただし、食事は悪くない。
東南アジアに起源を持つ米を主食とした料理は
アフリカ文化と融合し、南国の香りを漂わせ、
フランスによって洗練された。
コーヒーの自生地であることから
カフェ文化も根強く、
ハーブティーも人気が高い。
酒に関しても種類が豊富で、
ピルスナー、ワイン、ラム酒など、
いい酒が多いが輸出はほとんどしていない。
本邦で言うところの酒の肴も充実している。
ちなみに、海外ではいわゆる つまみ は
概念が存在しない場所が多い。
酒と言えば食事中に水代わりに飲むか、
食事とは無関係に酒だけを飲むもの
という地域の方が圧倒的に多い。
つまり、異邦人にとって酒肴という文化は
馴染みが無いケースが多いのだ。
ゆえに居酒屋が観光客に人気なのである。
話が逸れたが、マダガスカルは
独自の生態系を持つ自然を満喫できる
観光地だが、このように酒と食事を
楽しむこともできるのだ。
治安は気になるが、都市部にも立ち寄って
舌を喜ばせるといいだろう。
2018年12月5日水曜日
ハラレ
アフリカ南部の内陸国
ジンバブエの首都である。
圧政者として悪名高きムガベ大統領が
支配していた国だが、
彼は白人支配への抵抗の英雄でもあった。
大統領就任直後は
ジンバブエの奇跡と呼ばれるほどの
手腕を見せている。
しかし、その後過激な政策をいくつも打ち出し、
経済を大混乱へと陥れた。
ジンバブエのハイパーインフレーションは
特に有名である。
本邦でも価値のないものという意味合いで
高額のジンバブエドルを会話の上で
持ち出すのを聞いたことがあるだろう。
百兆ジンバブエドル札などというものも
実在したのだから驚きである。
なお、ムガベ大統領は去年、
クーデターによって失脚している。
さて、そんなジンバブエの首都ハラレは
元はソールズベーリという名だった。
イギリス南アフリカ会社の探検家が
建造したソールズベリー砦が基礎なのだが、
ソールズベリー侯爵が当時の首相であった
ことに由来する。
ジンバブエ独立二周年の際に、
街の一角の古い地名ハラレが採用され、
正式に改名された。
イングランド植民地であったため
キリスト教の宗派としては聖公会が強いのだが、
最も立派な大聖堂はカトリックのものである。
聖心大聖堂はこの地域にしては珍しい
スタンダードなゴシック建築であり、
鑑賞に耐えうる見事な聖堂だ。
とはいえ、ジンバブエの宗教事情は
土着の宗教が大勢を占めている。
キリスト教徒は半分ということになっているが、
このキリスト教は土着宗教と混じり合っている。
食文化はアフリカ南部の一般的なもので、
主食のトウモロコシ粥はサザと呼ばれる。
マイスビールが飲まれるのも共通だ。
ジンバブエ旅行をするなら
治安の悪い都市での滞在は最小限に抑え、
自然を満喫するのがいいだろう。
ジンバブエの首都である。
圧政者として悪名高きムガベ大統領が
支配していた国だが、
彼は白人支配への抵抗の英雄でもあった。
大統領就任直後は
ジンバブエの奇跡と呼ばれるほどの
手腕を見せている。
しかし、その後過激な政策をいくつも打ち出し、
経済を大混乱へと陥れた。
ジンバブエのハイパーインフレーションは
特に有名である。
本邦でも価値のないものという意味合いで
高額のジンバブエドルを会話の上で
持ち出すのを聞いたことがあるだろう。
百兆ジンバブエドル札などというものも
実在したのだから驚きである。
なお、ムガベ大統領は去年、
クーデターによって失脚している。
さて、そんなジンバブエの首都ハラレは
元はソールズベーリという名だった。
イギリス南アフリカ会社の探検家が
建造したソールズベリー砦が基礎なのだが、
ソールズベリー侯爵が当時の首相であった
ことに由来する。
ジンバブエ独立二周年の際に、
街の一角の古い地名ハラレが採用され、
正式に改名された。
イングランド植民地であったため
キリスト教の宗派としては聖公会が強いのだが、
最も立派な大聖堂はカトリックのものである。
聖心大聖堂はこの地域にしては珍しい
スタンダードなゴシック建築であり、
鑑賞に耐えうる見事な聖堂だ。
とはいえ、ジンバブエの宗教事情は
土着の宗教が大勢を占めている。
キリスト教徒は半分ということになっているが、
このキリスト教は土着宗教と混じり合っている。
食文化はアフリカ南部の一般的なもので、
主食のトウモロコシ粥はサザと呼ばれる。
マイスビールが飲まれるのも共通だ。
ジンバブエ旅行をするなら
治安の悪い都市での滞在は最小限に抑え、
自然を満喫するのがいいだろう。
2018年12月4日火曜日
マプト
マダガスカルの対岸に位置する
モザンビークの首都である。
マプトはポルトガル商人が探検をした土地に
建設された街で、元の名は商人の名である
ロウレンソ・マルケスであった。
モザンビークが独立を果たすと、
街を流れるマプト川から名前を取り、
改名された。
モザンビーク国内のかなり南側に位置する
この港町は、南アフリカとの結びつきが強く、
プレトリアと鉄道が繋がったことで発展した。
だが、独立後は無法地帯となり、
近隣部族がやってきては略奪と破壊を繰り返し、
モザンビーク内戦によって更に破壊された。
今世紀に入ってから復興したが、
インフラや公共施設は未だ整っていない。
元々の都市計画自体は素晴らしく、
整理された区画と広い道、
ポルトガル風の建物と、
残っていたのなら良い観光地であっただろう。
現在は新しい中産階級によって
現代的な建物が次々と建てられているが、
都市としての機能は悪い。
更に悪いことに、スラムが広がっており、
内戦に乗じて集まったまともな戸籍を
持たぬ住民も少なくない。
無原罪の御宿りの聖母大聖堂は
カトリックの大聖堂で、破壊を免れた。
真っ白な高い尖塔を持つ近代的な建築で、
非常に美しいと言っても過言ではない。
伝統的とは言えないが、
新しい国づくりをしていかなければならない
モザンビークに相応しい大聖堂かもしれない。
なお、モザンビーク内戦の爪痕は深く、
国民は貧困にあえいでいる。
エイズ禍も猛威を振るっており、
やはりアフリカ南部は辛いと
思わざるを得ない。
モザンビークの首都である。
マプトはポルトガル商人が探検をした土地に
建設された街で、元の名は商人の名である
ロウレンソ・マルケスであった。
モザンビークが独立を果たすと、
街を流れるマプト川から名前を取り、
改名された。
モザンビーク国内のかなり南側に位置する
この港町は、南アフリカとの結びつきが強く、
プレトリアと鉄道が繋がったことで発展した。
だが、独立後は無法地帯となり、
近隣部族がやってきては略奪と破壊を繰り返し、
モザンビーク内戦によって更に破壊された。
今世紀に入ってから復興したが、
インフラや公共施設は未だ整っていない。
元々の都市計画自体は素晴らしく、
整理された区画と広い道、
ポルトガル風の建物と、
残っていたのなら良い観光地であっただろう。
現在は新しい中産階級によって
現代的な建物が次々と建てられているが、
都市としての機能は悪い。
更に悪いことに、スラムが広がっており、
内戦に乗じて集まったまともな戸籍を
持たぬ住民も少なくない。
無原罪の御宿りの聖母大聖堂は
カトリックの大聖堂で、破壊を免れた。
真っ白な高い尖塔を持つ近代的な建築で、
非常に美しいと言っても過言ではない。
伝統的とは言えないが、
新しい国づくりをしていかなければならない
モザンビークに相応しい大聖堂かもしれない。
なお、モザンビーク内戦の爪痕は深く、
国民は貧困にあえいでいる。
エイズ禍も猛威を振るっており、
やはりアフリカ南部は辛いと
思わざるを得ない。
2018年12月3日月曜日
ヘドロ
水中の泥の中でも特に様々な物質が
混じったものをヘドロと呼ぶ。
カタカナで書かれるが外来語ではなく、
屁泥と書かれることもある。
語源は不明で、反吐と泥の合成語や
灰泥の転訛など色々な説がある。
生活廃水や工業廃水が河川や湾に流れ込み、
泥と混合したものであり、
多くは有害な有機物を含む。
有害物質を含まない場合でも、
水中の酸素を減らす効果があるため、
生物が生存し難い環境を作りだす。
また、含まれる有機物が微生物に
分解される際にメタンガスが発生する。
このメタンがいわゆる温室効果ガスとなるため、
河川や湾だけでなく、地球全体に影響を与える
環境破壊だと懸念する者もいるようだ。
さて、含まれる有害物質であるが、
最も有名なものはダイオキシンだろう。
また、有機物質以外にメチル水銀など
重金属が混ざっていることが多い。
悪臭も酷く、いわゆる どぶ川の臭いの原因だが、
ここ数十年でかなり改善したように思う。
排水規制などが実施された成果だろう。
ヘドロを除去するには直接掬い出す必要がある。
浚われたヘドロは焼くことによって
有機物の無毒化が試みられる。
焼き固めたヘドロは場合によっては
煉瓦として利用されることもあるようだが、
有毒金属が含まれていないか調査が必要だ。
また、有害な物質が含まれていないヘドロは
肥料に加工される例もあるが、
利用は限定的である。
ヘドロからエネルギーを取り出そうという
研究も続けられている。
発生するメタンガスを燃料としたり、
単純に乾燥させたヘドロを燃料としたり、
各国で実用化されている。
面白いのが、ヘドロ電池と呼ばれるもので、
有機物を分解する微生物を利用した発電機構だ。
このヘドロ電池の画期的なところは、
電気を生み出しながらヘドロを単なる泥へと
変えることができる点にある。
ヘドロから電気を生み出し水を浄化する。
公害物質が資源となり得るのだから、
科学の進歩による未来への希望は
まだまだ失ってはならないと思う。
混じったものをヘドロと呼ぶ。
カタカナで書かれるが外来語ではなく、
屁泥と書かれることもある。
語源は不明で、反吐と泥の合成語や
灰泥の転訛など色々な説がある。
生活廃水や工業廃水が河川や湾に流れ込み、
泥と混合したものであり、
多くは有害な有機物を含む。
有害物質を含まない場合でも、
水中の酸素を減らす効果があるため、
生物が生存し難い環境を作りだす。
また、含まれる有機物が微生物に
分解される際にメタンガスが発生する。
このメタンがいわゆる温室効果ガスとなるため、
河川や湾だけでなく、地球全体に影響を与える
環境破壊だと懸念する者もいるようだ。
さて、含まれる有害物質であるが、
最も有名なものはダイオキシンだろう。
また、有機物質以外にメチル水銀など
重金属が混ざっていることが多い。
悪臭も酷く、いわゆる どぶ川の臭いの原因だが、
ここ数十年でかなり改善したように思う。
排水規制などが実施された成果だろう。
ヘドロを除去するには直接掬い出す必要がある。
浚われたヘドロは焼くことによって
有機物の無毒化が試みられる。
焼き固めたヘドロは場合によっては
煉瓦として利用されることもあるようだが、
有毒金属が含まれていないか調査が必要だ。
また、有害な物質が含まれていないヘドロは
肥料に加工される例もあるが、
利用は限定的である。
ヘドロからエネルギーを取り出そうという
研究も続けられている。
発生するメタンガスを燃料としたり、
単純に乾燥させたヘドロを燃料としたり、
各国で実用化されている。
面白いのが、ヘドロ電池と呼ばれるもので、
有機物を分解する微生物を利用した発電機構だ。
このヘドロ電池の画期的なところは、
電気を生み出しながらヘドロを単なる泥へと
変えることができる点にある。
ヘドロから電気を生み出し水を浄化する。
公害物質が資源となり得るのだから、
科学の進歩による未来への希望は
まだまだ失ってはならないと思う。
2018年12月2日日曜日
ラピスラズリ
瑠璃と呼ばれる青い貴石である。
インドでの呼び名ヴェルーリヤが
東方に伝播される際に瑠璃の名へ
変わったと言われている。
ラピスラズリの名は、ラピスはラテン語で石を示し、
ラズリはペルシアのラズワルド鉱山に由来する。
ラズワルドは地名だが、後にアラビア語で
群青色を指す言葉になったのは、
このラピスラズリの色に起因する。
深い青に金色のアクセントのあるこの貴石を
群青の空になぞらえるのは風雅である。
さて、宝石の類は結晶であることが多いのだが、
ラピスラズリは複数の鉱物が混ざり合った石である。
青色の主成分は青金石であり、
含まれる金色の粒は黄鉄鉱である。
他にも藍方石などの鉱物が混然一体となっている。
なお、本邦では非常に稀で、
交易を通して入って来るものも少なかった。
このため、本瑠璃は少なく、
瑠璃色の何かに対して瑠璃の名が
付けられている例が多い。
産出の多い、あるいは流通量の多い地域では
砕いて粉にし、顔料として利用してきた。
ヨーロッパではこの顔料をウルトラマリンと呼ぶ。
合成顔料のような名前だが、
古くから存在する。
これはマリン、すなわち海を超えてやってきた
という意味合いであり、地中海貿易を通じて
もたらされたことを示す。
空の色から海の色へと
イメージが変化しているのが面白い。
パワーストーンとしては価格が
手頃なこともあって非常な人気を誇る。
うたい文句としては
人類が利用した最古の宝石であり、
呪術的な意味で最強の聖石なのだという。
実際にラピスラズリは現在のところ、
確認できる最古の宝飾品に使われており、
各地の伝承でもかなり力のある石とされている。
古代エジプトでも多用されており、
黄金と群青の組み合わせは
エジプトらしいカラーだ。
なので、幸運を呼び込む、邪気を払うなどは
伝統的に言われてきたことでお守りとして
そういった効果を求めるのは良いと思う。
だが、第三の目を開くだの、
カルマを乗り越えるための試練を与えるだの、
一体誰が言い出したのか。
人気のある石ほど色々な場所で突飛なことが
書かれている気がする。
こうしたパワーストーンを取り巻く
俗信を調べ上げ、資料として残しておけば、
後世の民俗学者や宗教学者が喜ぶかもしれない。
インドでの呼び名ヴェルーリヤが
東方に伝播される際に瑠璃の名へ
変わったと言われている。
ラピスラズリの名は、ラピスはラテン語で石を示し、
ラズリはペルシアのラズワルド鉱山に由来する。
ラズワルドは地名だが、後にアラビア語で
群青色を指す言葉になったのは、
このラピスラズリの色に起因する。
深い青に金色のアクセントのあるこの貴石を
群青の空になぞらえるのは風雅である。
さて、宝石の類は結晶であることが多いのだが、
ラピスラズリは複数の鉱物が混ざり合った石である。
青色の主成分は青金石であり、
含まれる金色の粒は黄鉄鉱である。
他にも藍方石などの鉱物が混然一体となっている。
なお、本邦では非常に稀で、
交易を通して入って来るものも少なかった。
このため、本瑠璃は少なく、
瑠璃色の何かに対して瑠璃の名が
付けられている例が多い。
産出の多い、あるいは流通量の多い地域では
砕いて粉にし、顔料として利用してきた。
ヨーロッパではこの顔料をウルトラマリンと呼ぶ。
合成顔料のような名前だが、
古くから存在する。
これはマリン、すなわち海を超えてやってきた
という意味合いであり、地中海貿易を通じて
もたらされたことを示す。
空の色から海の色へと
イメージが変化しているのが面白い。
パワーストーンとしては価格が
手頃なこともあって非常な人気を誇る。
うたい文句としては
人類が利用した最古の宝石であり、
呪術的な意味で最強の聖石なのだという。
実際にラピスラズリは現在のところ、
確認できる最古の宝飾品に使われており、
各地の伝承でもかなり力のある石とされている。
古代エジプトでも多用されており、
黄金と群青の組み合わせは
エジプトらしいカラーだ。
なので、幸運を呼び込む、邪気を払うなどは
伝統的に言われてきたことでお守りとして
そういった効果を求めるのは良いと思う。
だが、第三の目を開くだの、
カルマを乗り越えるための試練を与えるだの、
一体誰が言い出したのか。
人気のある石ほど色々な場所で突飛なことが
書かれている気がする。
こうしたパワーストーンを取り巻く
俗信を調べ上げ、資料として残しておけば、
後世の民俗学者や宗教学者が喜ぶかもしれない。
2018年12月1日土曜日
アマランサス
真っ赤な粟のような もこもこの花を咲かせる
南アメリカ大陸の植物である。
本邦では観賞用として時折みられるが、
あまり知名度の高い植物ではない。
しかし、かつては南アメリカにおいて
主食の地位を占めていた穀物である。
小さな、粟のような種子が食用となるのだが、
味そのものはほとんどなく、
えぐみと強い香りを持つ。
アステカ人はこれを信仰上の重要な
穀物としていたため、キリスト教の布教を
企図していたイスパニア人は
その栽培を禁じてしまった。
トウモロコシという代替品があったとはいえ、
主食である穀物が禁じられるというのは
侵略されることの恐ろしさを感じさせる。
明日から米を食うことを禁じられたら
どう思うだろうか。
前述のようにアマランサスは癖になる味とはいえ
そう美味いものではない。
だが、土壌の塩分や酸性度の影響をあまり受けず、
気温の変化や旱魃に強い非常に丈夫な植物である。
安定供給という面において優れた穀物だ。
このため、大航海時代以降世界中に広まり、
インドでは大規模な栽培がおこなわれた。
本邦でも東北地方の一部では食用として栽培され、
現在でも秋田や岩手の特産品である。
和名はヒユとなるが、
アマランサスの名で流通している。
チャイナではシェンツァイと呼んで
葉と茎を食用としているのだが、
やはり苦みとえぐみが強い。
華僑の多いオーストラリアでは
広東語での呼び方インチョイの名で流通しており、
英語ではチャイニーズスピナッチとも呼ぶ。
スピナッチはほうれん草のことだ。
花からは赤色染料を採ることができ、
色名はそのままアマランサスである。
合成着色料の赤色二号がこの色のため、
アマランサスと呼ばれるが、
原料というわけではない。
近年では健康的な食べ物として
持て囃すメディアもあり、
一部では価格が高騰しているとも聞く。
キヌアもそうだが、こうしたマイナーな雑穀を
体い良いと称して売るやり方というのは、
どうにもいまひとつ健全に感じられない。
とはいえ、せっかく国産品もあることだし、
興味を持ったのなら一度試してみるといいだろう。
癖が強いので雑穀米として炊くのではなく、
炒って何かに少量かけてみるのをお勧めする。
南アメリカ大陸の植物である。
本邦では観賞用として時折みられるが、
あまり知名度の高い植物ではない。
しかし、かつては南アメリカにおいて
主食の地位を占めていた穀物である。
小さな、粟のような種子が食用となるのだが、
味そのものはほとんどなく、
えぐみと強い香りを持つ。
アステカ人はこれを信仰上の重要な
穀物としていたため、キリスト教の布教を
企図していたイスパニア人は
その栽培を禁じてしまった。
トウモロコシという代替品があったとはいえ、
主食である穀物が禁じられるというのは
侵略されることの恐ろしさを感じさせる。
明日から米を食うことを禁じられたら
どう思うだろうか。
前述のようにアマランサスは癖になる味とはいえ
そう美味いものではない。
だが、土壌の塩分や酸性度の影響をあまり受けず、
気温の変化や旱魃に強い非常に丈夫な植物である。
安定供給という面において優れた穀物だ。
このため、大航海時代以降世界中に広まり、
インドでは大規模な栽培がおこなわれた。
本邦でも東北地方の一部では食用として栽培され、
現在でも秋田や岩手の特産品である。
和名はヒユとなるが、
アマランサスの名で流通している。
チャイナではシェンツァイと呼んで
葉と茎を食用としているのだが、
やはり苦みとえぐみが強い。
華僑の多いオーストラリアでは
広東語での呼び方インチョイの名で流通しており、
英語ではチャイニーズスピナッチとも呼ぶ。
スピナッチはほうれん草のことだ。
花からは赤色染料を採ることができ、
色名はそのままアマランサスである。
合成着色料の赤色二号がこの色のため、
アマランサスと呼ばれるが、
原料というわけではない。
近年では健康的な食べ物として
持て囃すメディアもあり、
一部では価格が高騰しているとも聞く。
キヌアもそうだが、こうしたマイナーな雑穀を
体い良いと称して売るやり方というのは、
どうにもいまひとつ健全に感じられない。
とはいえ、せっかく国産品もあることだし、
興味を持ったのなら一度試してみるといいだろう。
癖が強いので雑穀米として炊くのではなく、
炒って何かに少量かけてみるのをお勧めする。
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