アフリカの南端として名高い岬である。
実は最南端は別の岬なのだが、
ここが南端としてよく知られている。
名前についても微妙なところで、
英語ではケープ オブ グッドホープなのだが、
岬であるケープが峰と訳されている。
峰とは山の特に高い部分のことなのだが、
何らかの誤訳でもあったのだろうか。
また、グッドホープは良い意味合いでの
希望と訳すことができるのだが、
何故か喜望という造語が当てられている。
そもそも、発見者のバルトロメウ・ディアスは
この岬にカーボ トルメントソと名付けた。
ポルトガル人はアフリカのどこかにあるという
キリスト教徒の大国、プレスタージョンの国を
探してアフリカの探索を続けていた。
ギニア湾からいくら南下しても左手に
見える陸地は途切れる様子が無い。
だが、いつかアフリカの南端を越えて
東岸に至る航路を見つけられるだろうと
信じて冒険を続けていた。
ナミブ砂漠が途切れ、
再び緑の大地が見え始めた辺りで、
ディアスは二週間にも及ぶ大嵐に遭う。
嵐が去った後、完全に陸地を見失っていた。
当時は沿岸航法といって、陸地が見える距離を
陸伝いに進むのが常道であった。
水や食料も尽きてしまうのでディアスは
とにかく陸地へ戻ろうと東へ進路を取るが、
どこまでも海が続いていた。
おそらくそのまま東へ進み続けていたら、
ディアスの船団には餓死か嵐での沈没という
悲惨な末路が待ち受けていただろう。
そう、南端を越えるほど
南下してしまっていたのだ。
この可能性を疑ったディアスは、
船団の進路を北に向ける。
素晴らしい判断である。
こうして辿り着いたのが喜望峰であった。
九死に一生を得たディアスは、
悲惨な嵐を思い起こし、この岬に嵐の岬、
カーボ トルメントソと名付けた。
しかし、後にポルトガル王によって
東岸への道が切り開かれたことの喜びを称えて
名前の変更が行われた。
カーボ ダ ボア エスペランサ。
英語でケープ オブ グッドホープである。
なお、その後のディアスはベテランの先達として
ヴァスコ・ダ・ガマをヴェルデ岬へと案内している。
また、ペドロ・アルヴァレス・カブラルの
ブラジル探検にも同行した。
さて、喜望峰に話を戻そう。
この地はしばらく単なる南端の目印として、
航路の際に目視されるだけの場所だった。
アフリカ東岸の探索が進むと、
ルアンダからソファラまでの航路の間に
補給港の必要性が議論されるようになる。
そこで白羽の矢が立ったのが喜望峰であり、
ここにケープタウンが建設された。
ところで、喜望峰にはダチョウとペンギンがいる。
飛べない鳥が好きな私としては
この点だけでも非常に興味をそそられる。
それに加えて上記の歴史的意義があり、
更にはケープタウンという大都市があり、
その背後にはテーブルマウンテンが存在する。
これほど冒険心をかきたてられる場所も
そう多くはないのではないだろうか。
南アフリカの治安の悪さが気になる所だが、
ケープは比較的ましだという話も聞くことだし、
いつかケープペンギンを愛でに行きたいと思う。