エスタライヒの首都である。
オーストリアと書くとオーストラリアと
紛らわしいのでエスタライヒと記す。
現地語でエスタライヒあるいは
オスタライヒなのだが、
英語ではオーストリアである。
エーとオーの中間の音が
本邦の言語に存在しないため
エスタなのかオスタなのか判然としないが、
英語話者はこれをオーと判断した。
オースターとは東を意味する。
余談になってしまうがオーストラリアは
アウストラリアであり、
アウストラルは南を意味する。
つまりエストとアウストをどちらも
オーストにしてしまった者が悪い。
ただし、エスタライヒのエーストも
ラテン語で書くとアウストである。
本来の意味ではエストなのだが。
ひとしきり混乱したと思うが、
当のエスタライヒ人も気にしているようで、
表記をオーストリーにしてくれと
大使館から要請があったことがある。
当初は政府もオーストリーを使っていたが、
結局はなぁなぁになり定着しなかった。
オーストリーなどと半端なことを言わずに
エスタライヒと言えば良かったものを。
さて、首都のウィーンだが、
今回は歴史を長々と書くつもりはない。
何故なら区切るのが難しいからだ。
端折るのも容易ではないとベルリンで知った。
神聖ローマ帝国やハプスブルクのことを
書き始めるとややこしいのだ。
ならばいっそのこと全省略することにした。
悪しからず。
ちなみに元々はローマ軍の宿営地
ウィントボナである。
観光情報もインターネット上に
あふれかえっているので省略する。
誰もが憧れる観光地なのだから
いくらでも情報が得られる。
では大聖堂のこと以外に
何を書くのだとなったので
無駄に国名の話をした次第である。
シュテファン大聖堂も観光地として
有名すぎるので今更私が
何を書くのかという気がしないでもない。
とりあえず外観はゴシック様式で
尖塔は世界第三位の高さであり、
内装はバロック様式であるとだけ書いておく。
大聖堂以外の教会も相当なものが揃っている。
ヴォティーフ教会は中でも白眉なので
特記しておこう。
ウィーン料理は多民族国家エスタライヒらしく、
様々な地方の美味いものが混然一体となり、
帝都において洗練された結果である。
ウィーンは東西の交易路の目的地であり、
バルト海と地中海を結ぶ
琥珀街道の中間でもある。
街道の交点には東西南北の産品が集う。
ビザンツ帝国との結びつきによって
東方の香辛料が比較的
容易に手に入ったことも大きい。
歴史があり、名所があり、美味い料理がある。
旅行に当たっては、何日間行けるのか、
どこへ行くのか、いくら使うのか、
綿密な計画が求められる。
ところで次回のヨーロッパ枠はローマなのだが、
ウィーン以上の難所である。
むしろいっそのこと歴史の話だけしてみようか。