北はヨーロッパ、東は西アジア、
南は北アフリカに挟まれた
巨大な地中海である。
地中海には小難しい定義があるのだが、
単純に地中海と言った場合、
十中八九この海のことだ。
メディテラネアとは大地の真ん中という意味で、
ヨーロッパとアフリカに版図を持っていた
ローマ帝国にとっては文字通りの意味であった。
トルコ語では白海と呼ばれており、
これは黒海と対を成す名称である。
厳密には黒海も含む範囲が地中海なのだが、
一般的には黒海及びマルマラ海を
除いた部分を指す。
元々はジブラルタル海峡とダーダルネス海峡以外に
出入り口は無かったが、ミディ運河とスエズ運河に
よりビスケー湾と紅海とも繋がっている。
一説によると、遠い昔にはジブラルタル海峡が
閉じていたこともあるらしい。また、カスピ海も
大昔にはこの海に接続していたそうだ。
人類史にとっては、西洋そのものであり、
この海域で起こった出来事の比重は大きい。
地中海の歴史は語り尽くせないだろう。
地中海という性質上、潮流、波、共に穏やかで、
技術的にあまり発展していない船であっても
容易に航行できたことが文明の揺籃と
なったと言っても良いだろう。
一方、風は強さはともかくとして、
向きが変わりやすく、一定しない。
このため、古代においては多くの櫂を持つ
ガレー船が発展した。
ガレー船はまさに地中海のための船であり、
外洋では波の高さ故に容易に沈没してしまう。
だが、労働力さえ確保できれば風向きに
左右されないガレー船はあまりに便利であり、
これが地中海における帆船の発展を
遅れさせてしまった。
ローマ帝国時代には地中海のすべての沿岸部が
ひとつの国家に属する状態が実現していた。
このことは海上交易の活発化に繋がり、
前述のガレー船の有用性もあり、
ローマの繁栄の主要因と言っても
過言ではないかもしれない。
余談だが、精強を謳われたローマ軍は
海戦ではあまり勝てていない。
海で強かった将軍といえば
アグリッパぐらいしかすぐには思い浮かばない。
さて、そんなローマ帝国も崩壊し、
イスラム帝国が伸長してくると、
地中海は北と南で二分されることになる。
ローマとフェニキアのように、
キリスト教諸国とオスマントルコは
制海権を巡って幾度も衝突した。
本邦とはあまり縁の無さそうな海域だが、
第一次大戦時には本邦から第二特務艦隊が
派遣されており、海軍国としての
存在感を示すことになった。
文明、戦争、経済、およそ人という生き物の
あらゆる活動の舞台である地中海だが、
そのすべてを書き記せるものではない。
後ろ髪を引かれる思いだが、
このぐらいの紹介に留めておこうと思う。