キプロス島に位置するキプロス共和国と
北キプロストルコ共和国の首都である。
地中海の東の奥、トルコのあるアナトリア半島の
南側に位置するキプロス島は、
古い文明の残る土地だ。
首都レフコシアは諸外国からニコシアと呼ばれ、
本邦でもニコシアの方が知名度が高いだろう。
元々はレドラという名の都市国家であったが、
徐々に衰退していった。
そんなレドラを再建したのは、プトレマイオス朝
エジプト創始者プトレマイオスの
息子レフコスであった。
レフコスの名をとってレフコシアと改名した街は、
キプロス島の中心地として栄えるようになる。
海賊の横行によって海岸沿いの港から
この内陸の街に逃げてくる人々が多く、
繁栄は人口増加によるものだ。
オスマントルコが隆盛してからは
帝国に飲み込まれ、後にイギリスに統治される。
反イギリスの闘争を経て、独立国家となるのだが、
ギリシア系住民とトルコ系住民の対立の
根は深く、南北に分断される形になってしまった。
すなわち、南半分はギリシア系のキプロス共和国、
北半分はトルコ系の北キプロストルコ共和国と
なり、現在でも争いの火種がくすぶっている。
分断国家としては珍しいことに、
どちらの国もレフコシアが首都である。
トルコ語ではレフコシャだがほぼ同じだ。
ギリシア軍とトルコ軍の対峙する緊迫した
キプロス情勢だが、そのままではギリシアと
トルコの戦争になってしまうため、
キプロス島には第三者の軍隊が駐留している。
皮肉なことにそれはかつて独立のために
敵として戦ったイギリス軍である。
島の南西と東にアクロティリとデケリアという
街があるのだが、そこがイギリス軍の
駐留基地となっている。
当然住民はイギリスに良い感情を持っていないが、
キプロス紛争再燃の抑止力になっているのは
疑いようもない事実である。
さて、レフコシアの街には面白いことに
ゴシック建築のマスジッドがある。
正教会の聖ソフィア大聖堂がオスマントルコ時代に
セリミエジャーミイというマスジッドに
改築されたもので、二本の塔が追加されている。
なお、ふたつの国の首都であるレフコシアには、
複雑な国境線が敷かれている。
ベルリンの壁のようなものは無く、
入り組んだ建物単位で南北の領域が分かれている。
非常に不思議な光景だ。
キリスト教徒とイスラム教徒、
ギリシア人とトルコ人、
この対立の構図がいつまで続くかはわからない。
イデオロギー対立解消の目途が立たないため、
当面は分断国家として存在し続けるのだろう。