西アフリカを流れる長大な川だ。
大きな川という意味の名を持ち、
各部族の言語でも概ね同じ意味である。
水源はギニアの山中で、ここは比較的
大西洋に近いのだが、流れはアフリカ内陸部、
北東方向へと続いて行く。
源流は非常に雨の多い地域であり、
ニジェール川上流の水量はとても多い。
だが、マリ国内の乾燥地帯を横断する
間に三分の二が蒸発するという。
マリでは高低差が小さいため、
ニジェール川は網の目のように分岐し、
そこにいわゆるデルタを形成する。
このニジェール中流デルタ地帯は
ナイルデルタ同様に、
肥沃な地域として栄えた。
ガーナ王国やソンガイ帝国など、
ニジェールデルタを基盤とした
大国が存在したのだ。
これらの国の情報から、ニジェール川の
存在はアフリカ以外の人々にも知られており、
イブン・バットゥータも訪れている。
しかし、その流れがどこへ向かうのか
知る者はなく、バットゥータも
ナイル川に繋がっていると考えていた。
ニジェール川の終点を探る試みは
幾度も行われたが、乾燥したアフリカ
内陸部を横断する過酷な旅である。
本邦に黒船が来航するような時代になって
ようやく探検が完了したほどだ。
ニジェール川の出口はナイジェリアである。
ギニア湾に注ぐニジェールデルタを
形成している。
つまり、ニジェール川はマリの中央付近で
北東から南東へと向きを変え、
西アフリカをヘの字型に流れているのだ。
ヨーロッパ人はナイジェリアの沿岸部で
ニジェールデルタを見ていたはずだが、
内陸部のニジェール川の河口だとは
思ってもみなかったということになる。
ギニア湾とは縁のなかったサラセン人に
とってもそこは未踏の地であり、
アフリカ誌を著したレオ・アフリカヌス
ですら予想外のことであった。
なお、アフリカ誌の影響から、
黄金の都トンブクトゥを探す機運が高まり、
ヨーロッパ人がニジェール川と
出会うことになったことを付記しておく。
現代の地図で見れば一目瞭然のことだが、
その地図が完成するまでの物語がある
ということに想いを馳せてみるのもいいだろう。