序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2019年3月25日月曜日

イオニア海

イタリア半島南部とバルカン半島に挟まれ、
西にシチリア島が位置する海域である。

おそらく、普通は地中海の一部という
認識しかされないだろう。

実際のところ、わざわざイオニア海に
限定した話をされることは珍しく、
せいぜいイオニア海を渡るフェリーのことを
語る際に出てくる単語という程度かもしれない。

実際、こうして記事を書こうとして
何を書いたら良いか悩んでいるところだ。

しばし、考えた結果、アクティウムの海戦の
ことを書くしかないような気がしてきた。

この戦いは共和制ローマがローマ帝国へと
変わるに当たっての重要な一戦である。

カエサルの後継者オクタウィアヌスには
多くの敵がいたわけだが、ポンペイウスが敗れ、
レピドゥスが失脚したことで、
強敵はアントニウスだけとなった。

突然、ローマ人の名前を羅列してしまったが、
要するに、最初の皇帝アウグストゥスが
政敵を破っていったという話である。

有名なクレオパトラ七世と結んだアントニウスは
エジプト艦隊を率いて決戦に臨んだ。

この時に活躍したのがアウグストゥスの右腕、
名将アグリッパである。

アウグストゥスには戦いの才能が無かったが、
アグリッパを腹心とすることができたことが
彼の生涯を輝かしいものへと変えた。

歴代のローマ海軍は強大であったはずだが、
戦歴を見る限りいまひとつである。
ローマの将軍たちは海戦が苦手だったようだ。

だが、アグリッパはその難しい海戦で
二度の決定的な勝利を収めている。

特に、イオニア海で行われたアクティウムの海戦は、
相手がエジプト海軍を中心とした東方連合艦隊と
いうこともあり、かなり旗色が悪かったはずだ。

だが、結果はアグリッパの完勝である。
湾の封鎖や補給路の寸断など、
しっかりと下準備をした上での圧勝である。

クレオパトラ艦隊が早々に海域を離脱してしまい、
連合艦隊が統率を失ったことも、
単なる運やエジプト海軍の弱さ故ではないだろう。

戦いの結果アントニウスに与していた勢力は
転向し、アントニウスは自刃、クレオパトラも
毒蛇を使って自殺した。

こうして、政敵のいなくなったオクタウィアヌスは
皇帝アウグストゥスとなるのだ。

なお、アグリッパは陸でも強かった。

もし、アグリッパがアウグストゥスに
忠実でなかったならば彼は早々に戦いに敗れて
皇帝になることはなかったかもしれない。

以上、イオニア海についてほとんど語っていないが、
たまにはこんな日があってもいいだろう。