アリとキリギリスの話を知っているだろう。
蟻は夏に勤勉に働き、
キリギリスは歌い遊び呆けていたために
冬に両者に差が出るという話だ。
本来はキリギリスは飢え死にする話なのだが、
近代に入ってからは蟻が食べ物を恵んでやる話、
更にはその見返りとしてキリギリスが
音楽で楽しませる話へと時と共に変わっている。
さて、アリヅカコオロギという虫がいる。
この虫は、徘徊中の蟻の体を舐め、
その体の匂いを自分も発するという
特殊な能力を持っている。
蟻は嗅覚で世界を認識しているため、
このアリヅカコオロギを自分の仲間だと
思い込んでしまうのだ。
アリヅカコオロギは図々しくも
匂いを獲得した蟻の巣へと侵入し、
そこで暮らすことになる。
蟻は蟻同士で食べ物を口移しし、
食事の時間のとれないものに
餌を分け与える性質を持つ。
アリヅカコオロギはこの口移しの催促を
蟻へと行い、まんまと餌をせしめるのだ。
完全な穀潰しの居候である。
音楽を奏でて楽しませるようなことは
もちろん無い。
蟻に直接的な危害は与えないが、
一方的に利益を享受する寄生である。
蟻の巣の中は外敵のいない安全地帯だが、
アリヅカコオロギの匂い作戦は完璧ではない。
時折仲間ではないと気付かれてしまう。
しかし、この昆虫の感覚器官は優れており、
更には蟻より敏捷な運動能力を持っている。
穀潰しに気付き排除しようとした蟻の攻撃を
ひらりとかわしてしまうのだ。
そして、蟻を舐め、匂いをまといなおす。
ちなみに、冒頭でしたアリとキリギリスの
話だが、原典はアリとセミである。
セミの生息する地域で生まれた寓話が、
セミの珍しい地域へと伝播し、
キリギリスへと置き換えられた。
本邦へはキリギリス版が伝えられたのだ。
元々の飢え死にする話も、
セミであればよりイメージがしやすい。
蟻に生かされる話にも発展しなかっただろう。
というわけで、無理矢理話を結び付けたが、
アリとキリギリスの話とアリヅカコオロギは
何の関係も無い。
なお、コオロギとは元々鳴く虫全般を指す
言葉であったが、
アリヅカコウロギは鳴かない。
こすり合わせる羽を持たないためだ。
ここで話を締めようと思ったのだが、
念のためアリヅカコオロギのことを調べて
驚きの新事実を知ってしまった。
いや、私が知らなかっただけで
新発見ではないのだが、
なんとこの居候、蟻の卵を食べる。
図々しいだけの輩かと思っていたが、
完全に害を成す存在だったようだ。
蟻の巣の中には他にも様々な生き物が
隠れ潜んでいる。
蟻には蟻の苦労があるようだ。