アドリア海とイオニア海の間に
存在する海峡である。
ブーツのかかと部分だ。
ヴェネツィア共和国が強大な力を
持つようになると、ここは彼らにとって
最も重要な軍事的地形となる。
オトラント海峡を封鎖されれば
海運国家ヴェネツィアは
呼吸を止められるようなものだからだ。
実際に、第一次世界大戦では
オーストリア海軍による通商破壊を防ぐため、
オトラント海峡封鎖作戦が実施された。
海軍の活動を制限されたオーストリアは
幾度も夜襲をかけ、封鎖を解こうと努力したが、
いまひとつ成果は挙がらなかった。
封鎖は継続されたわけだが、
当時の技術では潜水艦の通行を
阻止することはできない。
つまり、潜水艦による通商破壊が戦果を挙げ、
連合国側は本来の目的を
達成できなかったと見るべきだろう。
この時の潜水艦の通商破壊能力が、
第二次世界大戦でのドイツ海軍の戦略に
影響を与えたであろうことは想像に難くない。
さて、第二次世界大戦でのオトラント海峡だが、
イタリアは地中海を庭とする海軍国である。
当然、オトラントには厳重な備えがあった。
だが、イタリア海軍の勇気は軍艦の大きさに
反比例するという言葉がある。
小型艦はそれはもう後世に語り継がれる
勇敢な戦いぶりを見せたのだが、
肝心の主力である戦艦や巡洋艦が振るわなかった。
イタリアがヨーロッパの柔らかい下腹部
などという不名誉な呼び方をされたのも
致し方のないことであった。
連合国艦隊が要衝であるはずの
オトラント海峡を通過し、
アドリア海へ侵攻できたのも事実である。
オトラント海峡海戦と呼ばれる戦いは一方的で、
連合国側は巡洋艦三隻、駆逐艦二隻で海峡へ侵入。
対してイタリアが防衛に出せたのは水雷艇一隻と、
仮装巡洋艦一隻であった。
商船に武器を積んだものも四隻あった。
この戦いでの連合国側の損害は無しである。
さもありなん。
なお、仮装巡洋艦というのは、
中立国の商船や客船に偽装した軍艦で、
主に通商破壊に用いられる。
第一次世界大戦において海の悪魔と恐れられた
ゼーアドラーも帆船に偽装した仮装巡洋艦だ。
話が逸れたが、陸側からの視点でも見てみよう。
西ローマと東ローマは蛮族の
闊歩する北側の陸地を避けて、
この海峡を船で渡って連携していた。
幅の狭いオトラント海峡は渡りやすく、
陸の道の通過点として機能していた。
第二次世界大戦ではイタリア軍が
この海峡を渡ってアルバニアに侵攻しているし、
冷戦末期にはアルバニアからの難民が
イタリアへと押し寄せた。
現在もドイツやイギリスを目指す難民たちは
このルートを通り、イタリアを経由して
西ヨーロッパを目指す。
こうした内海の出入り口たる海峡には
様々な歴史の物語が生まれては消えるのだ。