序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2019年3月2日土曜日

水銀

常温で液体の金属である。

液体でありながら銀色の金属光沢を
持つその姿は一度見たら忘れられない。

昔の人々が水銀に神秘的なものを
感じていたのは当然のことだろう。

元素記号はギリシア語のヒドラルギルムの略で、
これは水の銀という意味だが、
ラテン語ではアルゲントゥムウィウム、
生きている銀と呼ばれていた。

英語の古語ではクイックシルバーであり、
速いを意味するクイックは古語では
生きていることを形容する言葉であった。

現在は英語ではマーキュリーというが、
これは水星と同じ名前である。

マーキュリーとはメルクリウス、
ローマ神話における伝令神の名だ。

世界中を自由に駆け巡るこの神の名は、
不規則に動き回る惑星、水星の名となる。

流動する水銀は、この水星になぞらえて、
マーキュリーと呼ばれるようになったと
言われている。

銀色の水銀は、硫黄と化合することで
鮮やかな緋色の物質へと変わる。

これは(に)と呼ばれ、
鳥居の朱色と言えばわかりやすいだろうか。

流れる銀、鮮やかな血のような赤、
この不思議な性質は、身体に取り込めば、
霊験な力が得られるという信仰を生む。

大陸では不老不死の霊薬、仙丹の原料と
信じられ、錬丹術と呼ばれる
化学の前身が発展した。

しかし、水銀化合物は毒である。
水銀中毒で命を落とした皇帝は多い。

古代インド医学では、水銀は最強の金属であり、
固体にすることができれば、
流動する精神を固めることで、
あらゆる病に打ち克つ力が得られるとされた。

アラビアの錬金術においては、
硫黄と並ぶ世界を解き明かすための鍵であり、
世界霊魂を取り出すために必要とされた。

様々な実験が繰り返された結果、
化学の発展に大きく寄与することになる。

なお、錬金術という文脈ではないが、
水銀を使うことで、様々な金属を
精錬することが可能である。

また、水銀中毒の恐れはあるが、
水銀剤は梅毒の特効薬でもあった。

雷酸水銀は雷管の一部に使われていたし、
水銀灯という電灯も存在した。

温度計や気圧計の水銀柱としては
近年まで使われていた。

しかし、人体に悪影響がある、
環境を汚染するなどの理由により、
水銀の利用は減っている。

ちなみに錬金術は卑金属を貴金属に変える
ものと一般には理解されていたが、
実は科学の進歩は水銀を金に
変えることに成功している。

粒子加速器の実験において、
水銀原子に中性子をぶつけたところ、
陽子がひとつ減り、金原子となったのだ。

もちろん、原子単位で水銀を
金に変えたところで、
金儲けなどできはしない。