錬金術において最も重要とされる物質、
硫黄と水銀の化合物である。
朱色の結晶体は非常に美しいが、
脆く儚い。
古来、この鉱物は砕かれ赤色顔料として
使われてきた。
神社の鳥居の朱は本来は辰砂の色である。
辰砂の名は現在の湖南省、辰州で採れる
鉱物であったことに由来する。
アラビアの錬金術師たちはこの鉱物を
ペルシア語で竜の血を意味する
ジンジフラーと呼んでいた。
それが訛り、ヨーロッパではキナバーや
シナバーと呼ばれるようになる。
辰砂を加熱すると硫黄は飛び、
水銀が生じる。
赤い結晶体が銀色の液体になるのだ。
神秘を感じるのも当然だろう。
水銀が酸化すると褐色や黒へと色を変える。
硫黄と化合させれば再び赤に戻る。
この化学変化を幾度も繰り返すことを
錬丹と言い、不老不死の霊薬を
作るための工程とされていた。
この錬丹術は恐らく海路あるいは
シルクロードを通じてアラビアの
錬金術師たちに伝えられた。
チャイナの陰陽思想や錬丹術が
錬金術に影響を与えたことは
想像に難くない。
そのアラビア錬金術を継承した
ヨーロッパの錬金術では
硫黄と水銀の力が調和したものこそ
黄金であると考えられた。
すなわち、辰砂とは賢者の石の原型なのだ。