アフリカとアジアの間に存在する
三角形の半島である。
北は地中海、西はスエズ湾、東はアカバ湾で、
アフリカ大陸との接続部スエズ地峡は
掘削されてスエズ運河となった。
アフリカ大陸とユーラシア大陸の境目は
スエズであるため、シナイ半島自体は
ユーラシア大陸に属する。
ただし、エジプトに属している期間が長いため、
どちらかといえばアフリカである。
シナイ砂漠が広がり、岩山だらけの場所柄、
人が住むには向いておらず人口は少ないものの、
沿岸部はリゾート地として人気がある。
ユダヤの預言者モーセが十戒を授かったとされる
シナイ山が存在するため、アブラハム系一神教
にとって特別な土地であると言える。
聖地という点を考慮せずとも、
交通の要衝であり、文化の衝突点でも
あることから、戦場になることが多かった。
近年でも繰り返し起きた中東戦争において
イスラエルとエジプトの戦いの場となり、
現在はイスラム過激派の温床であるらしい。
ところで前述のモーセの話だが、
奇妙な点がいくつかある。
出エジプト記と呼ばれるエジプトにいた
ユダヤ人たちがファラオの支配から
脱出するという話なのだが、
シナイ山の位置がどうにも妙なのだ。
というのも、彼らはエジプトを脱出してから
シナイ山に登ったことになっているが、
当時シナイ半島はエジプト領だった。
また、有名な紅海を割ったという話も、
紅海はシナイ半島の南側であり、
アラビア半島に脱出してからわざわざ
エジプト領のシナイ半島に戻ったことになる。
ただ、旧約聖書の出来事にいちいち
ツッコミを入れていたらキリがない。
しかし、こうした理由から本当のシナイ山は
この半島の山ではなく、アラビア半島にある
いずれかの山ではないかと考える学者もいる。
ちなみに、ホレブ山とも呼ばれるシナイ山だと
いうことになっている山には正教会の
顕栄修道院が古くから存在する。
殉教者の聖カタリナの遺体を天使がこの山に運び、
後の世に修道士が発見したとされているため、
聖カタリナ修道院とも呼ばれる。
面白いことにこの修道院、イスラム教の開祖
ムハンマドが政敵から逃れるために
匿われたことがあるという。
こうした縁から、
正教会の修道院であるにも関わらず、
修道院領内にはマスジッドが建てられている。
これが良い建前となり、イスラム圏にありながら、
キリスト教の修道院として存続することができた。
もっとも、このマスジッドはメッカの方角に
向いていないため現在は使われていない。