序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2019年7月31日水曜日

茴香

ウイキョウと読む。

ヨーロッパではフェンネルと呼ばれ、
原産地も地中海沿岸である。

非常に古い時代から栽培されている植物で、
胃薬として使われる。

安中散の主要な生薬であり、
太田胃散にも含まれている。

また、咳や痰にも効き、
現在でも特にヨーロッパでは
紅茶やスープに入れられる。

薬草としての作用もさることながら、
香辛料としても重要である。

ディル同様に魚介類の臭みを消すために使われ、
ピクルスに清涼感を出す使用法もある。

パスティスというフランスの酒の
香り付けに利用されているのだが、
このパスティス、偽物という意味合いがある。

どういうことかというと、
ニガヨモギを使用したアブサンが、
その幻覚作用により禁止された後、
代用品として流通したことに由来する。

緑の魔酒と異なり、琥珀色の酒なのだが、
水を加えると白く濁る。

アブサンとはかなり異なるため、
何故これが代用となったのか、
少々疑問が残る。

なお、パスティスの香りはフェンネルだけでなく、
アニスやリコリスも使用されており、
特にアニスの香りがかなり自己主張してくる。

度数の高い甘い酒で、
水割りやカクテルの材料として飲む。

しかし、一部では更にシロップを加えて
より甘くして飲むようだ。
私は甘い酒は好かない。

ちなみにパスティスの名産地はマルセイユだ。
フランスの酒なのである。

さて、フェンネルに話を戻そう。

この植物はディルと非常によく似ている。
花も実も似ているため、
一部地域では混同されている。

香りと味にはかなりの違いがあるため、
レシピを間違えると料理が別物になってしまう。

分かりやすい判別としては、
フェンネルは甘い香りが強く、
ディルは後味が辛い。

ついでに言うと、果実に関して言えば、
キャラウェイクミンも似ている。
すべて芹の仲間であるためだ。

アニスやコリアンダーもセリの仲間である。
セリの類はほとんどが香りが強く、
薬効を持っている。

興味深い植物だ。

2019年7月29日月曜日

ディル

黄色く小さな花を咲かせる植物である。

原産地はよくわかっておらず、
中央アジアからヨーロッパまで、
幅広く生育している。

スペイン語ではイネルドと呼ばれ、
本邦へ伝わった際にイノンドと訛ったものの、
現在では英語名のディルが一般的である。

薬草としての歴史が古く、
胃薬や整腸剤として重宝されてきた他、
魔術を防ぐ力もあると考えられた。

漢方では果実が蒔蘿子、じらいしと呼ばれ、
香辛料としてもこの果実が用いられる。
なお、果実は一見すると種子のようである。

葉にも芳香があり、香草として利用され、
スープやピクルスの風味付けに使われる。

ディルはキャラウェイフェンネルと似ており、
混同されたり代用品とされたりということも多い。
ただし、果実には辛みがある。

ディルが特に合う食材は川魚だろう。
川魚特有の臭みを消し、
爽やかな香りを付け加える。

ヨーロッパ全般でよく使われる香草であるが、
特によく使われるのはポーランド料理と
ロシア料理そしてドイツのザワークラウトだ。

ロシアではウクロープと呼ばれており、
鮭のマリネやふかしたジャガイモ
ボルシシにも使われる。

香りには鎮静作用があるとされており、
夜泣きをする赤ん坊に
煎じ汁を与えていたという記録もある。

本邦ではあまり多用される香辛料ではないが、
マリネやポテトサラダに入れてみると、
普段とは違う味わいが楽しめるだろう。

2019年7月28日日曜日

キャベツ

本邦において非常にメジャーな葉物野菜である。

しかし、原産地はイベリア半島であり、
本邦では明治期になってようやく栽培され、
普及したのは大戦後のことである。

当初は英語名そのままにキャベッジやキャベイジと
呼ばれていたが、中国語での甘藍、カンランと
呼ばれるようになり、その後キャベツとなった。

キャベツの葉は外側ほど成長が早い。
その結果、内側の葉は内へと巻き込まれ、
外側の葉に包まれて球状となる。

古代から品種改良が繰り返されてきた植物で、
ケールやブロッコリーなど、
かなり様子の違うものも生み出された。

本邦では緯度や標高によって収穫時期を
ずらすことができるため、
一年中流通している。

このため、いつでも一定の価格で購入でき、
しかも、本当に多くの調理法があるため、
最も一般的な野菜のひとつとなっている。

栄養素も豊富で、キャベツさえ食べていれば
健康に過ごせると主張する者すらいる。

昔は航海中に新鮮な野菜類を食べることができず、
ビタミン欠乏による病が恐れられていたが、
ドイツ人はキャベツの漬物によってそれを防いでいた。

酸っぱいキャベツ、ザワークラウトと呼ばれる漬物は、
そのまま食べても良いし、汁物の具材としても
よく使われ、冬の風物詩となっている。

イギリス人はそうしたドイツ人の食文化を揶揄し、
彼らへの蔑称としてクラウツと呼ぶ。

一方、イギリス人はライムをビタミン源としたため、
ライミーと呼ばれている。

ついでに言うとフランス人は蛙食いという意味で
フロッギーと呼ばれる。ビタミンは関係ない。

こうした、代表的な食べ物で他国を揶揄するという
差別的なステレオタイプは世界各地に存在し、
本邦の場合は寿司が該当するようだ。

それはそうと、私はザワークラウトが好きだ。
色々な食べ方があるが、一番はニューヨークの
名物料理ルーベンサンドだ。

ライ麦のパンでコンビーフ、ザワークラウト、
スイスチーズ、ロシアンドレッシングを
挟んで焼いたサンドイッチである。

ロシアンドレッシングはアメリカで考案された
ドレッシングで、マヨネーズとケチャップを混ぜ、
色々と香辛料を加えたピリ辛なもののことだ。

本邦ではお手軽にサウザンアイランドドレッシングで
代用するのがいいだろう。

ところで、私は時々ザワークラウトを自作するのだが、
酸みやを好みで加減できるため、
瓶詰を買うより美味しく出来上がる。

ただし、失敗すると腐ったキャベツになるので、
はじめはレシピ通りに作り、
慣れてきたらアレンジを加えていくのがいいだろう。

2019年7月20日土曜日

モグラ

地中で生活する小型の哺乳類である。

ヒミズやデスマンなど変わった種類もいるが、
今回は一般的なモグラについて紹介しよう。

モグラといえば、地中に自在に穴を掘り、
縦横無尽に移動するイメージが持たれているが、
実際には穴掘りは限定的だ。

彼らの巣穴は一代で築き上げるものではなく、
一族で共有し、子孫に継承される。

つまり、モグラが穴を掘るのは巣穴の拡張と、
破損した箇所を修繕する時である。

モグラの体は小さく、体力もそれほどないため、
穴掘りという重労働を継続するのは難しいのだ。

それでいて、燃費は非常に悪い。
モグラは大食漢で、一日の食事量が多く、
なおかつ、飢餓に弱い。
半日も食べずにいれば死んでしまうだろう。

畑を荒らすことで農業を営む人々から嫌われ、
害獣として駆除されるモグラだが、
作物自体を食べるわけではない。

巣穴の拡張の際に作物の根を破損してしまう、
巣穴に入り込んだネズミなどが
作物の根を齧る、というようなことが真相である。

彼らは肉食動物であり、
ミミズや昆虫を食べて生きている。

地中を掘り進むミミズや昆虫がモグラの巣穴に
行き当たると、巣の中に落下することになるのだが、
それがモグラのメインディッシュとなる。
巣穴は獲物を捕るための罠でもあるのだ。

なお、モグラは巣穴の中に排泄専用の部屋を作る。
つまりトイレがある。

面白いことに、このトイレのある部分の地上には、
アンモニアがあることで有利となる
特定の種類のキノコが生える。

ナガエノスギタケなどのそうしたキノコが
生えている場所を掘ると、
モグラの巣穴を見つけることができるのだ。

さて、モグラという名前だが、
本邦では古くはウコロモチと呼ばれていた。

それが時代と共にムクラモチ、
モグラモチと変わり、今の形となった。

土龍と書いてモグラと読むが、
実はこれは江戸期に誤用されたのが定着したもので、
本来はモグラの主食であるミミズのことだ。

龍は細長いものである。
モグラよりミミズに相応しい名前だ。

前述したとおり畑を荒らすことで害獣とされる
モグラだが、もっと深刻な理由から駆除される。

堤防の強度を低下させてしまうのだ。
これはもう治という人類文明への敵対行動である。

その一方で、モグラの毛皮はその柔らかさから
古くより重宝されてきた。

現代では手間がかかるため
わざわざ小さなモグラを狩り集めたりはしないが、
ビンテージコートなどでは
モグラ毛皮のものが残っているだろう。

最後にモグラに関する誤解をもうひとつ改めておこう。
日光を浴びるとショック死するというものだ。

目の退化したモグラだが、
実は光を感じ取ることのできる器官を持たない。

地上に出たとしても、彼らにとっては
土が無いだけで巣穴の中とそう変わらない。
日光にさらされても気付きすらしないのだ。

ではなぜ、地上で死んでいるモグラがいるかというと、
それは巣穴から追い出され野垂れ死んだ個体だ。

巣穴は一族の宝であるわけだが、
そこから追い出されれば待っているのは餓死である。

一体、どんな悪さをしたら
地上へ追放されるのかは分からないが、
モグラの世界にもルールがあるのだろう。

2019年7月19日金曜日

ミミズ

環形動物という種類の生き物がいる。
ケヤリムシやウミケムシ、ゴカイなどがそれだ。

そのうち環帯類と呼ばれるものには
ミミズとヒルがいる。

ミミズの名の由来は、目見えずで、それが訛り、
メメズとなり、それが更に訛ってミミズとなった。
現代でもメメズと呼ぶ地域がある。

都心部でも見られるため外形をわざわざ説明する
必要はないかもしれないが、手足も頭も
触覚も目も耳も無い口だけの存在である。

一見すると非常に原始的な生き物のように感じられるが、
ゴカイのような複雑な動物が土中の生活に適応した結果、
不要な器官が退化したものである。

目は無いと前述したが、
よく見れば退化した目の痕跡があり、
種類によっては水中呼吸用のエラがある。

また、体表はつるりとしているように見えるが、
頑丈な毛が生えており、この毛をうまくひっかけ、
蠕動によって前進する。

骨もない柔らかな体をしているが、
体内の水圧を変える能力を持っているため、
一時的に一部を固くすることが可能だ。
これにより、土を掘り進むことができる。

ミミズは体全体で光を感じることができ、
土中にあってもある程度自分の位置を把握できるという。
呼吸も皮膚呼吸である。

ミミズといえば頭の近くに
特徴的な帯があるのを知っていると思う。

実はあれは生殖器官の納められた部位だ。
ちなみに雌雄同体である。

さて、ミミズといえば土を食らうイメージが
強いのではないだろうか。

彼らは微生物の死骸や枯れ葉を主食としており、
そのために土ごと食らう。
種類によっては地上に顔を出し、枯れ葉を食う。

土を食い、微生物や有機物片を消化して糞として出すと、
この糞は上質な土となる。
ここでいう上質な土とは農業に適した土のことだ。

したがって、古来ミミズは益虫として有難がられてきた。
実は一部例外もあるのだが、まあいいだろう。

ところでミミズを食べることができることは
知っているだろうか。

実は栄養価が豊富で、世界の様々な地域で食べられている。
どうやら寄生虫の問題もほとんど無いようだ。
土を消化管から抜く手間が掛かるぐらいか。

味は癖も風味もほとんど無い。
なのでさっと茹で、薬味や調味料を使い、
食感を楽しむ料理となる。

ただ、強い味を持つ個体がいるらしく、
三日間は後味が消えないという噂もある。

漢方薬では赤竜や地竜と呼ばれ、
皮を乾燥させたものが解熱剤として使われてきた。
喘息の発作にも効くらしい。

こんなところだろうか。
そうそう、雨の日によくミミズが地上を這い回っているが、
あれは土中に水が入り込み、酸欠になることが原因だ。

だが、都会では運悪くコンクリート上へ進出してしまい、
その後、土の中に戻れぬまま干からびてしまう。

ちなみに、干からびたミミズの匂いは
犬の大好きな香りらしい。

2019年7月18日木曜日

コーリャン

高粱と書く熱帯アフリカ原産の穀物である。
モロコシやタカキビ、ソルガムとも呼ばれる。

エチオピアやエジプトで栽培されていたこの植物は
古い時代に世界各地へと広まっていった。

中華文明における五穀のひとつ、稷は具体的に
何であったのかがはっきりしていないが、
この穀物であった可能性が高い。

大抵は粥かフラットブレッドに加工される。
食味としては蕎麦に似ているが、
独特のえぐみがあり、少々食べにくい。

しかし、乾燥地帯でも育つことから、
稲や麦が育たぬ地域では
この穀物が頼みの綱である。

特にチャイナ北東部や朝鮮半島では
長きにわたってこの穀物が
人々の命を繋いできた。

なお、品種によっては茎に糖分が多いため、
サトウキビのように糖蜜を採ることができる。

品種改良も進み、糖蜜採取専用のスウィートソルガムと
呼ばれるものはアメリカ合衆国において
シロップの原材料として栽培されている。

現代ではコーリャンに依存した生活をする地域は少なく、
チャイナでも白酒などの高粱酒の材料として
使われるのが主な消費となっている。

白酒はまるでプラモデル用の接着剤のような香りのする
非常に強い酒で、熟成年数を経る毎に
口当たりが穏やかになっていく。

味や癖の濃い料理とよく合い、
ピータンなどと一緒に食べていると
気付けば結構な量を飲んでしまう。

アルコール度数がとても高いため、
飲みすぎには注意されたし。

2019年7月17日水曜日

キビはアワより少し大きい穀物である。

中華文明では五穀のひとつに挙げられており、
広い範囲で栽培されてきた。

味はやや甘く、少しだけえぐみがある。
このえぐみのせいで好みが分かれるのだが、
調理法によって除去することが可能だ。

例えば、黍だけの粥はほのかに甘いが、
しつこさを感じさせる味わいがあり、
沢山食べるのに向かない。

しかし、豆と共に炊くと、豆の味を引き立て、
えぐみが抑えられる。

つまり、黍は主食穀物でありながら、
それだけでは食べにくいものなのだ。
米に取って代わられたのも仕方がないかもしれない。

本邦へは他の穀物より遅くやってきたためか、
五穀に数えられてはおらず、
主食よりも菓子の材料という認識が強い。

桃太郎が家来に与えた きびだんご が有名だが、
吉備団子は黍ではなく米で作る。

そして、桃太郎の話の由来となった時代には
米で作る吉備団子はまだ無かった。

ということは きびだんご は黍団子なのかというと、
実はそう簡単にはいかない。

もちろん、黍の餅は昔からよく作られており、
黍団子というものはある。

だが、より原型に近い古い桃太郎の話では、
団子の材料を黍に限定しておらず、
十団子という糸で繋いだものであったらしい。

その十団子が黍でできていた可能性は
十分にあるが、桃太郎が きびだんご を
家来に与えるという話は後世にできあがったものだ。

吉備国のお話であることから、
吉備と黍をかけたものである。

その後、明治期に桃太郎の話にあやかり、
吉備の名産品として求肥の吉備団子が
作られるようになった。

元々吉備津神社で黍団子が名物であったという
話もあるが、キビ繋がりの後付けの可能性もある。

吉備津彦が温羅を退治したという伝承と、
桃太郎の鬼退治を抱き合わせ、
吉備団子のアピールが行われているが、
結局のところ宣伝文句に過ぎないようだ。

それでも子供は皆一度は思うだろう。
きびだんご を食べてみたいと。

岡山土産の吉備団子を食べさせるか、
黍餅をこさえて食べさせるか、
団子を糸で繋いで十団子を食べさせるか、
好きなものを選ぶといいだろう。

団子でありさえすれば何でもいいのではないだろうか。

2019年7月16日火曜日

アワは荒地でも育ちやすい穀物である。

米と比べるとカロリーが少なく、
腹持ちも悪いという欠点があるが、乾燥に強い。

華北では元々、粟こそが主食であり、
米の字は本来はこの穀物を指すものだった。

そのまま炊いたり粥にして食べるほか、
粉に挽いて麺類を作ることもできる。
むしろ最初の麺は粟だったと言われている。

西方から麦が伝わると廃れてしまったが、
唐代までは租税の納付物であった。

本邦でも最も古い栽培穀物だと考えられており、
古事記でも日本書紀でも五穀に数えられ、
現在でも新嘗祭で奉納される。

連作障害を起こす点や、腹持ちの悪さから、
やはり本邦でも米と比べると一段下の存在と
見做されてきたが、味は悪くないため、
のように嫌われてはいない。

大正期までは地域によっては主食であり続けたが、
稲の品種改良や農業技術の発達により
どこでも米が食べられるようになり廃れた。

カロリーが低いというのは欠点であったが、
飽食の時代である現在、
それは長所として見直されている。

菓子類を低カロリーにするために利用されるほか、
ダイエット食として好む層がいるのだ。

栄養そのものは蛋白質や脂質が米より多いため、
雑穀米として米と共に炊かれることも多くなった。

なお、粟はエノコログサの変種である。
あの猫じゃらしとして知られるエノコログサだ。

駆除されないよう似ていった結果、
雑草が穀物化した例はいくつかあるが、
この粟に関しては少し事情が異なる。

そもそも粟こそが、東アジアの穀物の祖なのだ。
畑の中の雑草であるエノコログサが
人間に有用なものに転じたわけではない。

たまたま穂のでかいエノコログサを見つけた人間が
これを栽培するようになったのだ。

気が向いたら粟粥でも作って
古代に思いを馳せてみるのもいいだろう。

2019年7月15日月曜日

ヒエは冷害に強い穀物である。

米と比べると小粒で、
パサパサなのに粘り気が強い。

寒さに強いものの、収穫量が多いわけではなく、
脱穀などの手間も稲より大きい。

本邦では米のように炊いて食べられることが
多かったが、食味が悪く、嫌われていた。

稗の字も卑しい、つまり身分の低いという
意味合いを持ち合わせており、
蔑まれてきたことがわかる。

だが、日本書紀に記された五穀のひとつであり、
新嘗祭においても奉納される。

これは、飢饉の際に幾度も人々を救い、
寒冷地での重要な食物であったことを
意味している。

ただし、人々の記憶としては、
飢饉の辛い時に食べたものとして残り、
そういった意味でも嫌われていた。

とはいえ、米の品種改良が進み、農耕技術も発達し、
寒冷地でも十分な稲作ができるようになるまでは、
東北地方や北海道の貴重な食料であった。

特に南部や下北、つまり岩手県北部から
青森県東部において、冷害に強い稗は
無くてはならない食べ物であり、
少しでも美味しく食べる工夫が為されてきた。

アイヌでも文化神が天上より密かに持ち出し
人間に与えた重要な作物として扱われ、
酒造りにも稗が使われていた。

華北や朝鮮半島でも稗は人々の命を繋いできたし、
雲南の少数民族は今でも稗を大切にしている。

ほど重視されはしないが、
稗もれっきとした穀物なのである。

なお、明治期に米がどこでも作れるようになり
ほぼ姿を消した稗だが、栄養価が高いとして
現代になって再評価されている。

しかし、前述のように収穫量が多いわけではなく、
加工にかかるコストも大きい。

このため、歴史的に冷遇されてきたこの穀物は、
現在では高価な食材と化している。

2019年7月11日木曜日

フッ化水素

たまには時事ネタに乗ってみようと思う。

フッ化水素とは、その名の通り
フッ素と水素の化合物である。

フッ素は毒性の強い物質だが、
精密な電子回路の形成に利用される。

半導体の上に薄い膜を作った後に、
フォトレジストによって必要な回路を描き、
フッ化水素により不要な膜を除去する。

この時、フッ化水素に不純物が混じっていると、
電子回路が正しく形成されない。

高純度のフッ化水素を精製するには
高い技術が必要であり、現在のところ
本邦が世界的なシェアを占めている。

さて、フッ素には強い毒性があると前述したが、
なんと、ガラスを溶かす。

保存にはポリエチレンやフッ素樹脂の容器が必要だ。
ただし、それらの容器も徐々に侵蝕するため、
長期間の保存は難しい。

また、カルシウムも溶かすため、
人体への影響としては骨の溶解が挙げられる。
体からカルシウムが失われ、
心臓の働きが正常でなくなり死亡する。

猛毒だが、化学兵器として使うには前述のように
扱いが極めて難しい性質があるため向いていない。

だが、燐を利用して扱いやすさを向上させると、
殺傷能力も高まった毒ガスとなる。
サリンガスだ。

フッ化水素は化学兵器だけに使われるものではない。
酸化ウランにフッ化水素を化合させると
六フッ化ウランが出来上がる。

六フッ化ウランを遠心分離機にかけると、
ウランの同位体を分別することができる。

つまり、ただのウランから、
核分裂性の放射性ウランだけを
取り出すことができるのだ。

言わずもがなであるが、これは原子爆弾の材料である。

要するに、高純度フッ化水素は
核兵器を作るために必要な物質なのだ。

そんな危険な物質を誰にでも売ってしまっては
問題があるため、国際的に取引が制限されている。

半導体を作るために使う場合でも、
いつ、誰が、どこの工場で、どれだけの数量の製品を
作るために必要なのか、事細かに申請し、
審査されたうえでようやく売買することが可能だ。

半導体は我々が使う電子機器の中に
当たり前のように納まっている。

現代の日常とは切っても切れない関係にあるが、
その製造の過程には極めて慎重に扱わなければならない
危険な物質が使われていたのである。

2019年7月10日水曜日

ニベクヴェ

コビトカバやピグミーヒポポタマスと呼ばれる
小型の河馬である。

ニベクヴェという名前は伝説上の生き物、
黒い豚の怪物の名だが、コビトカバのことを
指していると考えられる。

調べても現地語での呼び名が分からなかったため、
便宜上、ニベクヴェの名でコビトカバを紹介する。

コビトカバはその名の通り小さなカバである。
大きさは山羊程度で、一見すると
カバの子供のようにも見える。

しかし、我々のよく知るカバとは異なり、
水中にいる時に目、鼻、耳が水面に出るよう
上部に突出してはいない。

このため、マナティーやジュゴンのような
愛嬌のある顔つきをしている。

体色は黒く、カバ同様に赤い汗によって
毛の無い体が保護される。

一番の違いは、水中にいる時間が短く、
陸上の生活がメインであることだろう。

川の土手に空いた穴を巣穴として暮らし、
シダの葉などを食べる草食性である。

さて、このコビトカバ、ナイジェリアや
シエラレオネの熱帯雨林に生息することから
なかなか発見されなかった。

生物学者は頭蓋骨などを標本として入手しては
いたが、カバの奇形種であると断定していた。

そんな中、ドイツの動物商人が現地の伝説、
ニベクヴェとセンゲの話を聞いて、
未発見の動物がいるはずだと探検を行った。

センゲは角を持つ怪物の名だが、
牙を角と見間違えられたモリイノシシだと
考えられている。

果たして、商人は生きたコビトカバを発見し、
この小さなカバが奇形ではなく
れっきとした種族であることを突き止めた。

世界三大珍獣の一角であるコビトカバの生態は
まだまだ分かっていないことだらけである。

だが、世界各地の動物園で飼育されており、
繁殖にも成功しているため、
実は現物を見るのはそう難しくない。

ナイジェリアでは絶滅が有力視されており、
シエラレオネでもごく少数が発見されているだけで、
野生のコビトカバは極めて危険な状態にある。

というのも、熱帯雨林の開発により住処を奪われ、
ハンターたちの格好の獲物となっていたため、
一気に個体数が減少したのだ。

民話によると、ダイヤモンド鉱床の場所を
知っている生き物であるとされるため、
この噂を聞いて集まったハンターもいたことだろう。

ちなみに、現地では密かに
食用に狩猟されているという。
豚に似て美味いらしい。

それにしても現地語では何と呼ばれているのだろう。
やはり豚に関連する名前なのだろうか。

あの辺りは部族によって言語が違うため、
共通の名前も無いかもしれないが、
ぜひとも知りたいところである。

2019年7月9日火曜日

枯草菌

文字通り枯れた草を分解し、
土へと返す細菌のことである。

非常に身近な細菌で、人体にほとんど害が無い。
それどころかいくつかの種類は
有益な効果をもたらす。

菌類は多くの場合、いくつかの形態を持つ。
枯草菌の場合は芽胞という形態が特徴的だ。

芽胞とは菌が繁殖に不適切な環境に置かれた際に、
身を守るために変化する防御形態だ。

枯草菌の芽胞はそこらの細菌と比べ、
非常に強力な耐久力を持っている。

具体的には熱にも酸にもアルカリにも
アルコールにも強い。

このため、枯れ草を煮沸消毒しても枯草菌だけは
死に絶えず、危機が去った後に繁殖し始める。

枯草菌に限らず、菌類は自分たちのテリトリーを
強固に作り上げると、他の菌の侵入を阻む力を持つ。

枯れ草を煮沸することによって枯草菌だけの
環境を作り出すと、他の菌類の繁殖を
妨げることが可能だ。

この効果を利用して、抗生物質が利用される以前は、
細菌性の腹痛の治療に用いられていた。
赤痢や腸チフスなどにある程度の効能があったのだ。

枯草菌は枯れ草に限らずそこら中に存在するのだが、
我々哺乳類の腸内にもよくいる。

特に反芻を行う牛などの動物は枯草菌による分解を
自身の消化能力の補助としている。

さて、有益な枯草菌であるが、その中でもひときわ
人間の役に立つ菌がある。
納豆菌だ。

納豆がどのようにして生み出されたかは諸説ある。
縄文期には既に存在し得たとも言うし、
弥生期の住環境で偶然作り出されたとも言う。

記録として最古のものは室町期の精進魚類物語に
登場する擬人化された納豆、納豆太郎糸重だと
言われている。

擬人化された食べ物が合戦を行うこのおとぎ話に
糸引き納豆キャラが出てくるということは、
この頃にはすでにメジャーな存在だったと
考えてよいだろう。

よく言われている、戦国期に馬の背に乗せて
運んでいた兵糧のうち、米と大豆が腐ったものを
飢えに任せて食ったところ、米を食った者は
腹を壊し、大豆を食った者は平気だったために
納豆が偶然生み出されたという俗説は誤りである。

また、豆腐と納豆の名前は逆なのではないか
という話も、腐の字は本来白くてどろどろしたものを
指すため、豆腐はトウフのことで間違いない。

なお、インドネシアにテンペという納豆に似た
食品があるが、こちらは紹興酒の麹にも使われる
クモノスカビという細菌を使う。

納豆は匂いと食感が苦手という向きも多いが、
非常に優れた食品である。

消化に良く、栄養が豊富で、コストが安い。
前述のように腸内の悪性菌の繁殖を抑制する力も
あるため、苦手でないのならば積極的に食べるべきだ。

虫歯菌や歯周病菌をも抑制するのだから、
多少苦手でも克服した方がお得である。

西日本では伝統的にあまり食べられてこなかったため、
苦手な人が多いようだ。私も幼い頃は嫌いだった。

だが、食べられるようになって損はないどころか、
とても有益なものだ。納豆は。

頑張れ。食べろ。匂いは薬味でごまかせ。
食感は慣れろ。納豆を食べないと損をするぞ。

ただ、例外がある。
日本酒の麹に枯草菌が混じると
スベリ麹という酒造に使えない代物になってしまう。
杜氏や蔵人にとっては禁忌の食物なのだ。

塩納豆や昔の納豆の食べ方なども書きたいが、
いい加減長くなったのでここまでにしておこう。

2019年7月8日月曜日

ジェット

黒玉とも呼ばれる物質である。

宝石として扱われるが、
樹木の化石で、褐炭の一種である。

昔は琥珀の一種と考えられていたため、
黒琥珀という呼び名もある。

さて、このジェット、先史時代から
装飾品として利用されてきた。

掘り出したばかりの姿は美しいとは言い難いが、
磨き上げると文字通り漆黒の如き美しさとなる。

彫刻などの加工も容易なため、
様々な工芸品が遺跡から出土する。

琥珀同様にこすると静電気を発生させる
性質を持つため、古の人々はこの物質に
少なからず神秘性を見出していた。

ただ、宝石としては扱いが難しく、
極度に乾燥すればひびが入るし、
石炭なので燃えてしまう。

だが、それほど高価なものではなく、上品な
美しさを持つため、こうしたデメリットが
ありながら大流行した時期もある。

稀にパイライトがインクルージョンした
ジェットが見つかることがある。

インクルージョンとは鉱物の内部に、
別の組成の物質が閉じ込められることを言う。

パイライト入りジェットは暗い真鍮のような
色合いと金属光沢を持ち、
妖しげな魅力を持つ。

金属と化石の融合したものだと思うと
なかなかに興味深い。

ジェットはほぼ炭素でできている。
石炭なので当然だが、炭素でできた
宝石といえばダイヤモンドこそ正統だろう。

脆さを持つ漆黒のジェットと、
金剛石と呼ばれる無色透明のダイヤモンドが、
同じ炭素であるのだから面白い。

ところで、先史時代から利用されてきた
ジェットだが、良質な原石が枯渇気味だという。

安価であったジェットの価格は今後
上がっていく可能性もあるわけだ。

エボナイトというゴムを硫化したものが
よく似ているため類似品、あるいは偽物として
流通しているとも聞く。

真贋を見極めるのは容易ではないが、
購入の際には気を付けた方が良いだろう。

長くなったので今回は
パワーだとか石言葉だとかは
スルーしておこうと思う。

基本的に後付けだということは
念頭に置いておくといい。

2019年7月7日日曜日

食紅

物を特定の色に染める染料にも色々あるが、
食紅とは食料品に色を加えるための物質である。

本来は紅花から採れる赤色染料のことを指すが、
広い意味で食紅という言葉を使った場合、
食料品に使用可能なすべての染料を指す。

パプリカ色素やクチナシ色素はイメージしやすいが、
コチニール色素という臙脂虫のワックス由来の
ものも存在する。

それどころか、タール色素と呼ばれる
コールタールやナフサが原料の染料も
多く使われている。

タール色素は数十万種類にも及ぶとされているが、
食品や化粧品、医薬品に使うもの、つまり人体に
害が無いと認定されているものは多くない。

本邦ではアマランス、エリスロシン、アルラレッド、
ニューコクシン、フロキシン、ローズベンガル、
アシッドレッド、タートラジン、サンセットイエロー、
ファストグリーン、ブリリアントブルー、
インジゴカルミンの十二種類が該当する。

赤色何号などと呼ばれるこうしたタール色素が
本当に人体に悪影響が無いのか、
今でも懐疑的にとらえる人々は多い。

実際、程度の問題で、多量に摂取すれば
安全性は担保されないと考えられる。

しかし、今や合成染料を使わない加工食品は
わざわざ無添加などと謳う時代である。

特に菓子類や清涼飲料はその彩りのために
多くの合成染料が使われている。

もちろん、石油由来でなく、植物由来なら
安全だなどと考えているのならそれは
大きな間違いである。

古くから使われてきた茜染料は、以前は食紅の
一種であったが、腎臓への負担が強く、
発癌性があることが分かり、除外された。

こうした染料に限らず、植物由来だから安心
などという妙な信仰を持っている人々がいるが、
毒性植物など挙げればきりがない。

なんでもかんでも危険だと恐れをなすのも
ナンセンスであるし、盲目的に植物だから安心
などとのたまうのも滑稽である。

昔から使ってきたから安全なはず、
という例もあれば、最新の技術で作られたから
安心なはず、という考えもできる。

結局のところ、我々は既存の環境の中で
生きていくしかないのだ。