畑に生える雑草であったが、
長い年月を経て穀物となった植物である。
穀物となった経緯は燕麦と似ているが、
燕麦ほど広範囲には受け入れられていない。
ライ麦は寒さに強く、悪条件の土壌でもよく育つ。
小麦を撒いたはずの畑一面に
ライ麦が茂るという事例も多かったという。
寒く痩せ細った土地で真価を発揮するとくれば、
そうした地域で重宝されるのは当然である。
しかし、小麦と比べると劣ったものという評価は覆せなかった。
ちなみに、燕麦ではパンを焼くことができないが、
ライ麦は乳酸菌を活用することでパンにできる。
黒パンである。
酸味があり、クセが強く、食味で小麦に劣る黒パンだが、
子供の頃から食べ慣れていれば気にはならないらしい。
小麦がどこにでも流通する現代であっても、
ドイツやロシアでは普通に食されている。
ところで、ライ麦には華やかな歴史がある。
ハンザ同盟の活躍により、ドイツ地域で作られたライ麦は
バルト海を通って盛んに輸出された。
安価な穀物という需要があったため、
大麦を押しのけ第二の穀物に成り上がったのだ。
ウイスキーなど蒸留酒の原料としても求められ、
現在でも需要は高い。
ただし、ライ麦には麦角病という大敵がいる。
他の麦にも麦角はできるのだが、ライ麦が一番多かった。
麦角病に感染した麦の穂には黒い爪のような突起が生じる。
毒麦とも呼ばれたその麦角を食べた者は
手足が黒ずんで千切れ、また、精神錯乱を起こす。
ペスト、コレラと共に猛威を振るった病である。
暗黒の中世のイメージである。
さて、話の時代を進めよう。
産業革命を迎えると、工場建設のため無茶な土地整理が横行する。
その結果、小作農が駆逐され、地方の農場は大規模化し、
小麦が計画的に作られるようになった。
品種改良により寒さに強くなったこともあって、
小麦の生産量は飛躍的に増加し、
食料としてのライ麦は利用が縮小していったのだ。
ところで本邦はライ麦と縁がない。
近頃は黒パンを気軽に買えるようになったが、
やはり慣れていないとそれほど美味いものではない。