ジブラルタル海峡の西方に存在する島である。
最初に発見したのはフェニキア人だとされており、
ローマ時代から存在自体は知られていたのだが、
ポルトガル人によってようやく利用されるようになった。
ちなみに、マデイラとカナリアス、ヴェルデ、アゾレスは
ひとまとめにマカロネシアと呼ばれている。
マデイラ再発見の契機は、ポルトガル船の漂流であった。
再発見後すぐに入植が始まり、
サトウキビ栽培が行われた。
砂糖の流入がヨーロッパに資本主義経済の萌芽を
もたらしたことはカナリアスの項目でも述べたが、
砂糖の力は凄まじいものがある。
クリストバル・コロンが西からインドへ行くと
言い出した際に投資をしたのも砂糖商たちであったが、
彼らはコロンがインドに辿り着けるとは考えていなかった。
マデイラのような島を新たに発見してくれるかもしれないという
彼らなりの期待があったのである。
なお、マデイラはカナリアスと比べて冷涼なため、
実際にはサトウキビよりブドウの栽培の方が適しており、
ここで作られたワインはマディラワインとして有名だ。
このマディラワイン、一般的なワインとは異なる。
ワインはブドウの糖分をアルコール発酵させて作る
醸造酒なわけだが、マディラワインの場合、
ある程度発酵したところで蒸留酒を流し込み、
強制的に発酵を止めつつアルコール度数を確保する。
その結果、酒中には糖分が残り、甘いワインが出来上がる。
カラメルのような風味は癖になること請け合いである。
ポートワインも似た製法で作られるが、火入れの仕方が異なる。
マディラワインは主にアメリカの
イングランド植民地へ輸出されていた。
当時のイングランドでは自国の植民地にはロンドン発の
船以外の入港を禁じていたのだが、
チャールズ2世がポルトガルの王女と結婚したことを契機に、
マディラワインに特例を設けたのだった。
こうして北アメリカの人々に愛されることになった
マディラワインだが、アメリカが独立すると、
どこの国の船でも自由に出入りできるようになったため、
寡占状態が解消されて競争に敗れ去っていった。
砂糖やマディラワインとは違って世の中は甘くない。