序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2018年4月19日木曜日

小麦

大麦より少し遅れて栽培されるようになった小麦だが、
製粉の手間がかかるという難点があった。

製粉技術が発達したことで、
容易にパンや麺が作られるようになり、
その評価は大麦を上回ることになる。

何より小麦で作られた食料は
香り、味、舌触りが非常に優れているのである。

しかし、軽く流したが製粉というのは
歴史上無視できぬ要素である。

水車によって巨大な石臼を回す例が多いのだが、
そのために水路を引く必要がある。
を巡る争いには飲用水以外にも、
こうした要因があったのだ。

また、粉に挽くと隙間がなくなる分嵩が減る。
よって、粉挽職人は小麦泥棒と誹られた。

風車や水車といった施設が使えない場合、
手挽きの石臼を使うことになるが、
これも重要な財産である。

挽き臼の無い貧農家庭は他人に頼らざるを得ない。
そこにひと悶着起きるのは想像に難くないだろう。

さて、本邦では製粉技術の発展が遅れたと言われている。
よって、徳川の太平の世になるまでは、
小麦粉は贅沢品として扱われていた。

卵、砂糖、小麦粉、牛乳。
今でこそ当たり前の食材だが、
どれも高級品だったのである。