地中海の中ほどにある島国マルタの首都である。
バレッタの名はマルタ騎士団の総長
ジャン・ド・ヴァレットに由来する。
マルタ騎士団はとにかく地中海の覇権を
オスマン帝国に渡すものかと
戦い続けた存在だが、ほとんど海賊である。
宿敵はオスマン帝国配下の
バルバリア海賊のため、
海賊と海賊が戦っていた構図だ。
マルタ騎士団は元々十字軍の際に
結成された修道騎士団
聖ヨハネ騎士団であった。
聖地巡礼のための宿泊施設を作り、
そこに病院を併設していたことで
ホスピタル騎士団と呼ばれるようになった。
十字軍が敗退するとキプロスへ逃れ、
この頃から実質的な海賊となる。
キプロス王が彼らをひどく疎んじたため、
騎士団はビザンツ帝国のロドス島を
奪ってそこに拠点を移した。
以来、ロドス騎士団と呼ばれるようになる。
島を奪ったこともそうだが、
この頃にはもう完全に海賊であった。
だが、聖地から離れたキリスト教諸国にとっては
サラセン人と戦う唯一の騎士修道会であり、
多くの寄付が集まることになる。
なお、もうひとつ残っていた
テンプル騎士団は邪教崇拝の嫌疑をかけられ
冤罪によって異端審問を受け、
財産の没収に遭い解体されている。
オスマン帝国の大攻勢を受けてロドス島を
撤退した騎士団は、シチリア王から
マルタ島を借り受ける。
以来、マルタ騎士団と呼ばれるようになり、
騎士修道会と海賊のふたつの顔を持ちながら
存続していく。
ただし、宗教改革の時代を迎えると、
徐々に衰退、現在は領地を失い
国土無き準国家として活動している。
さて、マルタ島は地中海の争点として、
古くはカルタゴとローマ、
サラセン人とノルマン人、
フランスとイングランドなどによって争われた。
最終的にイギリス連邦マルタ共和国となり、
現在に至っている。
大聖堂はバレッタではなくイムディーナにあり、
バレッタには聖ヨハネ騎士団、つまりマルタ騎士団の
本拠地とも言える聖ヨハネ准司教座聖堂がある。
聖堂と言うより要塞なのだが、
有名なカラヴァッジオの絵画が複数あり、
それを見るために訪れる者も少なくない。
なお、バレッタの街は世界大戦時に空襲を受け、
その際に破壊されてから修復されずに
廃墟のまま保存されている建物もある。
バレッタの街を訪れるなら
ぜひとも海から船で入港してほしい。
港湾要塞であることがよくわかるからだ。
街並みだけでなく、地中海の青い海が
楽しめる観光地のため、
旅行先の候補としてみるといいだろう。