アフリカ大陸最西端の岬である。
セネガルの首都ダカールが存在し、
かつて行われていたパリダカール間の
自動車レースの終端であった。
ヴェルデ岬がヨーロッパ人の知るところと
なったのはエンリケ航海王子の
アフリカ南下調査の過程においてである。
世界の果てと信じられていたボジャドール岬を
越えることに成功したポルトガル人は、
ブランコ岬を越え、アルギン湾に至る。
アルギンに要塞を築き、周囲の探索を行った
ポルトガル人はこの頃から
奴隷を調達するようになる。
キリスト教徒でもイスラム教徒でもない
肌の黒い人々を彼らはどういう
目で見ていたのだろうか。
乾燥した西アフリカを南下することしばし、
ディニス・ディアスが樹木に覆われた丘の
存在する岬へと到達した。
緑の岬、カーボヴェルデと名付けられた
この場所は前述の通りアフリカ西端である。
この緑の岬を通過すると、
サラセン人の言う富の国、ギニアだ。
穀物海岸、象牙海岸、黄金海岸、奴隷海岸、
新天地には本国へ持ち帰れば
富となる様々な物品が存在した。
ヴェルデ岬を越えるに従い、
海岸線は大きく東へと回って行き、
ついには完全に船が東進することになる。
どこまで続くかわからぬアフリカの南下行、
それがようやく終わり、アジアへ向かって
進むことができる可能性が高まった。
当時はまだアフリカを回り込みアジアに到達
するということが可能なのかどうかは
未知数であったが、希望は膨れ上がる。
もっとも、この東進は巨大なギニア湾の
内側へ進むだけで、アジアに至るためには
更なる難所が待ち受けていたのだが。