奴隷海岸に面するベナンの首都である。
ガーナで栄えたアシャンティ王国のように
ヨーロッパ人から火器を買い、
周辺部族を奴隷として売り払い勢力を
拡大したダホメー王国が存在した。
黄金海岸に面していたアシャンティ王国と違い、
ヨーロッパ人がこの地に求めた産物は奴隷のみ
であったため、列強によるアフリカ分割まで
ダホメー王国は存続していた。
ヨーロッパ人の倫理観が成長し、
奴隷貿易が禁止されるようになると、
ダホメー王国は財政基盤を失う。
元よりこの地域の武力はヨーロッパ諸国に
対抗できるものではなかったが、
経済の弱ったダホメーはフランスの侵攻を受け、
脆くも崩れ去った。
独立後はクーデターにより社会主義国家
となるが、冷戦終結後の社会主義陣営の没落の
あおりを受けて民主化が行われた。
さて、そんなベナンの首都ポルトノヴォだが、
オランダ語で新しい港を意味する名を持つ
この街は、名目上の首都である。
憲法において首都はポルトノヴォと
定められているが、実際の首都機能は
コトヌーに存在する。
ベナンは貧しい農業国で、ポルトノヴォにせよ
コトヌーにせよ、大した見所は無い。
無原罪の御宿りの聖母大聖堂はコロニアル様式で、
南国風の中規模の教会といった風情である。
コトヌーの方の大聖堂は特徴的だが、
ポルトノヴォの方は特筆すべき点がない。
ベナンの宗教事情は少し面白い。
人口はキリスト教徒が多いのだが、
ヴードゥー教が国教に定められている。
教会内にヴードゥーの神殿があるなど、
混沌とした様を見ることが可能だ。
本邦の寺と神社の関係を思えば
珍しいことでもないかもしれないが。
この地域には面白い神話が多い。
いや、どこの地域にも面白い神話があるのだが、
古い信仰が形を変えながらも残っている関係で、
神話の伝承が今でも残されている。
民俗学者らはこの地域の神話の蒐集に熱心だが、
口承で伝えられているため異伝が多い。
中には古老から話を聞いている途中で
他の長老が口を挟み、続きについて
議論が始まることすらある。
彼らと民俗学者にとっては重要なことだ。
余談だが宗教学者としては
話の象徴するところが分かれば十分なため、
枝葉末節はそこまで重視しない。
ベナン料理の話をしよう。
主食はトウモロコシ、ヤムイモ、米などを
蒸して潰して成型したものだ。
いくつかのスパイスを使用した煮込みに、
これらの主食を付けていただく。
お隣ガーナと似ているが、
あちらほどスパイシーではない。
ポルトノヴォは、というかベナンは
見所こそ少ないものの、そこそこ治安が良く、
そこそこ発展しており、そこそこ料理も
美味いため、旅行はしやすい国だ。
西アフリカ諸国では難易度が低めのため、
アフリカ旅行をしたいのならば
立ち寄ってみるのも良いかもしれない。