序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2018年9月27日木曜日

ンジャメナ

紛争の絶えないチャドの首都である。

チャドはアフリカの内陸国であり、
サハラ、サヘル、サバナという
厳しい気候の土地である。

このため、ヨーロッパ人の干渉を
受けるようになるのが遅かった。

チャド湖とそこに接続する河川により、
古い時代には交易経路として栄えていた。

北からやってきたサラセン人の影響もそこそこに、
ボルヌ帝国などが興隆、金や象牙をサラセン人に売り、
彼らから購入した馬や銅などを西アフリカに売っていた。

だが、列強のアフリカ分割により
フランス領となってからは
南部での綿花栽培に経済が偏ってしまう。

そして、サハラの拡大の影響により河川は細り、
チャド湖は縮小していく。

独立後は政変と紛争の歴史である。

チャド内戦やダルフール紛争の名は
聞いたことがあるのではないだろうか。

当然国土は荒廃するのだが、
幸か不幸か油田が発見された。

現在のチャドは石油の輸出によって命脈を保っている。
だが、ある機関の調査によると、世界で最も
腐敗した政府を持つ国のひとつであるという。

さて、そんなチャドの首都ンジャメナは
どのような街かというと、
渡航中止勧告と退避勧告が出ているので
正直どうなっているのかよくわからない。

インフラの整備されていない
治安の悪い街であることは想像に難くない。

ついでに言えばフランス軍の基地があるので、
その周辺だけは治安がましだろう。

ちなみに、ンジャメナの街は元々内戦中に
フランス人が築いたラミ要塞である。
ラミはフランス軍指揮官の名だ。

そこが首都となり、近場の村
ニジャーミーナの名が採用された。
アラビア語で休息所の意味である。

本邦と同様にアラビア語でもフランス語でも
英語でも ン で始まる単語は伝統的には無い。

だが、現地語の発音を重視し、
ンジャメナと名付けられた。

本邦ではンジャメナと呼ぶ努力をしているが、
多くの国ではヌジャメナや
ウンジャメナと呼んでいる。

公用語はフランス語とアラビア語なので
ニジャーミーナで良いと思うのだが、
民族主義者が軍事政権のトップに立つなど、
色々あった結果こうなった。

人口の多い首都周辺はキリスト教徒が多いため、
平和の聖母大聖堂という小綺麗で近代的な
大聖堂が存在した。

内戦時に破壊されたが、再建されたとも聞く。
おそらく、今はあるはずだ。

国土全体の割合としてはムスリムの方が多い。
このため立派な大モスクがあり、
写真を見る限りこちらの方が見応えがある。

食べ物はボルと呼ばれる雑穀と
ソルガムと呼ばれる穀物が主食らしい。

北部ではアラビア料理に近いものが、
南部では西アフリカ料理に近いものが
食べられているようだ。

ンジャメナではチャド湖の魚介類が主流だが、
ムスリムが多いにも関わらず
豚肉がよく食べられるという。

だが、チャドは収入に対して物価の高い国だ。
物価のランキングで上位に入るらしい。

ンジャメナで外国人が食事をする分には
美味いものが食べられそうだが、
現地の普通の暮らしをしている人々は
生活が苦しそうである。想像だが。

いかんせん、チャドは情報が少ない。
おおむね推測になってしまったが、
どのみち退避勧告の出ている国である。
行くことはないだろう。

なんでも、国のいたるところに
不発弾が埋まっていたり、
地雷原があったりするそうだ。

本邦の大使館も無い。
繰り返すが退避勧告の出ている国である。
事実上の渡航禁止だ。

生きているうちに実現するかは分からないが、
安全になってから訪れるようにしよう。