奴隷海岸に面するトーゴの首都である。
奴隷海岸の名の由来は説明するまでもないだろう。
読んで字の如く、奴隷が狩り集められた土地だ。
大航海時代にポルトガル人が訪れた当初、
この地域にろくな産品は無かった。
奴隷となる人々を除いては。
現在ではカカオ、コーヒー、綿花が
輸出されているが、トーゴは
世界最貧国のひとつである。
隣のガーナと何が明暗を分けたのか、
正直な感想を言えば不思議である。
ここは西アフリカでは珍しい
ドイツの植民地であった。
そのため、トーゴ料理はドイツの影響を
受けており、なかなかのビールを醸す。
だが、第一次世界大戦の結果、
この地域はフランス領となっている。
そこから独立し、トーゴ共和国となってからの
歴史は、周辺諸国とそう差があるとは思えない。
強いて挙げれば、クーデターからの軍事政権、
その流れが未だ続いていると言えなくもない。
とはいえ、経済的に差がついた理由としては弱い。
何が原因で世界最貧国の一角を
占めているのだろう。
というのも、首都ロメは
世界でも稀に見る良港である。
かつて世界規模の港であったにも関わらず、
土砂の堆積によって使えなくなった港は多い。
広い湾に面していても、水深が浅いため、
大型船の寄港が難しい街も多い。
ロメの港は、水深が非常に深い。
アフリカ随一と言っても良いほどだ。
しかも海流の影響で土砂が堆積し難い。
更に言えば海岸線は平坦で、東西の都市と
幹線道路で繋がっている。
まさに扇の要である。
何故発展できないのか、不思議で仕方がない。
首都ロメ自体はそれなりに近代化した
立派な街である。
インフラの未整備は目立つが。
もしかすると、内陸部は顧みられず、
首都一極集中となっているのかもしれない。
となると、やはり政治が
悪いということになるのだろうか。
トーゴ人は、というかロメの人々は、
政治に関心が強くデモをよく行うという。
だが、頻繁にデモが行われるということは、
彼らの主張が通っていない
ということでもあるのではないだろうか。
とりあえず、そういう事柄については
宗教学者崩れの私の興味の範疇外である。
大聖堂の話をしよう。
聖心大聖堂はドイツ風のコロニアル様式で
建てられたカトリックのカテドラルである。
赤茶色の縁取りを持った白壁の建物で、
屋根は薄緑色。ゴシック様式を意図している
ことが明らかな形をしている。
その佇まいはどこか童話的で、
おかしな言い分だが、
作り物めいた違和感を覚える。
ロメ最大の市場に面しているのだが、
正直に言って風景に溶け込んでいない。
非常に美しい建物で、
外観と内装の統一感も素晴らしい。
だが、繰り返しになって申し訳ないが、
作り物めいた違和感を覚える。
ディズニーランドにあれば、
何の違和感もないかもしれない。
市場で売られているブードゥーグッズたる
猿の頭の干物と、かけ離れていながらも
親和性を感じるのは私だけだろうか。
トーゴの現実と、ロメの街の乖離。
そんな言葉が浮かんだ。