海洋国家として華々しい経歴を持つ
ネーデルラントの首都である。
本邦ではアムステルダム表記が通例だ。
いきなりだが、私はネーデルラントに対して
良い感情を抱いていない。
自国の植民地への搾取を棚に上げ、
繰り返し本邦への賠償を
求め続けているためだ。
賠償のおかわりなど言語道断である。
インドネシアはネーデルラントから
賠償を受けるどころか、
残されたインフラ施設の
補償費用を払わされている。
そのインドネシアを失う原因となった
本邦に対するネーデルラント人の
憎しみは根強く、連合国の中で最も強く
懲罰を主張した国である。
昭和帝が訪問した折には
卵を投げつけられている。
他国の元首にして良い仕打ちではない。
とりあえず、ネーデルラントへの
憤懣は置いておこう。
知っての通りネーデルラントは
江戸期に本邦と通商していた
数少ない外国のひとつである。
これにはネーデルラントが商売を重視する
カルヴァン派プロテスタントが
主流の国であったという背景がある。
とにかく金を稼ぐことが
ネーデルラント人の道徳だ。
現地の宗教に干渉しない。
この辺りの寛容さは他のヨーロッパ諸国にも
見習ってほしい点ではある。
そんなネーデルラントの首都アムステルダムは
周辺地域のマイノリティを
受け入れ続けて発展した街である。
自由と寛容。
裏を返せば自己責任と無関心でもあるのだが、
このふたつが世界有数の大都市を
作り上げた基礎である。
アムステルダムに限らず、ネーデルラントの
多くの地域は干拓によって
海から作られた土地である。
この辺りの経緯は有名な話なので
敢えて割愛しよう。
アムステルダムはネーデルラント最大の
都市であり、経済の中心であり、
首都ではあるが、省庁や王宮、
大使館などはほぼハーグに存在する。
大聖堂も存在しない。
宗教的な中心地はユトレヒトだ。
アムステルダムは商業と人文の街である。
異端の恐れのある研究も、
この街でなら自由に行うことができた。
大麻と売春が合法であることも
自由の街の印象を強めている。
飾り窓と呼ばれる公娼街は非常に有名だ。
誤解を避けるために表明しておくが、
娼婦とは傭兵と並ぶ最古の職業であり、
歴史上極めて重要な存在である。
職業に貴賤は無い。
公に管理することによって
犯罪抑止や防疫にもなっている。
私娼を野放しにするよりずっと良い。
話題を変えよう。
アムステルダムで食べられる料理は
チーズとバターが豊富に使われている。
また、港湾都市らしく海の幸が豊富で、
特にニシンはネーデルラントが
海洋国家となった源泉である。
どういうことかというと、
かつてこの地域はニシン貿易に
非常に力を入れていた。
造船所では大量の漁船が作られ、
北海から遠くバルト海まで
ニシンを追って船が行き交った。
ニシンが不漁になると大量の船は
そのまま貿易船へと姿を変えた。
これが、海運立国の基礎である。
ネーデルラントについてはベネルクス、
イスパニアからの独立など、
書きたいことがまだまだある。
しかし、アムステルダムに関しては
この辺りで筆を置こうと思う。