マダガスカルの対岸に位置する
モザンビークの首都である。
マプトはポルトガル商人が探検をした土地に
建設された街で、元の名は商人の名である
ロウレンソ・マルケスであった。
モザンビークが独立を果たすと、
街を流れるマプト川から名前を取り、
改名された。
モザンビーク国内のかなり南側に位置する
この港町は、南アフリカとの結びつきが強く、
プレトリアと鉄道が繋がったことで発展した。
だが、独立後は無法地帯となり、
近隣部族がやってきては略奪と破壊を繰り返し、
モザンビーク内戦によって更に破壊された。
今世紀に入ってから復興したが、
インフラや公共施設は未だ整っていない。
元々の都市計画自体は素晴らしく、
整理された区画と広い道、
ポルトガル風の建物と、
残っていたのなら良い観光地であっただろう。
現在は新しい中産階級によって
現代的な建物が次々と建てられているが、
都市としての機能は悪い。
更に悪いことに、スラムが広がっており、
内戦に乗じて集まったまともな戸籍を
持たぬ住民も少なくない。
無原罪の御宿りの聖母大聖堂は
カトリックの大聖堂で、破壊を免れた。
真っ白な高い尖塔を持つ近代的な建築で、
非常に美しいと言っても過言ではない。
伝統的とは言えないが、
新しい国づくりをしていかなければならない
モザンビークに相応しい大聖堂かもしれない。
なお、モザンビーク内戦の爪痕は深く、
国民は貧困にあえいでいる。
エイズ禍も猛威を振るっており、
やはりアフリカ南部は辛いと
思わざるを得ない。