アフリカ、シエラレオネの首都である。
特異な名前だが、これはシエラレオネ建国の
歴史を反映している。
かつてこの地に至ったポルトガル人は、
山からライオンの咆哮のような音を聞いた。
このため、この地にライオンの山と名付けた。
シエラレオネは奴隷狩りが行われた土地である。
奴隷はヨーロッパ人が直接集めた他に、
内陸部の現地人たちが敵対部族などを捕え、
ヨーロッパ人に売却していた経緯がある。
ヨーロッパ人は彼らを新大陸へと連れて行き、
重労働に従事させた。
奴隷の仕入価格は安かったが、
船にすし詰めにされて運ばれる関係で
目的地に着く頃には数が減っていたという。
また、航海に事故は付き物であり、
無事に届くとは限らなかった。
そうしたリスクを勘案し、
積荷には保険が掛けられていたため、
販売価格は決して安いものではなかった。
だが、サトウキビ農場等プランテーションの
収益は高く、数年働かせれば
十分元が取れたという。
裏を返せば数年間生きてくれればいいわけである。
彼らの扱いが良いわけがない。
そうした奴隷の人権への関心が高まると、
奴隷の身分からの解放を行う所有者が現れ始める。
イングランド植民地の解放奴隷たちは
故地であるシエラレオネへと帰還し、
そこに自由の街を建設しようとした。
だが、現地の王国はこれを快く思わず、
また、奴隷制を続けようという国も妨害を行った。
フリータウンはこうした流れから、
三度目の試みによって誕生した。
コットンツリーと呼ばれる非常に長い樹齢を持つ
キワタの大樹を街の象徴とし、イギリス連邦の加盟国、
シエラレオネ共和国が建国された。
この地はダイヤモンドの一大産地である。
しかし、ダイヤモンドはシエラレオネに
富をもたらさない。
密輸されるダイヤモンドを資金源に
反政府組織が武器を購入し、
内戦を継続させた。
長く続いた内戦は終結しているが、
その間にシエラレオネの国土は徹底的に破壊された。
インフラや衛生施設が皆無となったこの地で
人々は疫病に悩まされ、現在に至る。
さて、首都であるフリータウンだが、
悪い意味でフリーダムな街である。
ギャングが闊歩し、白昼堂々強盗が行われる。
そうした表立った犯罪行為を取り締まるのは
組織化されたマフィアである。
悪い点ばかりを挙げたが、
犯罪に手を染めていない人々は純朴で屈託がない。
貧しくとも小さな幸せを抱いて生きている。
伝染病と密輸ダイヤモンドの問題さえ解決すれば、
かつて西アフリカのアテネとも呼ばれた
学術都市は息を吹き返すかもしれない。
なお、シエラレオネ料理はおおむね
キャッサバの葉かオクラによってとろみを
つけたスープ類が食されている。
奴隷と内戦の歴史を学びたいのであれば、
この街を訪れてみるのもいいかもしれない。
ただし、自分の身は自分で守らなければならない。