序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2018年8月28日火曜日

ファドゥーツ

アルプス山中に存在する
リヒテンシュタイン侯国の首都である。

本邦では一般的に公国と書かれるが、
ヘルツォークではなくフュルストなので、
公爵より侯爵の方が正しいと思う。

さて、リヒテンシュタインは
非武装永世中立国である。

これは領土の狭さと人口の少なさ故に、
独自の軍隊を持っても他国に対抗する
力となり得ないための苦肉の策だ。

この策を取ることができる理由は、
隣に永世中立国のスイスがあることによる。

国防をスイスに完全に依存しているのだ。
スイスの一地方と言われても仕方がない。

もし仮にリヒテンシュタインを
攻めようという勢力があったとして、
なおかつスイスがそれを黙殺したならば、
リヒテンシュタインは蹂躙されるだろう。

第二次世界大戦の折には、
この国でもナチズムが台頭した。
民衆が戦いを望んだのだ。

しかし、普段は名目上の君主として
政治に口を出さない侯爵が、
大権を行使して選挙を停止させた。

かくして、リヒテンシュタインは
中立を保つことができたのだった。

非武装中立という異様な立場は、
四つの特殊な条件の下に成り立っている。

中立を維持する限りにおいては、
同じ中立国である隣国が守ってくれる。

民衆が中立を破ろうとしても、
君主がそれを止めることができる。

攻め取ったところでほとんど旨みがないため、
近隣諸国が敵国となる可能性が極めて低い。

国自体が山岳要塞のため、
小さくとも簡単には攻略できない。

本邦でも非武装中立を声高に主張する
人々がいるが、これに近い条件を
満たすことができると考えているのだろうか。

本邦には他国の軍が駐留しているが、
これはすでに中立の要件を満たさない。
仮に追い出したところで有利に貿易するには
どこかの国に肩入れする必要がある。

そして、非武装中立を主張する人々は
世襲君主が実権を持つことを嫌悪する。
今上帝に議会を止めるような権限は無い。
ポピュリズムに陥れば
容易に戦争に傾くのが民衆である。

また、本邦の隣国はいずれも潜在的敵国であり、
主に本邦の持つ広大な海域を狙っている。

列島である本邦は長大な海岸線を持つ。
どこからでも侵入可能だ。

つまり、本邦が非武装中立を目指すことは、
前提条件が揃わないため不可能なのだ。

スイスのような国民皆兵の武装中立であれば
不可能とは言えないが、長大な海岸線を
防衛する手段が必要となる。

そのためには強い海軍を持つ必要があり、
それを維持する軍事費を稼がなければならない。
水際防衛に失敗した時のために
陸軍の充実も必須だ。

例えば本邦に戦車があれば、
敵はそれに対抗するため、海を越えて
戦車を持ち込まなければならない。
侵略のコストが激増する。

なお、永世中立とは誰の味方にも
ならないということである。
したがって、誰も救ってはくれないし、
国際社会での発言力も低下する。

そうした状態で貿易や金融によって
経済力を高めるのは大変な困難が伴う。

強い軍事力を維持するには資金が必要だ。
自力で国を防衛できない国は
永世中立国になることはできない。

つまり、海洋国家たる本邦が
永世中立国になるのは夢物語なのだ。

話が趣旨から逸れに逸れてしまった。
ファドゥーツに戻ろう。

この街は観光に向いていると言えるが、
恐らく日帰りで十分見て回れるだろう。

最大の見どころとも言えるファドゥーツ城は、
現在も侯爵が日常生活を送っているため、
外観を眺めることしかできない。

聖フローリン大聖堂は、
ネオゴシックの名建築だが、規模は小さい。
雪の降る日の佇まいは最高に絵になる。

料理はいわゆるドイツ地域のものだ。
リヒテンシュタインでしか食べられない
というものはあまり聞かない。

面白いのはワインである。
なんと、侯爵がワイナリーを経営しているのだ。
そして、そのワインは輸出していない。

リヒテンシュタイン観光に行くのなら、
侯爵のワインを味わうのが
最も特別な体験となるだろう。