ギニア湾の奥に位置するカメルーンの首都である。
港湾都市ではなく、内陸に位置している。
大航海時代、ポルトガル人はウーリ川の河口に
ドゥアラの街を建設し、やはりここでも
奴隷貿易を行っていた。
カメルーンの名はポルトガル語で小エビを意味する
カラマローが変形したものである。
沿岸で小エビがよく獲れたのだろう。
カメルーンは後に列強となったドイツの支配下となり、
ドゥアラを中心に入植が行われた。
ドイツ人は内陸にヤウンデを建設し、
アフリカ内奥の富、主に象牙を入手する
ルートを確立させる。
現在でもドゥアラとヤウンデの間は
インフラが整備されており、
鉄道と道路によって繋がっている。
なお、ヤウンデの名は現地の
部族名から採用されたものだ。
ヤウンデは高原に建設された街であり、
赤道にほど近いにも関わらず冷涼かつ
じめじめとしていない。
おそらく、ドイツ人が住むには
他の場所では暑すぎたのだろう。
内陸部の産物はヤウンデに集積され、
ドゥアラ港から輸出されていく。
大規模な水力発電と様々な商品作物、
そして石油によってカメルーンの経済は良好だ。
この辺りでは珍しくクーデターや内戦とは
あまり縁がなく、政情が安定していることも
大きいだろう。
ただし、民主制については不透明な部分が多く、
再選を繰り返す大統領の投票結果には
疑惑が残るとされている。
なお、隣国ナイジェリアとは領土紛争を抱えており、
該当のバカシ半島では自治独立を望む声がある。
また、大戦の結果ドイツから取り上げられた
カメルーンの公用語はフランス語と英語なのだが、
英語話者は南部に少数住んでいるのみである。
このため、フランス語話者が優遇されることに
不満を抱える英語話者たちが
独立を求める動きも存在する。
さて、ヤウンデの話に戻ろう。
元々の大聖堂はドゥアラにある。
ドゥアラの大聖堂は素晴らしく、
今回紹介できないのが残念である。
ヤウンデにある平和大聖堂はモダンな姿が
こう言ってはなんだが少々胡散臭い。
内部はアフリカらしい色彩に驚かされる。
ちょっと新興宗教の感じがする。
モスクについても、見応えがあるのは
より北部にある街ンガウンデレの大モスクだ。
ヤウンデの新しいモスクも悪くはないが。
どうもヤウンデは小綺麗なのだ。
ドイツ人とフランス人どちらの趣味かわからないが、
悪くはないがアフリカ観光の醍醐味からは外れる。
ただ、サブサハラらしい余所の街と比べれば
圧倒的に居心地がいいのは間違いない。
治安も良い。
もっとも、観光客がカモにされるのは
どこの国でも同じなので気を緩めないように。
食べ物に関しては北部と南部でかなり異なる。
北部ではチャドに近く、
南部では西アフリカ風の料理となる。
野菜と香辛料を細かく刻んだ
ンドレと呼ばれるものが
カメルーンで最も愛されている料理だ。
特筆すべきは紅茶である。
フランスを中心に輸出されるオレンジペコーは
力強い香りが特徴で、アジアより西で作られる
紅茶としては比較的知名度が高い。
治安が良く、経済状況も良好なカメルーンは、
アフリカ旅行の行き先としては良い選択だろう。
ただし、国境沿いは危険なので注意が必要だ。