コンゴ共和国の首都である。
コンゴは共和国と民主共和国があるので紛らわしい。
ブラザヴィルが首都なのは単にコンゴと
書かれることの多いコンゴ共和国の方である。
ザイールじゃない方と言った方が
通りが良いかもしれない。
この地にはコンゴ王国という立派な国家が存在した。
コンゴ王国は交易で栄え、広い版図を持ち、
しっかりとした組織を持っていた。
このため、大航海時代に訪れたポルトガル人も、
この王国と対等な条件で交易を行ったとされる。
コンゴ王はキリスト教に改宗し、王子を
ポルトガルに留学させ、ポルトガル風に名を
変えた王子は帰国後即位、国名も救世主を
意味するサン・サルヴァドールへと変えた。
ポルトガルに傾倒していくコンゴを
ポルトガル人は徐々に蝕んでいき、
ここでも奴隷貿易を開始する。
事態に気付いたコンゴ王はポルトガル王に
書簡を送り、奴隷貿易の停止を求めるが、
既にポルトガルの侵食は止められなかった。
王の没後は反乱が相次ぎ、ポルトガル人の
目論み通りコンゴはポルトガルに援軍を要請、
コンゴは自らポルトガル軍を招き入れ属国化した。
だが、再び賢君が立つ。
オランダとポルトガルの反目を利用し、
再び自主独立の道を歩み出す。
もっとも賢君の没後は同じ轍を踏むことになる。
アフリカ分割の際に北西部はフランス領となり、
公用語もフランス語となった。
ブラザヴィルはコンゴ川を挟んだキンシャサと
双子の都市と呼ばれており、
この地域の重要な都市として成長した。
キンシャサは隣国コンゴ民主共和国の首都である。
なお、かつてのコンゴ王国の首都ンバンザは
現在のアンゴラの領土内に位置する。
さて、ブラザヴィルの大聖堂であるが、
聖心大聖堂はアフリカでも特に古い大聖堂で、
入り口にあるペテロとパウロの大理石像が見事だ。
だが、観光をするなら聖アンヌ聖堂の方が
お勧めである。緻密に建築された聖堂内は、
あらゆる角度から美を見つけ出すことができる。
ブラザヴィルは現代的な都市である。
だがその分観光地としては面白みに欠ける上に、
賄賂天国が過ぎて息苦しい。
おそらく入出国に際しては、
管理官からの執拗な賄賂要求と
粗探しに直面するだろう。
彼らと交渉することを専門とした
案内人を雇った方が安くあがる。
これは対岸のキンシャサとの行き来の際に顕著で、
恐ろしいことにキンシャサでも同じ憂き目にあう。
危険度こそ低めの国ではあるが、
悪いことは言わない、もっと楽しめる場所を
旅行先に選ぶべきだろう。