ギネアエクアトリアルの首都である。
いわゆる赤道ギニアの首都だ。
名前がギニアとエクアドルと被っている。
といっても、そもそも赤道ギニアと聞いても
ぴんとこないかもしれない。
そもそも赤道上に無い。
赤道ギニアはギニア湾に面した
アフリカにしては小さい国である。
しかし、本体はギニア湾に浮かぶ島の方で、
リオムニと呼ばれる大陸側領土とは
結構な距離がある。
首都マラボはビオコ島に存在する。
ビオコもリオムニもポルトガルの植民地であったが、
ブラジルを巡ってイスパニアと争った際に、
ビオコとリオムニを差し出すことで、
ブラジルの利権を認めさせた経緯がある。
故に、赤道ギニアはイスパニアの植民地であった。
アフリカで唯一スペイン語が公用語の国である。
さて、マラボについてだが、実はこの街を建設したのは
ポルトガル人でもイスパニア人でもない。
イングランド人だ。
アフリカに植民地を欲していたイスパニアだが、
新大陸との往来を重視していたため、
ギニア湾のこの地を持て余していた形跡がある。
もちろん、プランテーションを作り、
収益を上げていたのだが、
ビオコ島をイングランドに貸与した。
ポート・クラレンスという港町がマラボの前身なのだが、
解放奴隷たちが集まり、都市が形成される。
シエラレオネのフリータウンのノリだ。
独立後はいわゆる独裁者が大統領となったのだが、
彼はヨーロッパ式の地名をすべてアフリカ式に
改名するという政策を行った。
マラボもその流れで今の名前になったのだ。
恐怖政治を敷いていた件の大統領は
自分の甥にクーデターを起こされ処刑された。
その甥は大統領となり、再選を繰り返し、
現在も大統領である。
ビオコ島沖では石油が採掘可能だ。
そのお陰で赤道ギニアの経済はうなぎ登りである。
さて、大聖堂の話をしよう。
なんといっても元イスパニア領である。
聖イサベル大聖堂という素晴らしい大聖堂が存在する。
ネオゴシック様式だが威圧的ではなく、
優美で典雅で洗練された佇まいである。
ちなみに聖イサベルとはテューリンゲンに嫁いだ
ハンガリー王女のエルジェーベトのことだが、
何故この聖女の名を冠することになったのかは
寡聞にして知らない。
マラボの観光地といえばこの大聖堂で、
他に特筆すべきものはない。
観光をするなら街を出て自然を楽しむことになる。
あとは、スラムには近付かないことだ。
独裁的な大統領が治める石油成金国家の庶民が
良い暮らしをしていると思ったら大間違いだ。
そもそも、入国が難しいので
気軽に観光できる国でもないのだが。
もちろん賄賂の要求も激しい。
逆に言えば気前よく賄賂を渡せば
簡単に入国できるのかもしれない。
食べ物はクレオール系の料理で魚介類が主体だ。
スープ類は魚介の出汁がよく出ていて
美味いと評判である。
しかし、アフリカの国の大統領というものは
一部だとは思うがどうしてこうも大統領とは
何かと問いたくなるような人物が多いのだろう。