また自分語りとなってしまうが、
ライターとして少し成長できた話をしたいと思う。
私はフレーバーテキストを書きたくて
ライターになった身だが、
時にはシナリオも書かなくてはならない。
ソーシャルゲームのシナリオは多くの場合、
地の文もなく会話だけで進行する。
以前にも書いたが私はこのセリフ劇というものに
苦手意識を持っている。
そもそもセリフというものが苦手なのだ。
というのも、物語上の会話というのは
現実に即して考えるならば
非常に不自然だと思わないだろうか。
現実においてそんな会話をするわけがない。
どうしてもそういう意識が抜けず、
過去に小説などを書いてもセリフ回しに難儀し、
セリフ無しで書くことも多くなってしまった。
ライターとなって初期の頃に書いたセリフ劇を
倦怠期の夫婦の会話のようだと評され
リテイクを受けた時は色々と反省したものだ。
以来、好きなゲームのセリフ回しを意識し、
演劇の台本のつもりで書いてきたが、
それなりに評価はされていたものの、
どうにも自分の中ではしっくりこなかった。
外連味たっぷりの、明らかに普通ではない口調の
キャラクターは活き活きと喋らせることが
できていたと思うのだが、これはリアリティ
というものを意識せずに済んだからだと思う。
そんな中、またシナリオを書くことになった。
そろそろ苦手意識を払拭しなければならない。
構想を練る中で、ふと思い出したことがあった。
国民的アニメともいうべき某ロボットアニメ、
ロボットと呼ぶと怒られるあのアニメシリーズの
独特なセリフ回しを思い出したのだ。
会話をしているキャラクター同士が、
明らかに相手の話を聞いていない。
自分の言いたいことだけをぶつけ合う。
それなのに会話が成立している。
それに気付いたのはお互いの声が聞こえるはずの
ない宇宙空間での戦闘シーンにおいて、
会話が成立しているのを思い出したためだ。
互いの独り言がリンクし、
会話が成立しているように見える。
そう思って見返してみると、対面のシーンですら、
彼らの耳には相手の言葉が入っていないとしか
思えないところが頻繁にある。
そして、そういうシーンほど面白く、
記憶に残っている。
つまり。
物語上のセリフは対話である必要はないのだ。
もしかしたら文章書きの学校に行けば
授業で教えられる基礎なのかもしれない。
だが、私はフレーバーテキストや学術書が好きで
ライターになった身である。
独学には限界があるのかもしれない。
ただ、今回は天啓の如く
この会話の手法に気付くことができた。
さっそく新たなシナリオを書くに当たって、
このことを強く意識してセリフ劇を書いてみた。
これまで苦労して書いていたのが嘘のように、
すらすらと書けてしまった。
もっとも、今回は登場人物のほぼ全員が狂人で、
かつ独特の喋り方をするので
元々書きやすいものではあったのだが。
しかし、自画自賛ではあるが、このうまくいった
という感覚はおそらく今後セリフ劇を書く際に
大きな力となるだろう。
いわゆるエゴサーチをしてみるに、
今回のシナリオはなかなか評判が良いようだ。
自分で実際にプレイしてみた所感としては、
この部分はこうすべきだったと思う個所も
少なからずあったが、
すでに世に出てしまったものは仕方がない。
今後より良いものを作りだせるよう精進しよう。