序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2018年10月17日水曜日

リーブルヴィル

アフリカ中部西岸の国ガボンの首都である。

この街は元々ガボンという名前であった。
ポルトガル語で水夫用の外套の意味である。
どうやら山の形が似ていたらしい。

奴隷と象牙の集積港として利用されていたが、
ポルトガル人のコルコワ砦は
ンポンゲ人によって破壊された。

その後、フランスの植民地となった際に、
シエラレオネのフリータウンのように、
解放奴隷が集い街を形成する。

その際に改名されたのがリーブルヴィルである。
自由の町という意味だ。
つまりフリータウンである。

ガボンは国土のほとんどが森林である。
人口は少なく、沿岸部に集中している。

ガボンには様々な鉱物資源が眠っており、
現在では石油も採掘されているため、
経済的には比較的豊かである。

そのためか治安は良いのだが、
いかんせんビジネスでもなければ
あまり訪れることはないだろう。

本邦とはあまり縁がなく、
世界的に見ても存在感は薄い方だ。

大聖堂は聖マリー大聖堂である。
実はこの聖堂、リーブルヴィルの街を守る
オマール砦の一部となるよう建造された。

したがって、教会建築としての美しさよりも、
耐久性や収容人数を重視して造られている。
なので、面白みに欠ける四角い教会なのだ。

せめて要塞らしい佇まいであれば
むしろ私の大好物なのだが
その点でもいまひとつである。

海賊の襲撃に備える詰め所だったのだろう。
教会の尖塔というよりも、純粋に見張り台
とでも言うべき塔が傍らに存在する。

それでもこの大聖堂はガボンの歴史上重要で、
現地のランドマークとして愛されている。

もうひとつ、大聖堂ではないが重要な教会がある。
ンケンボの聖ミシェル教会である。

木造の非常に大きな集会場といった風情で、
正直な感想を述べるならば、
教会建築としての見応えはいまいちである。

しかし、敬虔なキリスト教徒の多いガボンの
人々の精神的な拠り所であり、生活に根差した
信仰という言葉がしっくりくる場所だ。

他の観光名所は博物館の類ぐらいだろうか。
ラララという面白い地名の住宅街があるらしい。

密林の聖者ことアルベルト・シュヴァイツァーは
近くの街ランバレネで活動していたため、
リーブルヴィルには特に縁の場所なども
少なくとも有名なものはない。

とりあえず観光をするなら
都市を出て大自然を堪能してほしい。

料理は中部アフリカ西岸の他の国と大差ない。
森林の野生動物が食べられるぐらいか。

なんだか雑な記事になってしまったが、
ンポンゲ人の歴史を書いても無駄に
長くなるだけなのでこれでいいことにしよう。