ブーレグレグの河口に位置するモロッコの首都である。
モロッコ最大の都市はカサブランカであり、
経済でも知名度でもラバトは負けている。
ついでに言うと内陸のフェズにも及ばない。
元々ラバトはサラという名であった。
ローマ人はこの地を支配領域に組み込んだが、
帝国が衰退すると放棄した。
後に、サラセン人がイベリア半島を攻める際に、
この地にリバート、つまり軍事拠点を置くことになる。
ラバトの名の由来はこれである。
ムワッヒド朝の衰退により、
再びこの街は寒村に成り下がったが、
イベリア半島を追放されたサラセン人たちが移り住む。
彼らはラバトにブーレグレグ共和国を建国した。
共和国と聞くと文化的で平和な印象を受けるが、
ブーレグレグは海賊の国である。
大西洋と地中海を繋ぐジブラルタル海峡に
ほど近いこの地に海賊の一大拠点が
存在するというのは大きな脅威である。
彼らを危険視した他のサラセン人国家からの
攻撃も受けたが、近世にオーストリア海軍によって
滅ぼされるまで存続し続けた。
その後モロッコはフランスの植民地となり、
ラバトはフランス人によって都市改造が行われ、
モロッコの首都となった。
なお、ラバトの港は砂や泥が溜まりすぎ、
水深が浅くなってしまったので現在では廃港である。
話は前後するが、ムワッヒド朝のアミールが、
この街に世界最大のモスクを
建造しようとしたことがある。
アミールの死によって建設は頓挫してしまったが、
モスクの一部がハサン塔の名で残っており、
ラバト随一の観光名所となっている。
他の見所といえば、私は聖ペテロ大聖堂を推したい。
真っ白な建物は、なんとアール・デコ様式だ。
フランス植民地時代に建てられたものだが、
アール・デコ様式のカテドラルは珍しい。
目にも眩しい純白の壁。
直線と影の造形は太陽の位置で表情を変えていく。
非常に美しい。
食に関しては、月並みだがタジンを食べるといいだろう。
本邦でもタジン鍋として流行したあの独特の鍋を用いた
低温で煮込んだシチューである。
新大陸からの物品が早くに届いた影響か、
ジャガイモを使った料理が比較的多い印象だ。
タジンにもよく用いられる。
大西洋から吹く風を受けながら、
テラスでモロッコ料理を味わいたいものだ。