序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2018年7月27日金曜日

リジュボア

テージョ川の河口に位置する
ポルトガルの首都である。

本邦においてはリスボンという
英語での呼び名が定着している。

元々はフェニキア人の築いたかなり古い街で、
他のヨーロッパの都市と比べても
特に古い街だと言われている。

フェニキア時代の名は判然としていないが、
大プリニウスはオリシッポの名で言及している。

ブリタニアとの交易の中継点として
栄えたこの街には、
様々な物品、民族が集っていた。

この特性はゲルマン人時代も、サラセン人時代も、
そして現代においても変わっていない。

ローマが衰退するとゲルマン人の
諸王国の支配地域となり、
この頃はウリシュボナと呼ばれていた。

イベリア半島がサラセン人の手に落ちると、
ウリシュボナも進んだ文明都市となる。
恐らくこの頃にリジュボアへと
名称が変わったものと思われる。

その後、レオン王国のポルトゥカーレ伯爵が
レコンキスタの一環としてこの街を攻め落とし、
本国の混乱の隙を突いてポルトガル王国を建国した。

大航海時代の話をすると長くなるので、
歴史についてはこのぐらいにしておこう。

偉大なる探検家ヴァスコ・ダ・ガマと
ペトロ・アルヴァレス・カブラルの話をしたいが、
また別の機会にとっておくことにする。

ところで、リジュボアは幾度も破壊されている。
戦火に焼かれたことも多いが、
実はこの地は地震が多い。

破壊の度に逞しく再生してきたリジュボアには、
様々な年代の構造が残されている。
まさに都市の年輪である。

つまり、この街を観光すれば、
一通りの建築様式を目にすることが可能なのだ。

また、エンリケ航海王子から始まる
数々の海洋探索の功績を称えて建造された
発見のモニュメントも見所の一つだ。

巨大なモニュメントに探検家たちの像が
刻まれている様子は見た者の心を熱くさせる。

彼らの偉業を称えて建てられたものといえば、
ベレンの塔も見ておかなければならない。

海岸に建つ瀟洒な姿は大海原へと
心を旅立たせてくれるだろう。

忘れてはいけないのはリジュボアが
坂の街だということである。

各観光名所を巡るには、
幾度も坂を昇り降りしなければならない。

それ自体が観光の目玉となっている
路面電車があるのだが、
こいつは頻繁に渋滞にひっかかる。

一両編成にも関わらず、
何両か連なってしまうことも珍しくない。

急な坂を歩いて登るのはかなりきついため、
移動時間には余裕を見るようにしたい。

リジュボアは観光するなら最上級の街である。

見て歩くだけでも一日中楽しめる街並み、
数々の名所、過ごしやすい気候、美味い料理。

紹介したいものは他にも山ほどあるが、
長々とまとまりのない悪文になってしまったので、
心残りではあるがここらで筆をおきたい。