序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2018年7月21日土曜日

ラユーン

サハラアラブ亡命政府が首都としている
西サハラ北部沿岸の街である。
アイウンとも呼ばれる。

ただし、ラユーンはモロッコが実効支配しており、
亡命政府はアルジェリアにある。

西サハラは西側をモロッコが支配しており、
東側をサハラアラブが支配している。
つまり、東西に分かれて紛争中というわけだ。

まずはこの経緯を軽く説明しよう。

西サハラはイスパニアの保護領であったが、
ベトナム戦争が終結した頃にこれを放棄した。

しばらくはモロッコとモーリタニアによって
分割統治されていたが、アルジェリアに支援された
武装組織ポリサリオ戦線が独立を求め戦いを始める。

ポリサリオ戦線はモーリタニアを徹底的に攻撃、
出血を強いられたモーリタニアは西サハラを放棄した。

ポリサリオ戦線はサハラアラブと国名を定め建国を宣言。
西サハラの領有を諦めたモーリタニアはこれを承認した。

勝利を収めたポリサリオ戦線だったが、
彼らが旧モーリタニア支配地域をまとめる前に、
モロッコ軍が侵攻、各都市を占領する。

ここで、モロッコとポリサリオ戦線の激突を防ぐため、
国際連合が介入し、彼らに平和的解決を求めた。
住民投票により帰属を定めることになったのだ。

しかし、西サハラには遊牧民が多く、
国家として彼らの戸籍を持っている組織も無かったため、
有効な投票が行えないとして試みは無期延期となった。

モロッコはこの係争中の地域において、
沿岸部の都市を自国の領土として扱い、
実効支配を進めている。

モロッコにとって内陸の砂漠地帯は不要な土地である。
したがって、「砂の壁」と呼ばれる長大な要塞線を構築し、
サハラアラブ軍を東部地域へと封じ込める作戦に出た。

砂の壁は文字通りの砂丘の壁を形成するとともに、
鉄条網と地雷によって防衛されている。

現在のサハラアラブ軍にこの要塞線を
突破することは難しいようだ。

さて、ラユーンに話を戻そう。
この街は砂の壁の西側、
モロッコに近い北部沿岸に位置する。

つまり、この街をサハラアラブが
事実上の首都とするには、
モロッコ軍を完全に排除しなければならない。

この街は旧スペイン領サハラの首都であり、
西サハラ最大の都市でもある。

紛争中と書いたが、砂の壁が存在するため
この街に戦火は及ばない。

モロッコの一地方都市として繁栄しており、
住民も自分をモロッコ人だと言う者ばかりだ。

電気や水道といったインフラも整備されており、
街並みもいたって綺麗なもの。

というのも、どういうわけか建物の色が
薄桃色に統一されているため、
砂漠の色に溶け込んだ美しい景観が楽しめる。

ただし、観光名所はろくに無い。
食べ物もモロッコ料理なので
カサブランカやラバトに行けばいい。

わざわざ係争中の地域に
首を突っ込みに行くべきではないだろう。

西サハラ問題が今後どう転ぶかはわからないが、
モロッコの実効支配は着実に功を奏している。

実効支配とはどういうことなのかを知るために
訪れてみるというのなら無駄ではないかもしれない。