序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2019年6月27日木曜日

ツチノコ

胴体がやけに短く、そして太いヘビである。

本邦固有種であるが、現代では確度の高い目撃例が
ほとんど無いため、絶滅、もしくはそれに
近い状態にあるものと思われる。

槌子と書かれ、槌、つまりハンマーに似た
姿だとされているが、槌の字は当て字だろう。

実際のツチノコは顎のエラこそ張っているものの、
いわゆるハンマー状の姿ではない。

なにより、ツチとは古語において
ヘビ、あるいは龍を意味する言葉である。

単にチだけでもヘビや龍を指すこともある。
オロチのチだ。

なお、ミも干支でヘビがミと呼ばれている
ことから分かるように、ヘビや龍の性質を持つ。

チもミも神霊のことを指す言葉であり、
ヘビの神性と龍神のイメージが
繋がっていることがわかる。

神話に登場するツチやツミで終わる名を持つ神々は
龍神の特性を備えていると見て良いだろう。

ツチノコの名の由来を考える上で外せないのは
山の神であるオオヤマツミだ。
その子はアメノサヅチ、クニノサヅチという。

神々だけではない、妖怪にもノヅチというものがいる。
ヘビに似ているが胴が太く、目鼻が無いという妖怪だ。

野槌と書かれ、槌、つまりハンマーに似た
姿だとされているが、こちらもやはり当て字だろう。

神として信仰されていたモノが忘れられ、
妖怪へと零落する例はかなり多い。
おそらくノヅチも山神だったのだろう。

目鼻が無いなどの特徴は、もしかしたら道教の
渾沌との関連があるためかもしれない。

なお、ノヅチノカミという神名があるが、
その母はカヤノヒメであるとされる。
カヤノヒメは前述のオオヤマツミの妻である。

前置きが長くなったが、縄文期にはまだ
ツチノコが多数生息していたことは、
ツチノコ紋の縄文式土器があることからも明らかだ。

特に珍しい形態のこのヘビに古代人が神性を
見出さぬわけはない。
その信仰が前述のノヅチへと繋がったのだろう。

ではいつ頃からツチノコは数を減らしてしまったのか。

鎌倉期の仏教説話、沙石集には言葉だけで
行動に移さぬ者が目も手足も無く口だけがある
ノヅチになってしまうという話が書かれている。

つまり、この頃にはまだ、あの生き物のことか、
と思い起こせる程度には見かけられていたのだ。

江戸期の博物学書である和漢三才図絵には
木の穴に住み人を噛むと書かれている。
だが、槌の形をしているとあるため、
実物を目にする機会は少なかったのだろう。

同じく江戸期の妖怪画集、今昔画図続百鬼や
黄表紙本、妖怪仕内評判記には、
毛むくじゃらであったり、人型であったり、
明らかに化け物として記されている。
実態と乖離していることがわかる。

迷信を排除しようという強い動きのあった
明治期には多くの妖怪の存在が否定された。
しかし、ツチノコの目撃証言は後を絶たず、
少ないながらも存在していたことがうかがえる。

特に、大戦期には軍の研究所で飼育され、
研究が行われていた記録がある。
どうやらマムシに近い種で
あったことが分かったようだ。

だが、戦後しばらくは食糧難で山に入ることも
多かったはずにも関わらず、
目撃談がほとんど無い。

現代に入ってからにわかに目撃例が出てくるものの、
外来の見慣れぬヘビが野生化したものを
見間違えたケースが非常に多い。

こうして見てみると、大きく数を減らしたのは
戦国期であり、決定的に絶滅に向かい始めたのが
大戦期であるという推測ができる。

果たして現在もツチノコは絶滅せずに
命脈を保っているのだろうか。

なお、目撃談の多い地方では、
発見者に懸賞金を与えるとしている
自治体がいくつかある。

ツチノコハンターと呼ばれるツチノコを探すことに
執念を燃やす人々もいるが、彼らが生きた
ツチノコを目にする日が来ることを祈ろう。

知らないうちに絶滅していたのでは
あまりにも悲しい。