序説

序説

かの偉大なる博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスに倣い、 聞きかじった内容を元に森羅万象を書き記すものである。 なお、各項目に記す内容の真偽は検証せず、 嘘、大げさ、紛らわしいことを恐れずに執筆していくため、 読者諸兄はこの点に留意していただきたい。 物事を伝...

2019年5月18日土曜日

ノビル

ごく小さなタマネギのような野草である。

その辺の野原や土手に生える植物で、
一見すると単なる雑草に見える。

しかし、古い時代にはニンニク、ニラ、ネギ、
ラッキョウと並ぶ香味野菜として重宝されていた。

葉はニラに似ているが、
ネギのような筒状に近い形になる。

根が鱗茎と呼ばれる球状の構造になるのだが、
前述のように小さなタマネギといった風情だ。
食べられるのはこの部分である。

蒜、ひる とは、食べると舌がひりひりする
ことから付いた名前であり、
野原に自生することから野蒜と呼ばれる。

ちなみに、大蒜はニンニクのことであり、
ノビルの味はニンニクに似ている。

鼻にツンとくる香りと
ラッキョウのようなぴりりとした辛さがあり、
タマネギのように少しぬめりがある。

旬は春であり、採りたてのものはかなり旨い。
生でも食べることができるが、
軽く茹でて味噌や酢味噌で食べるといいだろう。

味噌汁の具にしても旨い。
どうも味噌との相性が良いようだ。

土から掘り起こすと次第に辛みが強くなり、
香りは徐々に腐ったタマネギのような
悪臭へと変わっていってしまう。

したがって、収穫から食卓に供するまでの時間を
なるべく短くするべきだ。

ラッキョウのように酢漬けにして
保存することもできるが、そうであれば
ラッキョウを食べれば良いではないかと思う。
採りすぎて余った場合に加工するのが良いだろう。

紫がかった白の五枚の花弁を持つ
星のような花を咲かせるが、
種は滅多に結実しない。

その代わりに球芽、むかごと呼ばれる
球根のようなものが花の脇に生じ、
これが地面に落ちて芽吹く。

長芋などのむかごは食用としてよく知られているが、
ノビルのむかごは残念ながら旨いものではない。

ところで、ノビルには面白い神話がある。

日本武尊が信濃の山神である白鹿を
このノビルを投げつけて打ち倒すというものだ。

たしかに、草を持って鱗茎を振り回せば
遠心力でよく飛びそうな形をしているが、
いささか大きさが心もとない。

古来、匂いの強い植物には呪術的な力があると
人類は信じてきた。おそらくこの神話も、
ノビルの持つ臭気でもって敵を
撃退したということなのだろう。

実際、この撃退以来、人々はその山を通過する際、
ノビルを噛んで汁を体に塗り付けることで
山神の祟りを受けなくなったとも伝えられている。

山の怪異の類は匂いに敏感なものが多い。
いや、話が逸れそうなのでこの辺りにしておこう。